五 魔物退治
とりあえず、魔物に憑かれた住民を探そう。
この世界には、白々しい嘘で罪を逃れた戦犯や捕まらなかった殺人犯などがいる。彼らは魔物に憑かれたまま何喰わぬ顔で暮らしているはずだ。
たとえ何が起きても、ここではケガまして死ぬことなどあり得ないのだから如何なる冒険にも挑戦できる。
「将来的には世界を股にかけて活躍して頂きたいが、まぁ慣れるまでは国内、ということでお願いします。
危なくはないので思い切り役目に励んでください。もちろん私と助手もお手伝いします。でも、長期戦になるのは覚悟しといてくださいね」
「長期って、まさか世界が終わるまで戦わせる気じゃないでしょうね?」
「どれだけ年月を重ねても終わらない、という長期です」
ここは快適な生活と自由が保障された世界だと管理人が教える。
音楽を究め学問を究め芸術を究め思索を深めなさい。
——必要な時間なら無限にあるのだから……と
「もう少しお伝えしておきましょう。この世界の地形は生前あなたが暮らした世界とは基本的に違います。
ここでは機械を使う作業をしないので、舗装道路はないし電車も自動車も走っておりません。
まぁ、そうですね——縄文から弥生時代あたりの地形を想像して頂けたら宜しいのかと」
卑弥呼が邪馬台国を統治していた頃の弥生時代は、海岸線が現在よりもっと内陸に入り込み、陸地は温暖で西日本は密林に覆われていたという。
見れば、丘の下方には白い曲線——遥か古代の海岸線がどこまでも伸びていた。
「海外の国も同じような環境なの?」
「基本は同じです。あなたが誕生した瞬間から亡くなった瞬間まで同じ時代に生きた方々、その人たち全員が長い年月をかけて、この世界に参加なさいます。
もちろん、それぞれが誕生した国にですけどね。ほかには〈すべての生き物〉が含まれます」
「そんなに収容できるの?」
いい質問だったらしく、管理人は胸を張り自信にあふれる笑顔を見せた。
「勿論ですとも! この世界の人口が、たとえ現在の百倍になろうとも千倍になろうとも余裕をもって収容できます。
ここには宇宙空間と同じで行き止まりという概念が存在しないのです。
人口が増えた分だけ空間は果てしなく広がっていくのですよ」
来世には現世の物理法則が通用しない——それはそうだろうな。
「ところで、食事と排泄は必要ないって聞いたけど睡眠はどうなるの?」
食べなくても良い上、排泄せず済むのなら、これはもう感動ものだ。
「ここに来て間がない人は、どうしても生前の習慣に引きずられますからね。
そういう時はベッドに横になって枕元にあるタイマーをセットしてください。
好きなだけ眠れますし、セットした時間が来れば目を覚まします。
一年間眠れば一年後の未来に行けますので、良かったらどうぞ。
それに、この世界では栄養補給を目的にした食事は必要ないし、食事に伴う排泄の必要もありません。
それじゃ味気ないという方々は、それぞれが好きなようにお酒や美食を楽しんでいらっしゃいますな。
まぁ、管理人が言うのも変ですが、食べないでも生きていける世界、最高ですな——本当は生きちゃいないのですけどね、ウッフッフ」
「なるほどね——それなら次は経済の仕組みを聞いておこうかな。
買い物には現金やカードを使うの?」
「現金やカードは使えません、というより存在しません。
住居で使う備品は町の要所ごとに設置してある専用施設にございます。
必要な品物はなんでも揃っているので勝手に利用してください」
そこには服や家具など、生活に必要なあらゆる物が揃っているそうだ。
「農作物や飲み物はどこで作っているのかな。
さっき、海や地面もエネルギーが実体化したものと聞いたけど、食べ物や日用品もそうなの?」
「その通りです。飲食物や日用品も、この世界が用意している備品です。
ですから、たとえ働きたいと思ってもサービス業以外の選択肢はありませんし、そもそも皆さん仕事を趣味として楽しんでおられます。
生前を懐かしんでか、こちらでも同じ仕事に携わる方が多いですね」
おいおい……来世に来てまで働くの?
労働は美徳で休養を悪と捉えるような個性的な国民性とは知っていたが……
少しあきれ少し悲しくなった九谷は、それ以上考えないことにした。
「先ほど申しましたが、魔物退治をお任せするには、それなりの装備が必要です。何か用意しましょう、ついてきてください」
そう言って、管理人は玄関脇の階段を上り始めた。
当然ながら二階も広い。窓際の長い廊下を進むと一番奥のドアを開けて管理人が手招きしている。
内部は、ちょっとした博物館のようで、使い方も分からない様々な装備品がテーブルや壁に整然と陳列してある。
「この中から選んでください、普通の銃に見えますが、弾丸ではなくパルス状のエネルギーを発射するのです。
手でも足でも、どこに命中しても魔物は瞬時に消滅します」
どうだい凄いだろうと言いたげな管理人。
それに、この場合の消滅とは完全に消え去る事ではなく、魔物だけが住む世界に瞬時に送り、そこから二度と出られなくする事だそうだ。
「へぇ凄いねぇ、ここに来る前に使ってみたかったな——なにしろ向こうじゃ怪しいのが大手を振って闊歩していたからね」
戦争に誘導しているとしか思えない極右の利権政治家や評論家。金儲けのためなら何万人の被害者を出しても平気で、他人の病気や死を歯牙にもかけない企業経営者。こういう品性下劣な輩は憑かれていると判断して間違いない。
「困った事に奴らは人に取り憑いた状態で、この世界に入ってきますからね。
現世で滅ぼそうにも、自称霊能者や宗教家には荷が重すぎます。
あぁいう慢性的な人材不足の界隈じゃ返り討ちにあうのが関の山ですな」
そういえば身近な人に聞いた実話だが、ある地方では今でも狐憑き騒動があるそうで、怪しいと疑われた人は死ぬほど大変な目にあうらしい。
まず、対象者を縄で縛って抵抗を奪い、そこを棒切れで叩いたり蹴ったりして狐を追い出す、ほぼ犯罪と言っていい方法を取るという。
それを怪しげな自称霊能者が行うのだから、もう無茶苦茶な状況なのだ。
そもそも、狐に取り憑かれた者を霊能者が叩いたり蹴ったりする程度で追い出せると本気で思う方がおかしい。
狐おとしが成功した実例なんて未だ見たことも聞いたこともない。
「なにしろ魔物というのは人類と同時期に発生し、寄生虫のように人類に寄生して禍をもたらす、いわば天敵の中の天敵と言っていい連中ですからね。
単独では無力ですが、奴らは憑いた人間が持つ悪の一面を増幅させるのです。
まず、持ちつ持たれつの関係をつくって影響力を強めていき、その人の良心や正義感を徐々に麻痺させたあと削ぎ取ってしまうのですよ。
その辺の手口は凄く巧妙でしてね、周りの人どころか肉親にさえ気づかせません。
その状態が長いあいだ続いた末に魔物と人間の同化は完成するのです。
そうなってしまえば、もう引き剥がすのは無理ですね。憑かれた人も一緒に消滅させる以外の方法はありません。
ですから——奴らに長い時を与えないように、まだ剥がせるうちに処置しないといかんのです。
憑かれて当然の下劣な品性にしても、さすがに消滅は気の毒ですからね」
気の毒どころではない——一緒に消滅、つまり連れていかれると、魔物だけが住む、まさに地獄そのものの、おぞましい世界に直行するというのだ。
憑かれたのは自己責任とも言えるが、魔物国の虜囚になるのが分かっていながら何もしない訳にもいかない。
「九谷さん、私たちが視線を向けた相手が、もし魔物憑きだったら、人間その他の動物を問わず眼球が青く輝いて見えます。アングロサクソンの碧眼より、もっと紫がかった濃い青でしてね。
そういう場合は見つけ次第、容赦なく始末しちゃって下さい。
憑かれていた人は以前より気分が良くなるだけですから遠慮はいりません。
「あぁそうだ、見つけたら〈その人から出て行け〉と命令するのをお忘れなく。それだけで奴ら空中に飛び出しますから、そこを狙撃してくださいね。
最も緊急の場合は省略が可能です。憑かれた人のほうを撃っても構いませんよ」
自動小銃や携帯ロケットランチャーに似たようなものまで用意されていたが、隠して携帯できるように一丁の拳銃を選んだ。
「ほぅ、個性的な銃を選びましたね。それはH&K・P7といって、型は古いのですがドイツが誇る高品質の名銃ですよ。
ただし、それは外見だけのことで中身は別物。実銃みたいな操作は必要なくて狙ってトリガーを引くだけで対魔物用エネルギーパルスが発射されます。
先ほども申しましたが、狙いが外れて一般の方に当たっても害はありませんので、もしもの時は人ごみの中でも躊躇せず使ってください」
エネルギーは、空間から銃が勝手に補充して、いちいち充填する必要はないそうで気楽に扱えそうだ。
弾切れの心配がなく、魔物だけに限定して効果があるのなら、もう撃ち放題だ。
試し撃ちをどうぞと言われ、少し離れた小さな展示品を狙ってトリガーを引いた。
パッと小さな音がして反動は皆無だ。当たった箇所が一瞬ポッと赤く光るが傷が付くことはない。
左側面にある切り替えレバーの操作でフルオート射撃も出来るという。
「さて、助手を待たせているので同行してください。
紹介しますので、その後は私と交代して助手がお世話します」
インサイドホルスターに収めた銃を腰骨の後ろに装着し、同じ部屋にあったグレーの麻ジャケットを羽織って階下の出入り口の一つから外に出た。
そこは乗り物の格納庫らしく、すぐ近くに径三メートルほどの、ずんぐりした丸い鏡餅みたいな物体が鎮座している。
近づくと出入り口が開いたので管理人に促されるまま乗り込んだ。
内部には椅子が二つ並んでいるだけで操縦装置らしいものは無い。
「まずは下の道まで降りましょうか」
どこかを操作したとも見えなかったが、車とも飛行機とも違う乗り物は地上二メートルに浮いて滑らかに動き出した。




