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六 助手は元気で気が強い

 黄色や白、所々に青く、ユリに似た花が群生する緩い斜面を下ると、間もなく海岸沿いの道だ。

 波打ちぎわから道までのあいだを白い砂浜が埋め、海面の所々に黒っぽい岩場が突き出している。

 砂浜から少し上には、二人で並んで歩けるほどの平らな道があり、長い海岸線に沿って遠くの方まで続いていた。

 やがて乗り物は速度を速め、下る途中で確認しておいた岬に向かう。

 海面を移動すれば早いのに、ルールでもあるのか律義に道の上を飛んで行く。

 道から外れ少し奥に入った木々の間には、住居と思われる白い建物が、それぞれ十分な間隔をとって並んでいる。

 しばらくして乗り物は、そこかしこ大小の船が浮かんだ港湾を左に見て左折し、緑の濃い岬の内部に入った。

 道の右側には、熱帯や亜熱帯の木々が繁茂し、赤や黄色の花々が色と香りを競いあっている。

 太い枝からは極彩色の大きな鳥や、猿らしき動物の群れが興味深そうに、こちらを眺めていた。

 海面から二十メートルはあろうかという崖上の道を更に進む。

 やがて岬の突端に平屋の大きな建物が姿を現した。

 周りは公園のようで池があり、水面には水鳥が涼しそうに泳いでいる。

 樹間の要所に配置してある大きめのベンチには、寝そべって本を読んでいる人々がいて、その辺は現世の過ごし方とあまり変わらない。

 やがて乗り物は、入口ドアの上部に岬亭と墨書された建物の前で止まった。


 「私はここまでですが海側のテラス席に助手がいますので。もし何か問題が起きたら事務所に連絡してくださいね」

 まだ右も左も分からない新人オーナーなのに……最後まで案内しろよ。

 九谷はブツブツ呟きながら念入りに磨かれた木製ドアを開けた。

 広大な室内には大小さまざまなテーブルやソファー類が配置されている。

 ゆったりした椅子が並ぶカウンター席もある。

 真向いにテラスに続く出入り口が見えたので、そちらへ向かった。

 テラスに出ると、わずかに海風が吹いて潮の匂いが強い。

 助手はどこだと右を見、左を見していたら後ろからポンと肩を叩かれた。


 「あなた九谷さんでしょう?」

 ウッ、女性だ——しかも若い。

 十七歳か十八歳か、せいぜいそれくらいだろう。

 待てよ、おれも二十五歳まで若返っているし、それならそれで似合いのコンビかも、いや待てよ。

と動揺してしまい、考えがまとまらない。

 想定外だ——まさか女の子が来るとは思わなかった。

 「やぁ始めまして九谷です。あなたが助手のかた? おどろいたな、若いんだね」

 動揺を隠し、平静を装いながら椅子に座るよう促した。  

 そのあと九谷も席に着き、同じもので良いと言うので紅茶を注文した。

 「女性の容姿なんて、この世界ならどうにでもなるわ。あたしの本当の年齢知ったらきっと驚くわよ、聞きたい?」

 ここで、うかつに聞こうものなら〈実はあたし五百歳なの〉くらいの返事が返るに決まっているので、無視することにした。

 色白で切れ長の目をした可愛い娘で、身長が百八十センチの九谷より拳二つ分ほど低い。

 この娘も管理人のようにジーンズ姿で、黒髪を一つに束ねている。

 「あ、そうだっ。あたし管理人さんと一緒で名前がないのよ。九谷さん名付け親になって素敵な名前つけてくれない? 九谷さんのことは……ま、あれだな、九谷さんでいいか」

 名付け親になるのは良いとして、うかつな名前を付けようものなら一生恨まれてしまいそうだしな、ここは慎重にいかないと。

 「名前ねぇ……そうだな、雪乃ってどうだい?」

 色白だし、こういう名前が似合いそうだ。

 「あらっ、楚々とした風情っていうの? ステキ、あたしにピッタリね。でも以外だな、九谷さんって若いわりに古風なのね」

 本当の年齢を教えておこうかとも思ったが、やっぱりやめた。

 若いと思わせておいた方が後々なにかと都合が良さそうだしな。

 まもなく紅茶が運ばれてきたので一口飲んでみた。

 期待していなかったのだが意外とおいしい。

 おいしいのだが、飲み込んだ紅茶は食道までたどり着かず喉の奥のほうで消えてしまう。

 おそらく料理を食べても同じように途中で消えるのだろう。

 それなら排せつの必要がないというのも頷ける。

 おなか一杯にならないと満足しない人からの抗議や、非難の声が上がるかも知れないが、九谷は味覚を楽しむだけで十分に満足できる。

 この男は、もともと満腹すると不愉快になる変な性格なのだ。


 「雪乃ちゃん、そろそろ行こうか。どこ案内してくれるの?」

 しばらく雑談し、紅茶を飲み干して立ち上がった。

 「九谷さんったら、もぅ——! 雪乃でいいのよ、あたしとあなたの仲じゃないの」

 いったいどんな仲なんだよ……と胸の内で軽くののしり、二人で町に出ることにした。

 「じゃぁ取りあえず町の中心部、賑やかな場所に行ってみようか」

 外に出ると、雪乃が例の乗り物の一台に勝手に乗り込んで手招きしている。

 管理人と乗って来たのは白色だったが、こちらは薄い青色だ。

 「こらこら! そんなの泥棒じゃないか、駄目だよ」

 町どころか世界の治安を預かろうとする者が、窃盗の片棒を担いだりしたら住民に対して申し開きが出来ないというものだ。

 それでも雪乃は、いいから乗ってよと手招きをやめない。

 言い争いを続ける訳にもいかず、渋々ながら隣の席に乗り込んだ。

 「大丈夫だって、乗り物は住民の共有物なのよ。ダメねぇ管理人さんから聞いてなかったの? 登録したら個人で所有できるけど、こんなふうに放置してあったら誰が使っても構わないのよ」

 なるほどねと思いつつ改めて車内を見まわすと、二つの座席と行き先を指示する球体のほか、見事なくらい何もない。

 もちろんキーを差し込む鍵穴など無いし、シートの下を覗いても動力源のエンジンやモーターの類は見当たらない。

 窓さえ無いのだが、内から外を見る場合に限って車体の上半分が透明になるので視界は抜群に良好だ。

 だからといって内部の様子が丸見えになる訳ではなく、外からは透過性のない水色に見えるので車内プライバシーは、しっかり守られている。

 これはもうアラビアンナイトの世界、そら飛ぶ魔法の絨毯だ。

 「凄いなぁ、どういう仕組みで飛ぶの? 反重力? 良かったら教えてくれないかな——頼むよ雪乃ちゃん」

 ここで独り立ち出来るまでだ、とりあえず下手に出ることにした。

 「まぁ意外と謙虚なのね、その調子よ、男の子はやっぱり素直が一番。不思議でしょう——? だけどね、実は簡単なことなの。分かりやすく言うとね、ここは魔法の国。現世の常識が通用しない世界なのよ」


 やがて、飛行車とでもいうべき乗り物は九谷と雪乃を乗せ、町の中心部に向かって静かに滑空を開始した。

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