閑話・ラズ 「本当の命令」
《あの娘に、手伝わせているそうだな》
「ああ」
《お前は最低だ》
「知っている」
裏山の岩の裂け目で、俺は肉を置いた。ザラの足は治っている。もう俺が運ばなくても自分で獲れるのに、こいつは毎晩、肉の少なさに文句を言う。
懐から紙を出した。小さく折りたたんだ、薄い紙だ。昨日、市に来た行商人が、釣り銭と一緒に俺の手に握らせた。いつもの密使である。
一度読んだ。二度読んだ。文句は短い。
『学内に隠れた第七皇女アマリアを探し出し、殺せ。首は不要。死が確かであればよい。果たせば帰国を許す』
末尾に、王の印がある。
十一で国を出されて、十年になる。帰ってこいと言われたことは、これまで一度もなかった。
《なんと書いてある》
「帰れるそうだ」
《誰を殺せば》
俺は黙って紙を火にくべた。薄い紙は、指を焦がす前に灰になった。
帝国の第七皇女が死ねば、第二皇子エルネストは妹を失う。継承戦はもっと長引く。帝国が血を流すだけ、俺の国は息がつける。よくできた命令だ。
金貨百枚は、嘘だ。
地下の片腕を買い戻す話は、前々から本気で考えていた。カーヤの弟のことも本気だ。だから口からすらすら出た。嘘をつくときは、本当のことを半分入れるものだと、俺は十一のときに覚えた。
《嘘の半分は、本当か》
「そうだ」
《どっちの半分だ。あの娘の髪をなでているほうか》
「黙れ」
ザラは金色の目を細めて、骨を噛んだ。
ダフネは、頭がいい。
名簿を一度見ただけで、手紙の出し方まで覚えている。ボリスの手下が半年かけてできなかったことを、あの女なら、ひと月でやるだろう。だから頼んだ。理屈は通っている。
それに、あの女と一緒にいる口実になる。
これは、理屈に入れていない。
あの女は、第七皇女の性格が悪いと言って、ひどく真面目な顔で、低い背丈と、友達のいなさの話をした。よく笑った。俺の前で笑うようになった。吐いてから吸えと言うと、鼻に水を入れたまま言い返す。
もう少しだ。
もう少しで第七皇女を片づけて、俺は国へ帰る。王妃の首を取る。母のかたきを討つ。そのために、俺は十年間、この腕に紋を持っていた。
俺が国へ帰るとき、あの女は、どうなる。
《連れていくのか》
「ダフネをか」
《そうだ》
「連れていけるわけがない。王妃の城に、帝国の男爵の娘を連れていって、何になる」
《では、捨てるのか》
「お前は、今夜はよくしゃべるな」
《お前が今夜はよく黙るからだ》
ザラの声は、岩の奥で低く響いた。こいつが何かを隠している顔をしているのは、前からだ。あの女と裏山で会ってから、ずっとそうだ。聞いても言わないので、もう聞かない。
手のひらを開いた。
今朝、この手であの女の髪をなでた。細い髪だ。指に絡む。昨日、紙を読んだ手も、同じ手だ。
両方を同じ手でやるのは、難しいことではない。闘技場で覚えた。人を殺した手で鍋を洗える。
ただ、一つ気がついたことがある。
あの女の髪の匂いが、まだ指に残っている。
山を下りて、旧校舎へ戻った。炭と名簿が置いたままだった。二つの丸がついている。子爵の娘と、伯爵の孫。
明日はこの二人を見張る。
見つけたら殺す。女の顔をよく見て、確かめてから殺す。あの女には金貨の話をする。
俺は炭を取って、もう一つ印をつけた。
指の匂いをかがなかったふりをして、殺す相手の名簿を、一枚めくった。




