第8話 黒蝕の波動
視点 アスト
アスト「何か…ここまで森の奥に来たのは久しぶりかも…」
アトラ「そうなんすか?」
アスト「うん…というか、かなり暗すぎるね…」
ジル「もしかしたら、ゴーストとかでるかもな」
アスト「そ、そんな怖いこと言わないでよ…」
まだ昼過ぎの時間帯だと言うのに、木々が密集していて暗くなっている。かなり歩いたと思うが一体どこまで行ってしまったのか…。
アトラ「あっ!あそこ!」
アトラが声を上げて指を指した。その方向を見ると、探し続けていた荷車が止まっているのが見えた。
アスト「良かった…やっと見つけた!」
僕はすぐさまかけより、荷車を見る。転がり続けたせいで少し果実を落としてしまったようだが、想像以上に残っている。荷車もとくに傷もないし、動かすこともできそうだ。
ジル「やっと見つかったか」
アトラ「無事見つかってよかったっすね!それじゃあ戻りましょう!」
そう言って来た道を戻ろうと歩き出したアトラくんだが、いきなりその足を止めた。
アスト「アトラくん…?」
アトラ「動くな」
アトラくんは静かにそう言った。先ほどにも感じた、あの圧がでている。思わず僕も足を止めてしまった。
アスト「ど、どうし…」
そこまで言うと、アトラくんは僕の口をふさいできた。そしてもう片方の手で、自分の口に人差し指をあてている。その目はすごい冷徹で…恐ろしさも感じた。だけど…その目には怯えているようにも見えた。まるで、何か恐ろしいものを見つけてしまったかのような…
ジル「アスト…絶対声を出すな」
その横で、ジルが小さい声で囁いてきた。その声は、わずかに震えているようにも聞こえる。顔を見ると、冷や汗のようなものが伝っているのが見えた。
アスト(い…いったいなにが…)
ゾワッ…
アスト(うっ…!?)
その時、森にいたであろう鳥たちが一斉に飛んでいった。まるで何かから逃げ出すように…それもそうだ。僕も一瞬で逃げ出したくなった。一気に森の空気が悪くなった。あの時の…黒いオークのような嫌な気配がする。全身が針で刺されているような…そんな感じがして、すごい気持ち悪い。
ジル「見に行くか…」
ボソッとジルが言った。
アスト「この気配…もしかして話に上がってたモンスターの…?」
アトラ「…かもしれない。ジル、アスト、もし危険と感じたらすぐ離脱だぞ。正直ここまでとは…俺も思わなかった…」
ジル「分かってる。まずは様子見からだ」
僕は小さくうなずいた。どことなく緊張感がはしっている。ゆっくりと2人は歩き出した。僕もなるべく足音を立てないように歩く。
アスト(なんだろう…この感じ…)
少しずつ気配が強くなる。そんな中、僕は何か違和感を感じていた。だけどどんなに考えても違和感の正体が分からない。しかし、進んでいくたびに違和感はどんどん強くなる。
ジル「…とまれ…!」
突然ジルが手を出して僕たちを静止させた。そして、そのまま木の裏に身を潜めたので、僕もジルの後ろにそのまま隠れた。アトラは気づけば姿が見えなくなっていた…。少し辺りを見渡すと別の大きな木の裏に隠れていた。そこそこ距離があったのに足音すら聞こえなかった。相変わらずあの隠形術は本当にすごいと思う。
ジル「…あれ見ろ」
ジルから言われ、僕も彼の見ていた方向に視線を向ける。すると、そこにはゴブリンがいた。ただ、明らかに普通のゴブリンとは違う特徴があった。
アスト(あ、あのゴブリン…!黒い!)
僕はあの時の黒いオークが頭によぎった。ゴブリンとは思えないほどのこの気配、それはあの時のオークと似ている。
アスト(まさか…でももしそうなら…)
黒くなったオークはとてつもない力を持っていた。そんな力が、もしあのゴブリンたちにも持っているのであれば…とても危険すぎる。
ジル「ホントにあれはゴブリンなのか…?」
ジルも普通のゴブリンとは違うただならぬ気配を感じ取ったようだ。
ジル「暗いから見えにくいが…ざっと15…いや20はいるか…?」
アスト「さすがに僕たち3人だと危険すぎるよ…!」
ジル「言われなくても分かってる…!あまり長居はしたくねぇ、急いで村に戻るぞ。あいつらが村に来たら大きな被害が出る。この状況を急いで伝えて対策しねぇと…ん?」
アスト「…どうしたの?」
ジル「なんだ…あいつ?」
アスト「…え?」
もう一度黒いゴブリンの群れを見た。そこにはゴブリンとは違う人のようなシルエットが見えた。
アスト(あれは…人?)
木の影からこっそり見てみるが、遠く離れているので顔などは見えない。それに森が暗いのと、身体を黒いローブとフードをつけているので、獣人なのか、人なのか、モンスターなのか、全く特徴も分からない。だけど、黒いゴブリンと違って異様な気配を放っている。絶対に関わってはいけないと、身体がそう言っている。
「ギッ…!」
よく見ると、その中によく見る色のゴブリンがいた。黒いローブの人物に怯えているような感じだ。
???「…ふん」
アスト(!?)
謎の人物は手をかざす。すると、小さな黒い魔法陣がゴブリンを中心に現れたのが見えた。
「ギャッ…!?」
逃げようとしたゴブリンだが、周りの黒いゴブリンに行手を阻まれていた。そして魔法陣が光り出す。その光を浴びた瞬間、今まで普通の色だったゴブリンは、謎の黒いオーラを出したかと思うと、体がどんどん黒くなっていく。
ジル「色が…!?」
アスト(な…何あれ!?)
???「これは黒蝕の波動、モンスターに秘める魔の力を最大限に引き出すことができる」
アスト「えっ…!?」
???「木の裏に…3人か、隠れているのは分かっているぞ」
アトラ、ジル「!?」
2人が息を呑んだのが伝わってくる。
アスト(な、なんで場所がバレて…)
僕が見つかるならまだしも…まさかアトラくんまでバレているなんて…。
???「姿を見せたらどうだ?」
ジル「一体どうやって俺たちを…」
アスト(ど、どうしよう…!?関わらない方が良いのは分かるけど…あんな力を持つ相手に逃げられるかどうか…いや、でもどうにかして逃げないと…!なら…僕の魔法で…!)
アスト「ジル君…ここは逃げ…」
「グギャァッ!」
アスト(なっ…横!?)
ジル「っ!あぶねぇ!」
気づくと真横にゴブリンが近づいていた。ジルがすぐさま動き、僕を思いっきり押し倒した。そのおかげで回避はできたものの、木の裏から出てしまった。
ジル「おかしい…どうやってこんな近くに…」
ジルは小さく呟いた。いわれてみると、ジルとアトラは気配を察知する力が僕よりも高いはずだ。いくら目の前にいる人物に目が奪われていたとはいえ…こんなに近づけばもっと早い段階で気配を察知できたはずだ。
???「やっと姿を見せたか。覗き見は趣味が悪いぞ」
アトラ「アスト!ジル!」
???「魔法を使おうと考えたようだが、そんな簡単には逃がさんぞ」
アスト(な、何なんだこの人…すごく気味が悪い…まるで僕の思考を読んでるみたいな…)
???「その考えに至るのにまだ考えようとする…人間とは愚かだ」
アスト(えっ…ま、まさか…この人…)
ジル「なんだお前…一体何者だ!」
???「名乗るほどでもない。そもそもここで死ぬのだから、教える意味もなくなる。…やれ」
アスト「っ!宝石魔法 デトネーションラッシュ!」
言葉と共に襲ってきたゴブリンたちに対し、僕は咄嗟に魔法を放って近づいてきたゴブリンを吹き飛ばした。しかし、周りのゴブリンの数はどんどん増えていく。
アスト(ダメだ…手に負えない…!ひとまず逃げないと…!)
ドカッ!
アトラくんはそう言って両手にダガーを構えた。
アトラ「2人とも走れ!離脱するぞ!」
吹き飛ばしたゴブリンたちの方の道が空いている。そこに向かって走り出し、なんとかその場を離脱した。
???「宝石魔法…いや、まさかな…」
そう呟き、謎の人物は闇の中へと紛れる。
後ろを振り向くと、まだゴブリンたちの群れは追いかけてきていた。
アスト「はぁ…はぁ…これ…どこに向かってるの!?」
アトラ「この近くに洞窟がある!洞窟内は入り組んでるし、村への近道もある!そこでなんとか撒くぞ!」
すると、すぐに洞窟が見えてきた。かなり大きそうだし、アトラの言う通り撒くのは簡単そうだ。
アスト(あとは…体力があれば良かったんだけど…)
正直ずっと走り続けてそろそろ限界だった。息は全く続いてないし、汗もすごい。視界も少しずつ揺らいできた。
アトラくんとジルくんはまだまだ余裕そうで、少しずつ距離ができている。呼び止めたいけど、これ以上迷惑はかけられない。
アスト(…ここなら狭いから避けられないはず…!)
僕は覚悟を決めて立ち止まった。足音が止まったからか、ジルがすぐさま僕の異変に気づいた。
ジル「お前…!何やってんだ!」
アスト「2人は先に行って!僕が時間を稼ぐから!」
アトラ「アスト!?」
2人の声を無視して後ろを振り向く。するも、既に近くまで迫っていた。今からでも詠唱を始めないと攻撃を受けてしまいそうだ。
アスト「宝石魔法 ルビーフレア・エンブレイズ!」
洞窟の通路全体に大きな炎が舞う。1匹も残らず、炎に包まれる。いつもなら自然を気にして最大火力を出せないけど、洞窟内ならそれも気にせずに使える。黒いゴブリンの実力は分からないけど、宝石魔法をくらえばひとたまりもないはずだ。
アスト(むしろこのまま全滅させられれば…!)
だけど、僕の考えは甘かった。
「ギャァッ!」
アスト「っ!?」
炎の奥から、1匹のゴブリンが飛び出してきた。しかも、全く効いている様子がない。
アスト(まずい…!?)
アスト「宝石魔法 クリオライト…」
その時だった。バコッと鈍い音が響く。なんとゴブリンは僕の宝石を叩いて粉々にしてしまった。
アスト「なっ!?」
詠唱中だった僕は何が起きたのか理解できなかった。宝石を避けられることは今まで何回かあった。だけど、今回みたいに宝石を破壊されたのは初めてだった。そもそも僕の宝石はかなりの強度がある。それを簡単に壊してきたのだ。驚いて隙ができた僕をもちろんゴブリンたちが見逃すはずもなく、攻撃を仕掛けてくる。
アスト(しまっ…)
一気に近づいてきたゴブリンが見境なく棍棒を振り回してきた。咄嗟に避けようとしたが、ゴブリンの方が素早く、思いっきり振られた棍棒で、僕は吹き飛ばされてしまった。
アスト「ゲホッ…!?ゴホッ…い、痛い…力が強すぎる…」
受け身もとれず、僕は腹を抱えた。頭がフラフラして思考も上手くまとまらない。
アスト「ガハッ…!?…えっ」
その時、口から大量の赤い液体が溢れ出た。しかし、それが血だということを理解するのに時間がかかった。手の震えが止まらない。今まで出したことのない大量の血。きっと中の臓器のどこかがやられたのだろう。
アスト(ま、まず…い…!)
体が震えだす。自分が死ぬかも知れないという恐怖に襲われる。僕はゴブリンの方を見た。かなり飛ばされたのだろう。近づいてきてはいるが、まだ距離はある。しかし、炎からどんどんゴブリン達が出てきている。やっぱりゴブリンたちには魔法が効いていないようだ。
アスト「は、早く逃げないと…!」
しかしそう思っても体はフラフラでうまく立ち上がれず、頭も上手く考えがまとまらない。
ジル「うらぁぁぁ!」
その瞬間、ジルくんが飛び出し、近づいていたゴブリンを斧で斬った。しかし、ゴブリンもそれに気づき、咄嗟に後ろに飛んで避けた。ゴブリンとは思えない身のこなし方だ。
ジル「変なことすんじゃねぇぞてめぇ!」
一瞬できた距離を利用して、ジルくんは僕を担ぐと再び走り出した。すると、ジルくんが身にまとっていたマントが取れた。
アスト(…あっ…マント…え?)
声をかけようとして顔を上げた時だった。彼の背中から大きな羽のような物が広がった。そしてその羽は、天使の羽のような、きれいな白色の羽だ。しかし、何故か羽は一つしかない。片翼ともいえるだろう。だからこそ、僕の目を奪うには十分すぎた。もしこの羽が本当に僕の考えた通りなら、彼の種族は…。
アスト(天使…?)




