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禁足地の境界線  作者: 多田羅 和成
第1章 初めての仕事

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第4話 運命の出会い

 伝統文化保護署の一室は、世界から取り残されたように静かであった。


 面接官を務めた佐々木の笑顔は、完璧すぎて作り物にしか見えない。


 目に映る全てが沙代里の中にあった常識を壊していく。受け入れがたい状況に、佐々木から告げられた知らない言葉を口にする。


境界人きょうかいびと……?」


「はい、貴方が今日から働く仕事の名前です。禁足地きんそくちを整備する仕事となっております」


 佐々木は当然のように繰り返した。


 まるで境界人という仕事が誰もが知る職業であるかのように言われ、沙代里は混乱する頭で求人票の内容を思い出す。


 しかし森木の会話や求人票、佐々木の面接ですら一度も口にされた覚えがない。

 

 沙代里はふらつく足で立ち上がる。佐々木を睨む茶色の瞳は、口よりも雄弁に怒りを伝えていた。


「私が受けたのは、伝統文化保護署の契約社員です。佐々木さんがいう境界人ではありません。禁足地とか知りませんが、宗教に関わるものは嫌です。関わってろくな事にならないのですから」


 沙代里の言い分に対して佐々木は、駄々をこねる子どもを相手しているかのように首を横に振って、呆れた表情を見せる。


 まるで悪いのは自分のような振る舞い方に、沙代里の口はへの字に曲げた。


 本当に異世界に迷い込んでしまったのかもしれない。


 心の奥で沈んだ鉛のような不安が存在感を増していく。

 

「あんな好条件が誰でも受けられると思っているのですか?」


 甘い話には裏がある。身をもって学んできたはずなのに、今更になって牙を剥けられた感覚に陥った。


 このままだと自分はいい様に利用されてしまう。直感が訴える危機感から精一杯の強がりで、佐々木に刃向かおうとする。


「求人票には、そう書いていました!」


 眼鏡越しに見える佐々木の瞳は、逃げ場を与える気がない鋭さで沙代里を見つめる。沙代里は肩を震わせるも、睨みつけることをやめなかった。


「あの求人票を渡される人間には、()()なんて最初からいらないですから。……いや、ある意味で選ばれたとも言えますね」


「っ、条件ってなんですか! 初心者歓迎としか書かれていませんでしたよ!」


「涼宮沙代里さん。貴方が一番分かっているでしょう。宗教を避ける理由やあなたが抱える借金についても、こちらは全て把握済みですから」


「……はっ?」


 沙代里は頭をハンマーで殴られたような強い衝撃を感じる。


 何故知られたくない悩みを会ったばかりの佐々木が知っているのか。


 心臓を優しく握られている感覚に陥り、息をすることすらままならない。


 無言のまま動けなくなっている沙代里に、佐々木は言葉の弾丸を打ち込む。


「表じゃ働けない人。社会に馴染めない不適合者。借金を抱えた人。……死んでも困らない存在に、伝統文化保護署の契約社員についての求人が、渡されるのです」


 佐々木の言葉で、沙代里の中で森木の嬉しそうな顔が頭に過ぎる。


 信じたくない事実を拒絶するように、声を張り上げて言い返す。


「違う! 森木さんはそんな人じゃない! 私が知っている森木さんはずっと中学を卒業してから支えてくれました! お腹を空かせていた時に手作りのおにぎりを食べさせてくれたし、ここに来る前もお茶を奢ってくれて……。お母さんよりも優しくしてくれた人が、私を見捨てるはずがない!」


 沙代里の悲痛な叫びに、佐々木の目が一瞬だけ揺らいだように見えた。


 しかし一瞬で消え去り、感情のない機械のように淡々と現実を突きつける。


「森木さんは優秀な仲介者でして、貴方の話も度々聞いていましたよ。全て彼女が教えてくれました」


「そ、そんな……」


 沙代里の中で森木との楽しかった思い出が粉々に砕け散っていく。


 あまりのショックで足の感覚がない。自分がまともに立てているのかさえ、分からなくなる。


 森木に対して怒りを向けられるぐらい暴れられたら楽になれたのに、森木の優しさを知っているからこそ本気で嫌いになれない。

 

 沙代里の瞳から大粒の涙が零れそうになる。


 ――カツン。


 靴音と共に背後から現れた影が悲しむ沙代里の世界に干渉をする。

 

「もういいだろ佐々木さん。これ以上は流石に見過ごせない」


 初めて聞く凛と涼しげな若い男性の声。なのに沙代里はどこか懐かしさを感じていた。


 背後にいる男性に向け、佐々木は困ったような笑みを見せている。


 沙代里は場の流れが変わったことを、肌で感じていた。


「お待たせしてすみません八雲さん。聞き分けがないものでつい」


「それはアンタらが悪い。こっちの筋じゃない人を集めるから、無駄に行方不明者が増えるんだろ。それに俺は一人で出来ると言っているはずだが」


 佐々木と八雲の応酬を前に、沙代里はどうしていいか分からず体を縮こませる。


 先ほどの佐々木の説明と男の行方不明者発言も相まって、最悪な方向へと妄想が広がっていく。


 だんだんと顔が青ざめ、耐えきれなくなった沙代里は割り込むように声をあげる。


「例えお金がなくても犯罪とかしたくないです! 嫌ですー! オレンジジュース飲み放題のとか野望は捨てますからー!」


「いや、オレンジジュースは勝手に飲めよ……」


「オレンジジュースは滅多に買えない贅沢品ですよ! 佐々木さんから庇ってくれたのは有難いですが、誰でもオレンジジュースを買えると思わないでください!」


 沙代里は八雲の発言に腹を立てた。だがそれよりも先ほどのお礼をしなくてはと思い、後ろを振り返る。


 八雲の姿を見た瞬間、鮮やかに世界が生まれ変わった。


 艶があり濡鴉を連想させる夜の静けさを纏う黒髪。澄んだ青空の瞳は清らかな光を放っている。


 生きている人間とは思えないほど整った容姿に、思わず息を呑む。

 

 口を開けたまま動かない沙代里に、佐々木はにこやかに更なる衝撃を与える。


「今日から何も知らない涼宮さんに境界人として教育をする先輩であり、パートナーの九条八雲くじょうやくもさんです」


「えっ、えぇぇぇぇぇぇっ!」


 沙代里の絶叫に耳を塞いで眉間に皺を寄せる八雲の姿も、佐々木の言葉も何もかもが現実離れをしていた。


 ――八雲との出会いが負け犬人生を狂わせる歯車だということを、沙代里はまだ知らない。

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オレンジジュース(´;ω;`)ウッ…
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