27匹目:ラストダンスはお菓子を食べながら見守る所存 9
薬入りの怪しいクッキーと、ジェマにとってはただ臭いだけだった香水。
リリアンの行動がただの夢見がちな少女の暴走で済まなくなった原因であり、アンジェリカが【幸運の猫】を頼りに来た原因ともなった。
結果からすればどちらも余計なことをして墓穴を掘っただけとなったが、使いようによっては異性を誑し込む良い道具となったことだろう。しかしリリアンはその特性をまったく理解しておらず、逆にあれらを嫌がるジェマに押し付けたり堂々と大公令息にプレゼントしたりと、自ら罰してくださいと言わんばかりの行動をとっていた。
ジェマはリリアンが薬や香水を手に入れたのはきっと偶然か何かだろうと深く考えていなかったが、あれらの効果を分かったうえで何も理解していないリリアンに使わせた誰かがいたとなれば話は変わる。
リリアンの滅茶苦茶な言動のおかげで攻略は全滅――被害は出なかったが、もう少しリリアンが賢く立ち回っていたならうまくいっていた可能性は十分にある。たしかに市井でも販売されているおまじない程度の効果しかないものではあるけれど、マグワイア魔導学園でも使用を禁じてはいないけれど推奨もしないというスタンスが取られている。
使いようによってはそれだけの効果が得られる可能性がある代物なのだ。
リリアンが赦されたのも本人がおまじないくらいの気持ちで使用していたからという理由もきっとあるだろうとジェマは考えている。わざわざ猫獣人が嫌う薬入りのクッキーをジェマに食べさせようとしたくらいだ。きちんと効能を把握していればそんなこともしなかっただろう。
「……お前が元凶なの?」
改めて考えれば、そもそもあの詳細なリリアン物語がおかしいのだ。
リリアンが自分で考えたにしては設定が練られ過ぎていて、実在する物語だとすればあまりにも不敬すぎる。
もしどこかにリリアン物語が存在していたなら、少なくともアンジェリカとエリオットの婚約の邪魔になる。しかも実際にリリアンがそれを真似しようとして2人の婚約に割り込もうとしたという実績付きだ。
「何お前。自殺願望でもあるの?」
シャーベットを突きながら、予想外に出た低い声に自分で少し驚いた。半分面白がって自ら首を突っ込みにいったところがあるとは言え、比率としては面倒や迷惑という負の感情の方が強い。
それがリリアンの夢ではなくてマーサの悪意だとしたら?
可能性を考えただけで腹が立つ。この程度の阿呆にずっと振り回され続けてきたなんて。
冷えたグラスを握る手に力を籠め、どんどん青ざめていくマーサの顔をじっと見つめる。
「リリアンが罰せられなかったから、自分もちょっと謝れば許されると思ってるんだったら大間違いだと思うけど。しかもお前錬金術科でしょ。あの馬鹿はただ馬鹿だっただけで自分が高位貴族に薬を盛ってる自覚すらなかったわけだけど、お前は全部わかってて大公令息に薬を盛るように誘導したってわけだ。――それが『なんかごめんね』で許されるわけないでしょ。寝言は寝て言えよ」
ジェマが誰と付き合おうが関係がない。それとこれとは別の話だ。
青を通り越して今にも倒れそうな真っ白な顔をしたマーサは、胸元で握りしめた手を震わせていた。カサカサの唇を小刻みに動かし、意味を持たない音を発する。
誰がリリアンをそそのかしたかなんて、きっと大人たちにはもう調べが付いている。リリアンは悪いことをした自覚だってないのだ。誰からその香水を貰ったのか、誰からクッキーに入れるおまじないを教わったのか、きっと無邪気に白状するだろう。
別にジェマには関係のないことだ。たしかにこれまでの苦労の元凶がマーサだったとしても、リリアンという行動力のある馬鹿がいなければマーサは貴族に迷惑をかけることすら難しい。
けれどジェマにだって怒る権利はある。ましてやマーサの方からわざわざ憐れみながら喧嘩を売りに来たのだ。
それほどまでに恨みがあるというのなら、その喧嘩買ってやる。
ジェマの体温で溶けたシャーベットを一気に掻きこみ、少し気持ちを落ち着かせた。意識して一息吐いて、そしてため息を吐く。
「お前が何をしたかったのかは知らないし何をしたのかも知らないけど、リリアンが許されたからってお前の罪まで消えるわけじゃない」
とうとう目に涙をため始めたマーサをいっとう強く睨みつけ、ジェマは逆立った尻尾を勢いよく振った。
「わたしがどんなドレスを着ようがお前には関係がない。そんなくだらないことでわたしに謝りに来る時間があるなら、アンジェリカ様の前で地面に頭でも擦りつけてきたら?」




