六十四話 (視点クィム)
マルケスの言った通りというべきだろうか、徐々にボルトへの細工もナットへの細工も明らかに変わってきていた。
まるで、何かを試しているかのように……。
最初は、ピッチがわずかにずれている程度だった。
注意して見なければ気づかない、ただの不良品だと思える程度のもの。
だが――濾過槽の組み立てに入った今、手応えが違う。
ボルトを指でなぞったとき、わずかに引っかかる感触があった。
よく見れば、表面に細いひびが走っている。
ナットに至っては、手に取って見比べると明らかにサイズが違うし、個数も一個や二個どころではない。
このことをナサンに相談しようとしたそのときだった。
私の真後ろで鈍い音が響き、振り向くと積み上げられていた箱の一つが崩れ落ちていた。
――あれは、“問題のない箱”のはずだった。
顔を上げると、マルケスが目の前にいた。
呆けている私に顔を近づけ、にやりと笑ったマルケスはまるで内緒話をする子供のように「殿下、かかりましたよ……!」と告げた。
私は一瞬、何のことかわからずに「……え?」と返しただけだった。
そこへ、ナサンが一人の見習い騎士を連れてきた。
ナサンに首根っこを掴まれて、引きずられるようにして私の前へ突き出された見習い騎士はかなり気弱そうな男だった。
「こいつ、あの“絶対に問題のない箱”を運んできた。そんで今日開けてみたら、細工されたボルトがぎっちりつまっていやがったんだ。
ここじゃ騒ぎになるし――壁の街の空き家で話そう。時間は、たっぷりあるからな?」とナサンに睨まれて、気弱そうな見習い騎士は小さく声を上げた。
ナサンは見習い騎士を、壁の街の空き家に押し込んだ。
「で?あの箱をお前に渡したのは誰だ?
何のためにボルトとナットに細工した?錆びとり用のブラシ……あれを隠したやつもいたよなぁ?
たしかあれ、じいさんが使ってたやつだし、もしかしたら王家の紋ってやつが入ってるんじゃなかったかなぁ?もしバレたら大変なことになるんだろ?なぁ、クィム。」とナサンは早口で見習い騎士に詰め寄った。
見習い騎士は、身を小さくして床に転がっているだけだ。
「……困るんですよぉ。
今回の資材調達は、国の予算からも出ていますから……。
このままだんまりを決め込まれると、あなたが一人で背負うことになる……。
試しに今ここで、今まで細工がされた資材の合計金額を出してみましょうかねぇ?」と腕を組むマルケスの言葉に見習い騎士の顔が一気に青ざめた。
あと一押しで行ける……そう考えた私は、見習い騎士と目を合わせるようにしゃがんだ。
「……ボルトだけで20、ナットは17箱程になります。
あなたに指示を出した人物……もしくはあなた自身、これだけの量の資材の金額を弁償するほどの財力はあるのでしょうか?
そもそも、見習い騎士の給金なんてたかが知れていますし……騎士になれたとして、これだけのことを起こしたことが知られていれば出世も難しいことぐらい回りますよね?
正直に話した方が身のためですよ?
誰があなたに、マルケスが用意したあの“絶対に問題のない箱だったもの”を渡したんですか?」
そこまで話すと、見習い騎士のトーマスは泣きながら打ち明けた。
「ぼ、僕は……」
と震える声を絞り出したトーマスは座ったまま姿勢を正した。
「やめたかったんです……っ!
こんなことは、すぐにでもやめたかった!」
俯いて、大粒の涙を流しながら話す姿にナサンもマルケスも、もちろん私も拍子抜けした。
「でも、それでも……逆らったらまた、僕が……。」
トーマスは震えながら、青ざめた顔でこちらを見る。
その表情に、全員ただ事ではないと察した。
ナサンは、驚いているのか、どうしたらいいのかわからないのか「あー……その、なんだ?悪かったから、一旦落ち着いて話せ、な?」と床に座った。
「……見習い騎士団は、ある程度裕福な家の次男だったり三男だったりが多くて。
だからか、弱肉強食というか……気が強いやつが生き残っていくんです。
僕は、商家の三男で自ら騎士になると志願して見習い騎士になりました……。」
トーマスがそこまで話すと、ナサンは呆れた顔で「だから、それが今回の細工度どう関係があるって?」と腕を組んだ。
トーマスは一瞬びくりとして、俯いて話をつづけた。
「今回のことも……見習い騎士団で起こっている嫌がらせの数々も……全部仕切っているのはジョゼっていうやつなんです……。
手先が器用で、こういうのもなんですが……ずるがしこいというか……、男爵家の四男で……父親の意向で見習い騎士団に入れられたと聞いています。」
それを聞いて、マルケスは「……ジョゼに何と言われたんですか?」と憐れむような声で聞いた。
トーマスは視線を泳がせてから「“壁の街の連中と、身の程知らずの私生児に、いい気になるなって教えてやれ”……そう言われました。」と震える声で答えた。
「……申し訳ありませんでした!!!」とトーマスは深く頭を下げた。
「……そうですか。」
私の口から出たのは、ただその一言だけだった。




