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九 とりあえず一件落着

 「上弦の月か、現世と同じだ。綺麗だなぁ」

 朝に出発する予定が、いつまで待っても明るくならないので暗いうちから宿を出た。

せっかくなので昨日の川本先生が勤める教育施設を経由することにする。

ナビ付き車と同じようにポチに行き先を指示すると、ポチは薄暗い夜明け前の草原を無灯火でスッ飛んだ。

 「ホラ、あれよ。ここの入学条件はただ一つ〈学びたい気持ち〉だけなの。三歳児でも、向学心に燃えたタヌキだってクマちゃんだって構わないのよ。でも話せないしね、言葉の壁って凄く大きいよね」

広大な敷地に大小の建物が点在している。

学ぶ者の数は常に変動しているが、およそ5千人前後を保っているそうだ。 もちろん講師はボランティア。

事務局に尋ねると山本先生は所用で別の町にいると言うことで、残念だが家に帰ることにした。


「健ちゃんさ、犬とか猫とか飼ってたことないの? この先に動物だけの世界があるんだよね。行ってみない?」

九谷は子供の頃から動物を飼うのが好きな割にヘタだった。

天寿を全うしたのは母が面倒をみていた犬だけ。

ネコに至っては自宅が国道沿いだったせいで、ほぼ全てを交通事故で死なせてしまった。

自分は動物を飼うのに向いていないし、このような立地条件では飼うべきでないと悟ったのは、散歩を怠ったのが主な原因なのだがストレスで飼い犬を死なせてしまった後だった。

 「どうしようか——あわせる顔ないしなぁ」

 草原のはるか向こうからゴンが全速力で駆け寄ってくる姿を想像した。

「それは大丈夫よ。このエリアだけでも犬とネコが数万匹、他の動物を合わせると数百万いるの。逢うわけないって」

 「もし逢ったら思いっ切り咬みつかれるかもな」

 果てが見えないほど動物エリアは広大だった。

 「うわぁ、想像した以上の規模だな。岩山と樹の上にはサルやネコ、リスもいる。

見なよ、あの丘の頂上にいるのはニホンオオカミだろう?」

 見渡す限り動物たちの世界が広がっている。

草原にはヒツジやヤギ、牛、馬、クマ、動物園で飼われていたと思われる虎やライオンまでが、寝そべりながら微風に吹かれ、気持ち良さそうに日なたボッコを楽しんでいる。

ここには弱肉強食という残酷な法則が無いのだ。 

 「群れをつくって集団行動する筈のオオカミが二頭ずつで行動してるでしょう。なんでだと思う? 健ちゃん」

 「それはな、あれだよ——つまり、群れをつくって狩りをする必要が無いからさ。食の問題は大きいぞ。それに、オオカミは死ぬまで一夫一婦制を守るそうだしな。愛情深い生き物なんだよ」

 「チッ、な~んだ知ってたのか。面白くないオトコ」

 正解だったらしく雪乃の機嫌が急降下、ポチのスピードが急に上がった。

 その後は、自然の摂理についての能書きをイヤになるほど聞かされ、やがてポチは管理人から提供された住居の玄関前に到着した。

東の方角は明るさを増しているが、この辺りは未だ薄暗いままだ。


 玄関ドアを開け窓辺のソファーに座ると、雪乃が熱いコーヒーを運んできてテーブルの上に置いた。

 「寝ないで済むのも調子狂うよ。慣れるまで夜は寝たほうが良いようだな」

 ブラックコーヒーを飲むと、唇が熱いのも心地よい苦さも生前と同じだ。

眠くならないのを除けば、ここが来世なのを忘れてしまいそうになる。

 「ダメッ、夜こそ動かないと——憑かれるような人は、ほとんど夜行性だから暗い時間に探したほうが見つけやすいのよ」

 「ふぅん、そういうもんかね」

「あの人たち笑っちゃうほどイメージ通りなのよね。暴力団や政治家もそうだけど、暗くなった途端ワラワラっと湧いてきて悪さするのよ」


そういえば吸血鬼は日光を浴びると灰になるという言い伝えがある。

国産の魔物にしても本質的な差は無いだろうから、やはり欧米の魔物と同じように夜の闇を好む習性があるのだろう。

それに、魔物に憑かれた者が海水浴を楽しんだりプール際でサングラスをかけて日光浴する姿なんて、どうにも頂けない。

日焼けして健康的な魔物憑きなど見たくもない。

やはり見た目は重要、青白い顔をして人間を(おとしい)れる快感を夢見ながら徘徊する姿でないと。

魔物は夜の申し子。

夜の(とばり)が下り闇が世界を支配する、定番の舞台装置が整ってからの登場が望ましいのだ。


「ところで雪乃、今回のこと管理人に報告しないでも良いのか?」

管理人のことだ、おそらく把握しているとは思うが——

「大丈夫よ、今回みたいなケースなら、あたしの目で見て耳で聞いたことは、みんな管理人さんとリンクするの。テレビのライブ映像みたいなものね」

 雪乃が魔物を認識した瞬間に管理人との映像共有が始まるというのだ。

一見ボーッとしたクマのように見えるが、管理人は生半可なスパコンなど敵わないほどの記憶容量を備え、来世で起きた出来事は細部に至るまで把握しているそうだ。

 「それにしても、簡単に片がついたなぁ。反撃も受けなかったしさ」

 九谷が、警告なしに後ろから撃ったことなど忘れたかのような感想を言った。

 「今回は先手を取れたから上手くいっただけの事よ。でも連中を甘く見ちゃダメよ、心理攻撃されたら凄く辛い目にあうわ。その人の最も弱いところを攻撃してくるからね」

 「へぇ、どんな攻撃なの?」

「たとえば健ちゃんのケースだと、あらかじめ親族や友人の誰かに憑いて健ちゃんの弱みを探ってから攻撃するのよ」

 誰もが一つや二つ他人に触れてほしくない何らかのトラウマを抱えている。

傷口がふさがらず、少し触れられただけで激痛を伴うものもあるだろう。

さすがは魔物だ、攻めかたがエグイと半ば感心しつつ、九谷は自身のトラウマの数を一つ二つと数え、あまりの多さにゲンナリしていた。


 「ところでさ、二階の眺めのいい部屋どっか使わしてもらうわね」

 決して反論を許さない独裁者みたいな口調で雪乃が宣言した。

 「あぁ、どこだって良いから好きに使ってくれ」

 何も確認しないで出たので、未だ部屋数さえ把握していない。

それ以前の問題として自分の部屋を決めていない。

あっ、これはマズイ、一番いい部屋を雪乃に取られてしまうぞ、慌てて二階に駆け上がり手前から順番に部屋を調査した。

 すると並びの真ん中付近のドアに〈オーナー室としてお使いください〉と貼り紙された部屋があるのでドアを開けた。

 入ってみるとビックリ仰天だ、魔法の国というだけの事はある。

そこにはテニスコートほどの、無駄の極致としか言いようのない広大な空間が広がっていた。  

しかも迎賓館と見まがうほどの、絢爛豪華な内装がキラキラ輝いている。

管理人のジョークか? それにしてもセンスが悪すぎるので、装備品室の隣りに位置する、ごく普通の落ちついた内装の部屋を自室に決めた。

 来世の住人には必要ない全室バス・トイレ・冷暖房付きだが、これも管理人のヘタなジョークの一つに違いない。

奴はとにかく面倒クサイ男なのだ。

 「おぉ、池が見えるんだ——遠くの丘なんて緑の大波みたいだし、申し分ない景色じゃん」

 雪乃が自室に決めた部屋も凄い。

さっきのオーナー室ほど広くはないが、少女漫画のカラーページのようなロココ調の調度品で統一されている。

高い天井から二メートルはありそうなシャンデリア、壁には重厚な風景画や肖像画が並んでいる。

いかにも少女趣味が満載で、九谷なら五分いるだけで頭痛がしそうな部屋だ。


「そうそう、丸腰もなんだから何か飛び道具でも持たないか? 戦車やミサイルは無いがナイフから自動小銃まで揃ってるから」

現世で、このタイプの娘に武器を持たせたりしたら危なくて近寄れたものではないが、この世界ならたとえ実弾が貫通してもすぐに塞がる。

当たった相手にしたところで〈やめてよね〉と迷惑な顔をするぐらいの痛手で済むのだ。

銃の威力というか、魔物に対する効果のほどは昨夜のうちに証明済みだ。

「銃なんて携帯したら、あたしの魅力的なボディーラインが崩れるからホントは嫌なんだよね」

ぶつくさ言いながら握り具合を確認していたが、結局ベレッタの小型オートが気に入ったようだ。

これも九谷が携行しているP7と同じ仕組みでエネルギーパルスを発射する。

雪乃はウェストが僅かでも太く見えるのがイヤみたいで、ジーンズの裾をまくって足首用ホルスターを装着しベレッタを収めた。

ここなら自慢のボディーラインに影響しない。

その後、せっかくだから射撃練習場でも作ろうかと、二人で盛り上がっているとニコニコしながら管理人が訪ねてきた。

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