閑話・リシャール 「上下を確かめました」
第七皇女アマリア殿下
この手紙をお読みいただいているなら、私はまた、どこかで道を間違えたのだと思います。すみません。
今、城跡の壁の陰で書いています。明日、尾根を下ります。ピピン殿が背中で菓子の催促をしておりますので、少し字が揺れますが、お許しください。
三つ、申し上げることがあります。
一つ目です。飼育場で初めてお会いしたとき、私はあなたに皇族の礼をしました。あとで本を確かめたら、本当に間違えておりました。なぜか皆様が深読みをされるので、ずっと言い出せませんでした。
殿下は銅貨を噛まれた方だと、妹から聞いていました。三十歩、桶を運ぶ間に、灰麦の値段を聞きました。殿下は正確にお答えになりました。貧乏な男爵の娘さんなら、それは正確でしょう。ただ、殿下は桶を持った私の手を見ずに、ずっと足もとの道を見ておいででした。道を見て歩く方を、私は初めて見ました。それで、良い方だと思いました。
あの日から、殿下とお話しするのが楽しみになりました。第七皇女殿下をお探ししていたのも本当ですが、それは父に言われたからで、私が毎日、飼育場の方向へ迷子になっていたのは、父に言われたからではありません。
校庭で殿下がお名前を名乗られたとき、たいへん驚きました。同時に、少しほっとしました。これで堂々と、婚約を申し込めるからです。ご返事はいただいておりませんが、もう結構です。殿下にはお決まりの方がいらっしゃると、私でもわかります。ラズ殿は手袋が小さくて、たいへん気の毒です。
二つ目です。
同封の図をご覧ください。
リュミエールの王宮の地下です。私は子どものころ、かくれんぼのときに迷いこんだことがあります。庭師の小屋の奥に階段があって、ずっと下りると、大きな扉がありました。たいへん寒い場所でした。扉の向こうで、誰かが泣いていました。とても大きな声でした。父の侍従が走ってきて、私を連れ戻し、あれは風の音だと申しました。私は十歳でした。それを信じました。
白い部屋で、魔獣の前に黒い瓶が並んでいるのを見たとき、思い出しました。瓶は、下から運ばれてくるそうです。
カミラ先生は、元を断つしかないとおっしゃいました。元は、おそらくそこです。
この図は、何度も上下を確かめました。北の印もつけました。庭師の小屋の場所は、塔から数えて三つ目です。たぶん合っています。合っていなかったら、すみません。その場合は、私の行かなかった道が正しいと思ってください。
三つ目です。
妹のことを、お願いできる立場ではありません。ただ、あの子に初めて鬼ごっこを教えたのは私です。あの子はいつも私をつかまえるのが一番早くて、つかまえると、うれしそうに笑って、ごめんねと言いました。あの笑顔を、私は好きでした。今も、同じ顔で笑っていると思います。だから、誰かが止めなければならないのだと思います。私には、できませんでした。
以上です。
ピピン殿に菓子の残りをお渡しください。左の内ポケットに、もう一枚あるはずです。もし右だったら、すみません。
どうか、お元気で。お薬はもう飲まないでください。
リュミエール王国第四王子 リシャール
追伸
殿下は、足もとの道をよく見ておいでですが、たまには上もご覧ください。迷子になるとよくわかるのですが、空は、どちらを向いても合っています。




