六十五話 (視点ナサン)
トーマスと話してから、クィムの様子が少しおかしい。
作業中、ふと止まったかと思ったら誰かを探しているのかきょろきょろと視線を動かしている。そして、また作業に集中する。その繰り返しだ。
その様子にイライラしたのか、心配になったのか、それは自分でもわからないが「お前、さっきからおかしいぞ。それに、さっき私生児って言われたとき、なんで起こらなかったんだよ?」と声をかけてしまった。
クィムは手を止めた。
こちらを振り向いたクィムはどこか諦めたような目で「怒る必要がありますか?」と答えた。
その声はあまりにもあっさりとしていて、思わず「……は?」と間抜けな声が出た。
「言われ慣れてるのもありますが、今更私生児であることを言われたところでというか……。
それよりも、今はジョゼを探そうかと思って……。」クィムは指先でボルトの溝をなぞった。
俺はつい舌打ちをした。
「ジョゼだかジョンだか知らねぇけどさ、元締めは割れてんだろ。あとはそいつ引っ張りゃ――」
「違います」
被せるように、クィムが言った。
「ナサンや、劇団の皆さん……。
私が壁の街や、中心街で出会った皆さんのこと……。この作戦にかかわる人を悪く言われたこと……。
そのことがただ許せなくて……。」
俺は頭を掻きながら「そうかよ……。」としか言えなかった。
「“悪く言われたから許せねぇ”って、それだけか?」俺のその言葉にクィムは驚いた顔をした。
「俺だって聞いてて腹は立ったさ、けど……それで突っ走ったってこのままじゃどうにもならねぇ。
……今やってるのは、喧嘩じゃねぇ。仕事だ。
俺らはな、言われ慣れてるどころか、そういうもんだって飲み込んで生きてんだよ。
いちいち全部に噛みついてたら……それこそ、どうにもならなくなる。
それでも今、俺たちがここにいるのは……そういうのを変えるためだろうが。」
クィムはゆっくりと立ち上がって、腕をまくった。
「……そうですね、ジョゼのことはマルケスに任せることにします。
今の私では、冷静に判断できる自信はありませんし……。」
俺は頷き「ま、お前が怒ってんのが、自分のことじゃねぇのは……嫌いじゃねぇよ。」そう言い残して作業に戻ろうとした。
「あのっ……!」とクィムに後ろから声をかけられる。
何かと思って振り向くと「ありがとうございます!」と頭を下げられた。
「やめろやめろ、大したことは言ってねぇんだし。」と首を振った。
「それだけじゃなくて……。
トーマスのことも……彼がこれ以上嫌な目に合わないように、彼を巡業者の中に混ぜるように判断してくれたことも……。」とクィムは俺だけに聞こえるように話した。
俺の頭の中にさっきのトーマスの顔が思い浮かんだ。
「まぁ……。あいつにだって事情はあったんだし、本当に悪いやつはあんな顔出来ねぇから……な。」
あの青ざめた顔……見習い騎士団の中で起きているらしい問題は相当根深そうだ、なんて俺は自分に関係ないことのはずなのに、ぼんやりと考えてしまっていた。




