表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
2/10

二 神と仏


 「ところで九谷さん、ホラッ、あの世とこの世の境界と言われる、例の三途の川ですけどね——あれ、渡りました?」

 よほど興味があるのか管理人は唐突に話題を変え、人差し指で丸眼鏡を下にずらして上目づかいに質問してきた。

 三途の川説話は世界中にあるようだが主に仏教思想だ。


 「そういえば渡らなかったなぁ……お花畑で天女が舞っているのも見なかったし、向こう岸で手を振るご先祖様もいなかった。おれの場合、ここまで直行だったよ」

 「うん、そうでしょうとも。皆さんも例外なくそうおっしゃいます」

 管理人は丸い顔に満面の笑みを浮かべ、そのあとフゥと短い溜息を吐いた。


 「ご存じですか冥土の旅? 罰当たりの罪人だけが三途の川を渡らされて、善人なら阿弥陀如来が菩薩を従えて極楽浄土から迎えに来るそうですよ」

 「歩いて来るのかね?」

 「そんな筈ないでしょうよ。みんなで雲に乗って来るらしいですよ」

 「かっこいいな、役行者か孫悟空みたいだ」

 「そういう罰当たりなこと言ったら三途の川を渡らされますからね、発言には注意しないと。それに、仏道修行を怠ったものは何度でも冥土に輪廻するそうですよ。修行してないでしょう?」

 「おれは無宗教だからさ、仏教の影響力は及ばないと思うよ」


 頷いていた管理人は速足で九谷に近づき、すぐ横の草むらに腰を下ろした。

 「九谷さん……じつを言うとね、三途の川や極楽なんて宗教界の創作なんですよ。ご存じでしたか? よくもまぁ、いろいろと巧妙な仕組みを完成させたもんですわ」

 みんな知ってて知らないふりしている公然の秘密というのに、来世の管理人としての義務感からか、或いは最初からそういう設定になっているのか、管理人は目を三角にして仏教批判を始めた。


 「極楽(天国)・地獄はあります——なんて、坊さんが言ってますけど、あんなもの釈迦如来や阿弥陀如来なんかの、如来を最高位に据えた身分制度そのものですから——第一、なんで死んだあとも上下関係に縛られにゃいかんのですか?」


 「そうは言ってもさ……現に世界には仏教を含め凄い数の宗教が展開しているし、そこには数十億人の信者が存在してるんだからね」

 それを聞いた管理人は、ムッとした顔をして早口で一気にまくし立てた。


 「なに言ってんですか! 仰々しく飾り立てて権威を主張する宗教施設。愚かな信者たちに高額な本や壺を売りつけて独裁者のように君臨する新興宗教の教祖。信じるものは救われると、ひたすら指導者の指示通りに教義を反芻し、疑問があっても敢えて洗脳を受け入れる思考停止の信者たち。みんなロクなもんじゃございませんよ——」

 う~ん、ここまで嫌いだと、いっそ清々しい。


 「さらに言わせてもらえば、仏教には戒名という冗談みたいなトンデモ制度がありますな——金額に応じて戒名の位が上下するという例のあれ。値段が高いほど来世における身分も高くなるとか言うんだからビックリ仰天ですわ」

 「仏教は、いろんな国で信仰されてるけど、戒名つけるの日本だけらしいね」 

 「そう、日本独自なんですよ。遺族にしても周りからの同調圧力とやらに負けてイヤイヤながら買うんですな」

 「あれやこれやで、地方の寺なんて檀家が激減してるらしいね」

 「まぁ、致し方ない傾向だと思いますよ——京都の観光バスで〈実はね皆さん、ここのお寺の住職はお妾さん三人も囲ってはるんですよ〉って解説すれば、お客が手を叩いて大喜びするような状況なんですから」

 「一昔前の僧職なら衆生の尊敬対象だったけどね。おそらく千年を超す歴史の上に胡坐かいて堕落してしまったんだろうな」

 管理人は来世が出来たのと同時に生まれ、いわば来世の付属物なので必要な情報は既に入力済み、現世の細かい世情にしても九谷以上に詳しい。


 「その点、ここは誰もが平等で自由に暮らす世界ですからね。神や仏と呼ばれて人の上に君臨する不届きな連中はおりません。当然ながら上下関係や肩書きで人を選別する輩も居ません。皆さん誰に遠慮することなく、自由を満喫して幸せに暮らしておられますよ」

 やがて管理人は商売敵の会社が、どんなに酷くて信用できないかを客に訴え、さりげなく自社製品を勧める老練セールスマンみたいな口調になった。


 「歴史を展望してください九谷さん。釈迦誕生から、およそ二千五百年、キリスト教がおよそ二千年です。その間、戦争という集団殺人が行われなかった期間がありましたか? 侵略戦争は別として、宗教がらみの戦争ばっかりじゃないですか」

 たしかにそうかもなぁ、九谷は管理人の説に洗脳されかかっていた。 


 「九谷さん、もし神仏が存在するとしても、人間に救いの手を差し伸べたりしないと思いますよ。戦争に明け暮れる獰猛な人間なんて救う価値はないと判断するでしょうからね」

 「そんな、身も蓋も無い……」

 「これは神仏の存在を信じる方々に向けての、私からの警告です」

 「もし存在するにしても、この世界は神仏の守備範囲から外れてるよね」

 「もちろんそうです——それでもまぁ、ほとんどの宗教は、善行を重ねれば天国へ悪行を重ねれば地獄行きと教えているし、そういう勧善懲悪を広めて社会の安定に貢献しているのは確かですからな——私だって、そこら辺りは認めておりますよ」


 管理人の話を聞いて、九谷はあれこれ、とりとめもなく考えた。

 あなたは天国お前は地獄と、宗教は自らの教義で死後の行き先を選別しているが、ヒヨコの性別鑑定じゃあるまいし勝手な事するんじゃない——

 この国には、おっさんたちが前途ある若者に〈お前らだけを死なせはしないぞ、必ず俺も後に続くから〉と特攻を強制しておいて、己らは人一倍長生きしたという無惨な歴史があった——

 神の国は決して負けないという帝国軍人たちの面子と狂気に巻き込まれ、若者たちが死を強制された惨い歴史だ——

 その神の国とやらの首都や地方都市は、焼け野原になるまで米軍から空爆を受け、既に勝負はついたのに、奴らは人体実験や仮想敵国に対する威嚇として、民間人が暮らしていた広島と長崎に原子爆弾を投下しやがった——

 神の国の悲惨な末路は日本人なら子供でも知っているが、そのとき神は何処にいた? まさか、涼しい避暑地でビール飲んで昼寝していた訳じゃないだろうな——? 

 日本を守護する神が存在するのなら、重大な職務怠慢の罪で戦犯の列に加えるべきだ——思いを巡らしながら、九谷は一人で憤慨していた。


 「そうだよなぁ……、既成宗教の教えは勧善懲悪が基本になっているようだし、宗教は人を救いもする。嫌いだからって全否定しちゃダメだよね」

 「さようです。長年にわたって練られた教義は奥深いし、立派なものだと思いますよ。ですから、私は宗教そのものには敬意を払っておるのです。ただ、神とか仏とかいう偉そうな存在を認めないだけなんです」


 そもそも、八百万の神々は横において、国家神道という一神教モドキを引っ張り出した明治政府が悪い。

 海や山など自然物から人間が使う道具まで、あらゆるものに神が宿るという古神道の教えは、環境保護の面からしても素晴らしい思想ではないか。

 本来なら大切に守り伝えて当然な八百万の神々を祀らず、逆に日陰者あつかいにする戦後の現状に、九谷は大いに疑問を感じていた。

 だが、おおよその見当はついている。

 この国は、敗戦後に米国が押し付けた資本主義の影響を受け、無駄を嫌い物を大切にするという、それまでの慣習をやめてしまった。

 機器が故障したら買い替えるのが当然と思うようになった、というより思うように仕向けられたのである。

 カリスマ企業経営者がメディアを使い、〈消費は美徳〉と大宣伝を展開して〈勿体ない〉という日本古来の美徳を駆逐してしまったのだ。

 それは景気が上向きになった当時の国内に驚くほど素早く浸透した。

 今や地方には大型量販店が幅を利かして、昔ながらの電気店などは絶滅危惧種になっている有様だ。


 ——九谷は、戦争を体験した父母や祖父母から、戦中戦後の食糧難や物資不足に苦しんだ体験談をよく聞かされた。

 着るものは何とか都合しても、家族の食べ物が不足するのは辛かったようだ。

 国の全精力を戦争遂行に向けたので、戦後の食糧不足も当然といえば当然の帰結と言えるが、当時の権力者や一部の裕福なもの以外は、南方戦線で飢餓に苦しんだ兵士の万分の一かを、国内で追体験したという事になる。

 戦後生まれの九谷の記憶でも、あの頃は太った大人を見かけなかったし、ほとんどの子供も今より痩せていた。

 それでも子供というのは意外と逞しく、海では貝を採って魚を釣り、山では木の実が熟す時期と場所などを詳しく把握していた。

 そういう時代を生きて食べる物に苦労した人たちは、供給過剰ぎみの現代人と違い、まず例外なく食べ物を粗末にしない。

 また、市民が互いに監視しあう仕組みがあり、為政者や軍部を批判する者を当然のように密告するような暗黒時代でもあった。

 誰もが疑心暗鬼におちいる監視社会が敗戦まで続き、やりきれない空気感だったと聞いていた——


 世の中が不景気になると、軍需産業を営む死の商人やヒトラーのような半ば狂人の政治家が元気になり、世論を操作しようと動きだす。

 “わが国は攻撃される恐れが高いので軍備を増強しなければなりません“ とメディアを活用して国民に働きかけるのだ。

 日頃から政治や経済に興味ある層を騙すのは簡単ではないが、興味がなく自らの運命を政府に白紙委任するような層なら簡単に騙すことが出来る。

 国際情勢についても無知なので、生活の基盤になる社会保障の予算を減額して軍事予算を大幅に増やすという、非常識な政策にも平気で居られるのだ。

 真綿で首を絞められるように、ゆっくりと戦前のような社会に向かっているのに、気がつくどころか、これで一安心だと必要以上の軍備増強を喜んでいる。

 おそらく、天が落ちてくるのを心配した国民〈杞憂〉と同じで、列島をハリネズミのように武装するまで安心できないに違いない。

 愚か者は、旧ソ連が米国との軍拡競争に負けて崩壊した、近・現代史を忘れたのか、或いは全く知らないのだろう。


 それに、稼働中と停止中を含めると54基にも及ぶ、海岸沿いに林立する原発の問題がある。

 戦争になると間違いなくミサイルやドローン攻撃を受けるが、現政権でボロ儲けしている輸出大企業や、それらの大企業をスポンサーにするマスメディアは決して触れようとしない。

 これだけ重要な問題について、隣国を敵視して戦争を煽るような政治家や、原発推進派から言及がないのは、あまりにも無責任だ。

 まさか原発は攻撃しないだろうという甘い見通しは脳内お花畑でしかない。

 もしも数基の原発が破壊されたら、広島型原爆の数千倍の放射能が放出され、我々はこの小さな島国から逃げ場を失うのだ。

 そのとき、戦争を始めた政治家や軍需産業の幹部など、主だった連中は国外に何年でも避難できるだけの経済的な余裕がある。

 国土の全てが放射能で汚染された場合、彼らは安全な他国に永住するだろう。

 だが彼らのような権力者や富裕層と違い、一般庶民は兵士や労働力として政府から足止めされ、ゆっくりと身体が放射能に汚染される悲惨な運命が待つ。

 ロシアから攻撃されたウクライナ国民は陸路で避難できたが、島国日本では空路と海路が止まれば、自力では避難できなくなるのだ。


 市街地を焼け野原にされ、三百十万人超が犠牲になった敗戦から未だ八十年、忘れるには早すぎるし、決して忘れてはならない重い歴史である。

 〈日本国憲法〉は日本人が侵した侵略戦争を否定し、二度と戦争はしない固い決意とともに、政治権力の暴走を監視するという役割を持って存在している。

 現憲法は三百十万人を超える犠牲者の生まれ変わりと表現しても良い。

 平和憲法であり、隣国との友好的な関係を築いて共存と共栄を促進する〈善隣外交〉と対になるものと九谷は解釈している。

 米国からの出兵要請を日本政府が断り、自衛隊が戦争に参加せずに済んだのも、平和憲法という盾があったからこそ出来た。

 そういう得がたい憲法を変えて、自衛隊を戦争のできる軍隊にしようとする勢力が、近年は与野党を問わず増加して憂慮すべき事態となっている。

 米国の手先が、“米国に押し付けられた憲法だから変える必要がある”、と滑稽な主張を続けているが、面白がってはいられない。

 彼らの結束とカルト教団の豊富な資金力には侮れないものがあるのだ。

 なんとかして改憲させたい米国と、日本の政治家と共闘しているカルト教団の工作により、日本の平和は既に危険水域に差しかかっている。


 政治家の不祥事にしても昭和の頃より多いようだし、しかも結果責任を取るどころか、むしろ開き直るほど悪質になった。

 とはいえ政治が劣化した原因をたどると、投票権を持つ有権者にも行きつくので、劣化した責任の半分ぐらいは有権者にあるという結論になる。

 劣化の原因とも言えるカルト教団との癒着、そして終わりなき金権政治の蔓延と無能な世襲政治家、或いは笑顔を振りまくのが仕事のタレント議員の増加と、きりがないが、政治家として小粒になり小物になったのは間違いない。

 昭和には、国民を豊かにすれば国も豊かになると考え、国民優先で働く政治家が多数を占めていたような気がする。

 また、口に出したら実行し、出来なかったら責任を取っていた。

 脱税など、違法行為が明らかになっても平気で開き直る政治家は少なく、何よりも昭和の政治家は平和を守る信念と矜持を持ち合わせていたと思う。

 留意すべきは、国民が政治に興味を持とうが持つまいが、政権党が行なった政治の結果は、“良きにつけ悪しきにつけ、すべては国民に降りかかる”ということだ。

 そして、政治家の裏の顔や無能を知り尽くしていながら、官邸の圧力や恫喝に負け、腰抜け報道を続けるマスメディアの罪深さも忘れてはならない。

 それにしても、どうして歳費泥棒みたいな悪徳政治家と出世至上主義の官僚が集まった政府に、無造作に自らの未来を託せるのか? そういう大胆な国民の頭の中が九谷には理解できない。

 政治は面倒だからと参加せずに白紙委任状を提出する、その豪快とも言える判断には落胆を通り越して心底あきれかえっている。


 「九谷さん、私が承知していた以上に戦争への思い入れが強いようですな」

 「そうなんだよね、体験者じゃないが当時を知ればどうしてもね」

 「この世界には多いですよ。隠れ戦犯が」

 「だろうな……若者には死ねと命令しといて、己は用心深く暮らして長生きした連中ばっかりだし、うまく立ち回って隠し通せた戦犯も多いんだろうね」

 「九谷さん誕生から死の瞬間までの期間を生きていた人間や動物が、今度もまた同じように来世で暮らしている。という事ですから、結構な人数になりますな。憑かれている人が多いので、まぁ頑張ってくださいね」


 そういえば、九谷には生前から腹に据えかねている事があった。

 現世で体験したり見聞きした、葬式の理不尽さである。

 まず、家庭の当主が亡くなった後に遺族が押し付けられるバカみたいな金額の葬式費用や、その後の初七日や四十九日にかかる手間と費用がある。

 それらは遺族にとって大きな負担になる出費なのに、それを大きな声で高いとは言えない重苦しい嫌な空気が存在するのだ。

 ほかにも、遺族が死に絶えるまで続くのでは、と心配するほど何度でも行われる法事や、他所に住む身内がやむを得ず依頼する高額な永代供養料がある。

 江戸時代には、寺を博打場として使わせる見返りに〈寺銭〉を徴収していたし——筋違いの批判ではあるが、ヤクザが本家に上納するのと同じように地方の寺が本山に収める〈上納金〉制度もあり、上納金は小さい寺で十万単位、平均的な寺では百万単位を収めている。

 仏像の前や、神社の拝殿で軽く頭を下げる程度の信仰心しかない、無宗教の九谷には、これらの決め事が、どうにも腹立たしい。

 もう一つ言わせてもらうと、棺の顔の部分を開けて参列者に見てもらうのは、やめてほしい。

 この世から去ったことを確認させる為だとは思うが、あんなもの見るのも嫌だし見られるのもマッピラ御免なのである。


 九谷の死生観は “死は人生の終わりではない、むしろ出発点を意味する厳かな行事と捉えるべき” というものだ。

 太陽系を含む天の川銀河が存在する宇宙は、今から百三十八億年の昔ビッグバンによって構成された。

 そのとき量子と同じように生まれたのが〈魂の卵〉で、今現在も電子や陽子のように、何もない空間から必要に応じてポツポツと出現している。

 その後〈魂の卵〉は一歳前後まで成長した人間の幼児の身体に入って、脳の役割である本能や生命維持機能に加え、思考・記憶・感情などの役割を与える。

 やがて肉体と共に成長した魂の卵は〈魂〉に変化し、五歳前後になると幼児の自我が確立してくる。

 その後、十歳頃までには〈魂〉の影響力によって基礎的な人格が形成される。

 そういう手順を踏んで〈魂の入った人間〉が完成するのである。

 あとは現世で経験を積んで魂を磨き上げ、準備が整ったら来世に移動する。

 そこまでの一連の期間が、俗にいう人間の一生だと思っている。

 魂を磨くのに長い時間を要する人は長生きするし、逆に短い時間で魂を磨き終えた人は短命で来世に行くのが早い。

 そうやって来世に到達した人間は、等しく現世の束縛から解放されて、やがては〈安心〉の境地に至るのである。

 このように、現世と来世とは対になって成り立つものであり、現世あるいは来世の片方が本質という訳ではないのだ。


 と、あれこれ想い巡らして目を宙に据えていると、管理人がコホンと咳払いをした。

 さっき宗教否定の熱弁をふるった照れ隠しだろうか、真ん丸顔に取って付けたような笑顔を浮かべている。


 「どうですか九谷さん、現世から来世に引っ越して来た感想は?」 

 「そういえば体がすごく軽いな——老眼も虫歯も腰痛も治っているし肌も筋肉も張りが出ている。思いっきり若返っているよね」

 うかつにも九谷は、ここでようやく初老の自分の身体が20代の瑞々しさを取り戻しているのに気付いた。そして、前世における様々な記憶を薄っすらとしか思い出せないことも。


「でしょう? 肉体や精神的な病気は、この世界に入ったのと同時に消滅します。それにね、ここでは年齢だって自由に決めることが出来るんですよ」

「そうなの……?」 

「九谷さんの場合なら——肉体年齢は二十五歳、それでいて精神年齢や性格には変化なし。通常なら、亡くなる前後の記憶は徐々に消えるのですが、九谷さんに限っては生前の記憶が、そのまま継続します」

「良かったなぁ、記憶のこと以外は想像していた通りだ」

「しばらく記憶が戻らないと思いますが、そのうち鮮明になりますから。それに年齢を変えたかったら、あとで何歳にでも出来ますからね」

何かしら凄いことになった。

九谷は両手を使って何回も自分の頬を叩き続けた。


「あぁ失礼、つい肉体と言っちゃいましたね——実は九谷さんの身体は肉体ではないのです。この世界では、身体・海・草原・建物、あの雲だって、見えるもの全てを構成してるのは、原子や分子どころか量子でさえないのですよ……そうですね〈意識エネルギーが実体化した状態〉と言えば理解して頂けるでしょうか」


管理人の説明を聞きながら九谷は胸中で何度もうなずいていた。

ここは、病気にならないし怪我はしない、疲労を回復するための睡眠や身体を維持するための食事さえ必要のない世界。

究極の自由、絶対自由が支配する世界だ——

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ