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三 豪邸

 「さてと、これからお住まいになる住居にご案内しましょうかね」

 そう言って管理人は草原の斜面を足早に上り始めた。

 すこし展開が早すぎるな、しみじみする時間ぐらいは欲しい。

 胸中でボヤキながら、すぐ後に続いて九谷も丘を上る。

 ところが、草や土を踏む足裏の感触はあるものの、いくら上っても疲れない。

 ここには疲労そのものが存在しないのだろうか——かなりの距離を上ったと思うが快適そのものだ。

 しばらくすると、丘の頂上に白く輝く豪壮な建物が見えてきた。

 白に対比して草原の緑、そこら中に咲いた小さい可憐な花々が愛らしい。

 上りきって周囲を見渡すと頂上は思いのほか平らで、しかも広い。

 その中心付近の大きな池の畔に、白亜の洋館が存在感を示していた。

 洋館はガウディ作品のように曲線を多用した二階建てで多数の窓があり、広くて勾配が緩やかな階段が玄関まで続いている。

 正面から見た感じでは横幅およそ三十メートルというところか。

 二階の窓ガラスに少し傾いた日差しが反射し、壁面にはお約束のようにツタがビッシリ絡まっていた。

 壁から少し距離をあけてハナミズキの白い花が見える。

 周囲の濃い緑に花の白が映え、ひっそりと佇んでいる。


 「いかがですかな、なかなかオシャレなお住まいだと思いますよ。お気に召さないようなら他をご案内しますが」

 「広すぎるような気もするが周りの景色が素晴らしい、いいなぁ気に入ったよ」

 見渡す限り山もなく、なだらかな起伏を繰り返す平らな草原だ。

 それぞれの()起伏の頂には、木々に囲まれた住居らしい建物がある。

 壁面に青く見えるのは藤の花だろうか、白や紫色も見える。

 大気が澄んでいるので周囲に咲く花の色も確認できた。

 「内部も気に入ってもらえると良いのですが。さぁ、どうぞお入りください」

 ゆっくりと階段を上がり、古風な呼び鈴がついた木製ドアを開けると、すぐにフローリングの室内だ。

 五十畳はありそうな部屋の窓際には重厚な木製テーブルやソファーが配置され、一方の壁際には多数のドアが等間隔に連なっている。

 建物の裏には小川が流れ、小鳥や草食動物が水遊びをしている。

 透明な流れは大きな池へと注ぎ、穏やかな水面には風の通り道が現れては消え、また消えては現れを繰り返している。

 「それにしても部屋数が多いなぁ。これだと掃除が大変そうだ」

 それぞれのドアには何に使うのか分からないキーボードがついている。

 「あぁ、それなら大丈夫。外の汚れは屋内に入った瞬間に消滅しますし、雨でズブ濡れになっても玄関に入った時点で乾きます——どうです便利でしょう?」

 たしかに便利な世界だと感心しつつ、もう一度尋ねた。

 「部屋数、多すぎませんか?」

 「この世界が最も大切にしている生活方針は〈自由に楽しく〉なんですよ」

 「素晴らしい方針だね」

 「現世ならいざ知らず、ここは来世、あの世ですから楽しくないとね——そこで私ども何度も何度も会議を重ね、懸命に考え考え抜いてやっと、これはと思う結論を導き出したのです」

 「ほぅ、どんな結論?」

 「自由の戦士、平等の追求者——自由と平等を愛して止まない九谷さんへの、ささやかな贈り物。そう、人呼んで〈気晴らし部屋〉でございます! 決して○○ドアのパクリではございませんよ」

 そして、管理人は人懐っこいマレー熊のようにニンマリと笑った。

 「例えば、あなたの趣味がゴルフならゴルフ場を造れば良いし、銃の腕を磨きたいなら射撃場を造れば良いのです。あなたの思いのままに使えるんです」

 「退屈しないで済みそうだね」

 「この部屋を甘く見てはいけませんよ、時空を超えて過去の時代にだって行けるんですからね」

 これ絶対パクリだ、と九谷は思ったが気の毒なので言わずにおいた。

 「その上、どの時代に行くにもキーボード入力してドアを開けるだけの簡単操作。ただし、生前あなたが暮らしていた世界と未来へ行くことは出来ません。それ以外なら思いのままですからね、いやはやホント羨ましい限り」

 管理人は光沢のある布張りのソファーに深々と座り、せいいっぱい足を高く組みながら目尻を下げた。


 「つまり、過去への旅ができて、友人・親族との面会もできるという事?」

 「その通りです。名前が分かっているなら、その方の名前と生前に住んでいた地名、おおよその概略をキーボードで打ち込むだけ。それを、この世界が判断して適切に処理します。もっとも、個人の場合は双方が承諾する必要がありますけどね」

 「古代史好きでね——行くなら三世紀か四世紀の倭国あたりかな。親族に逢うのは——そうだなぁ、そのうちにね」

 もちろん今いる世界にも親族や友人は暮らしているが、なにしろ景色の良いところや山の中、或いは海のそばと、それぞれ好みの地域に散らばっているので、向こうが教えない限り管理人といえども現在の居所を把握できない。

 〈気晴らし部屋〉を利用すれば探し回る手間がはぶけるし正確なのでお勧めします、と管理人が提案した。

 「〈気晴らし部屋〉から移動した場所も、環境的には、この世界と同じなんですよ。動物は死なずケガもしない、植物は枯れず燃えない世界ということですな」

 「ということは、この部屋から行った邪馬台国は、魏志東夷伝にある三世紀の邪馬台国とは違う世界なんだ——」

 「残念ですが、たとえ異界や過去世界であっても、その辺はこの世界の法則にキッチリ従います」

 「バーチャル過去世界なのか」

 「部屋と接続された時点で、そこも意識エネルギーが実体化した世界になりますからね。でも高密度ですから、ほぼ物質ですよ」

 分かりにくい話だったが、分かったようなフリをして九谷は何度も頷いた。


 「ところでさ、過去の時代に戻って過去に介入すると歴史は全く違う展開を見せる。だから見るだけに留めなさい——これ、現世で唱えられていた理論だけど、ホントに歴史が変わってしまうのかな?」

 タイムパラドックスに、過去に戻って親を殺すと自分が生まれない〈親殺しのパラドックス〉というのがある。

 「あぁ、それなら答えは簡単ですね。過去に介入すると、その時点から歴史は枝分かれを開始します。つまり、元の歴史は変化せず、介入時から新たな歴史が始まるのです。坂本龍馬や織田信長が生き延びた世界、豊臣秀吉や徳川家康がいない世界、歴史は無限に枝分かれを繰り返すのです。私としては過去の歴史に介入するより、経験したことのない見知らぬ異界への旅をお勧めしますね」

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