第60話 「王妃の断罪」
「一つ目の子は、井戸でございます」
セルジュは白い広場の真ん中に置かれた椅子で、膝に帳簿を載せていた。助かるためなら何でも話す男は、証人としてこれ以上ないほど便利である。
「王の第一の庶子、当時七歳。王妃様のご実家から、黒露が二瓶。こちらに受領の印がございます。井戸のそばで見つかったときには、もう喉が腫れておりました」
「二つ目は」
裁きの席に座ったラズが、短く聞いた。王の椅子ではなく、広場の砂に置いた木箱に腰かけている。ナフルの巨大な頭が、その後ろに横たわっていた。
「熱を出した子でございます。九歳。一瓶」
「三つ目」
「馬に蹴られた子です。鞍の下に針、馬の飼い葉に一滴。こちらは少々お高くつきまして」
朝の広場に、昨日より多くの人が集まっていた。誰も声を上げなかった。帳簿の紙をめくる音だけが、やけに大きかった。
王妃シビュラは段の上で、喪の白を着て座っている。手は膝の上で重ねられ、顔にはほほえみが戻っていた。
「よくできた作り話ね。その男は帝国の財務官でしょう。敵国の文官の帳簿など、誰が信じるのかしら」
「妃殿下の字で、礼状もいただいております」
「字くらい、誰にでも似せられるわ」
セルジュは私を見た。私はうなずいた。
朝のうちに、段の裏で打ち合わせをしてある。この男はリュミエールの商人だ。帳簿の数字には嘘をつかない。それが誇りらしい。
「殿下。こちらの支払いについても、申し上げてよろしいでしょうか」
「どうぞ」
「先代の帳簿によりますと、二十三年前、リュミエール王弟殿下より、妃殿下の輿入れの持参金に上乗せがございました。名目は、お子様の養育費です」
シビュラの指が、一本だけ動いた。
「輿入れのときに養育費?」
ラズが聞いた。
「はい。妃殿下がザハリアへ嫁がれたのは二十三年前の春で、ナサニエル様のご誕生は、その年の暮れでございます。陛下には早産とお届けがございましたが、王弟殿下の持ち物の産科の医師には、輿入れの三月前から支払いが始まっております。リュミエールの帳簿は正確でございますので」
ざわめきが、ゆっくりと波になって広がっていく。
ナサニエルが、段の上で立ち上がった。
「嘘だ! 嘘だ! 母上、こんなものは嘘でしょう!」
「座りなさい、ナサニエル」
「竜が頭を下げなかったのは、そのせいだって言うのか! 俺に王の血がないって! 答えてください!」
「座りなさいと言ったのよ」
シビュラは息子を見なかった。
ファルークが杖をついて進み出た。枯れ枝のような手で、小さな箱を捧げている。蓋を開けると、印の形に布がくぼんでいた。
「王の印は、二年前に妃殿下が持ち去られました。陛下は最後まで、ご自身のお心で字を書かれることはございませんでした。十一人の王の子のうち、十人の葬儀を、私が執り行いました。私の口からは、以上でございます」
老人は砂に膝をついた。それから、顔を上げてもう一度言った。
「十人でございます」
ナサニエルの顔が、真っ白になっていた。細い目が、せわしなく左右へ動いている。段の下の兵たちを見て、ナフルを見て、また母親を見た。
それから、段を駆け下りた。
砂に膝をついて、ラズの木箱の前で額をこすりつけた。
「陛下! イスマエル陛下! 私は何も知りません! 全部、母がやったのです! 井戸も馬も、私は子どもでした! 村を焼けと言ったのも母です! お願いです、弟として、どうか!」
ラズは見下ろしていた。
「お前は弟か」
「はい!」
「さっき王の血はないと聞いたばかりだが」
ナサニエルの口が、開いたまま止まった。
「それに、俺の隊を後ろから撃ったのはお前だ。あの三百人に八十人、歩けないやつが出た。丁寧ではなかったな」
「それは、母上が!」
「ナサニエル」
段の上から、静かな声が落ちてきた。
シビュラは息子を見ていた。今日初めて、その顔を見ていた。ほほえんだまま、ひどく疲れたようにまばたきをした。
「この子は、私の計算の中で、一番つまらないところね」
「母上?」
兵が二人、ナサニエルの腕を取った。わめき声が遠ざかっていく間、シビュラは一度も振り向かなかった。
女官が一人、盆を持って段を上がった。杯が二つ載っている。
シビュラはそれを受け取って立ち上がった。ゆっくりと段を下り、砂の上を歩いてくる。銀の兵はもう、誰も動かない。
「よくできました、庶子殿」
ラズの前で止まって、杯の一つを差し出した。
「認めましょう。私は負けました。王家に嫁いだ女として、最後の礼くらいは守りたいの。亡き陛下に。二人で、一杯だけ」
ラズは立ち上がった。
手袋の手で、杯を受け取った。王妃よりも頭一つ大きい。
何も言わず、杯を鼻の下へ持ってきた。
息を一回吸うほどのことだった。それから裏返すように、杯の縁を見た。十年以上やってきた仕草だった。あの地下で、ティモが「つまみ食い」と笑っていた手つきと、少しも変わらなかった。
ラズは杯から鼻を離した。
「上手いな。匂いがほとんどしない」
「お褒めにあずかって」
「味見をしろ」
ラズは杯を王妃の手に戻して、代わりに彼女の持っていた杯を取った。
「そちらも同じなら、どちらでもいいだろう」
シビュラは笑った。
初めて、声を上げて笑った。
「踊り子の子のくせに」
「ああ」
「あの女も、足が一拍遅いくせに、陛下に杯を投げたわ。私が半年かけて覚えた王の好みを、一晩で台無しにして」
手の中の杯を、彼女は見下ろした。それから砂の上へ、ゆっくりと傾けた。こぼれた水が、白い砂をわずかに黒く染めた。
「死ぬのは嫌よ。私は計算が得意なの」
「判決を言う」
ラズは木箱の前に立っていた。
「俺は法を知らん。ファルーク。十人の王の子を殺した者には、どうする」
老人は、額を砂につけたまま答えた。
「砂の都の法では、同じ死に方を、順に」
「そうしろ」
広場の砂の上を、風が渡った。
「井戸から順に、丁寧にな」
それで、シビュラの顔からほほえみが消えた。
蜂蜜色の髪の女の、何もない顔を見たのは、それが最初で最後だった。銀ではなく砂色の兵に両腕を取られて、女は段の裏へ連れられていった。
何日かかったのか、私は聞かなかった。
夕方、私はナフルの鼻の前にいた。カーヤが鎖を切る音がしている。
《甘いのが、少し抜けてきた》
「笛がないからよ。まだ痛みますか」
《痛い》
「ええ」
ラズが木箱に座って、自分の膝の上の冠を見ていた。ファルークが砂を払って、渡したものだ。
「かぶらないのですか」
「重そうだ」
「はい。重そうです」
「鍋より重い」
少し間があいて、その口の端が動きかけた。
止まった。
ラズの目が、北の空を見ていた。白い鳥が一羽、まっすぐこちらへ飛んでくる。伝書の鳥だった。銀色の筒を足につけて、砂の上に降りると、そのまま動かなくなった。
カーヤが駆け寄って筒を開けた。蜂蜜の匂いがした。中から金色の星が一つと、薄い紙が出てきた。
紙は私に渡された。丸くて、きれいな字だった。
『ねえ、聞いて。
お父様が、もう全部もらいに行きなさいって。帝都は片づいたから、十万で国境へ行くね。魔物は三十万匹。ザラちゃんも連れていくよ。
国境の川で待っててね。今度はちゃんと、お薬持っていくから。
ごめんね。楽しみにしてる。 あなたのヴィヴィアン』
星を、砂の上に落とした。
今度は、踏むのも面倒だった。




