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禁足地の境界線  作者: 多田羅 和成
第1章 初めての仕事

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第5話 境界人

 佐々木から仕事の八雲とパートナーになると告げられ、沙代里は恐る恐る八雲を横目に見る。


 八雲は佐々木へ対し、人を殺せそうなほどな眼力で睨みつけていた。


 普通に生きている人間では出せない迫力に、沙代里の中でますます犯罪が関わる仕事なのではと疑いが深まる。


 八雲は怯える沙代里を指さす。


「佐々木さん。俺にパートナーは必要ない。百歩譲ってどうしてもつけなければいけないと言うならば、コイツ以外にしてくれ。たかだか部屋に貼っている札でビビるような臆病者に、境界人(きょうかいびと)が務められる訳ないだろ。さっさと辞めさせてくれ」


 八雲の態度と言葉に、沙代里の消えかかっていた反骨精神が燃え上がる。


 引き腰を真っすぐに伸ばし、姿勢を正す。怒りからか沙代里自身が、思った以上に声が響く。


「佐々木さんも九条さんも当たり前みたいに、境界人やら禁足地(きんそくち)と言われていますが、全く分かりません! 仕事の内容を素人にも分かるように説明するのが上司の役割だと思います。後九条さんは私より立場は偉いのかもしれないですけど、指さすのやめてください!」


 八雲から向けられる氷のような眼差しを縮こまりそうになるが、沙代里は目を逸らさない。


 臆病者のレッテルを張られたまま辞めるなど、ちっぽけとはいえプライドが傷つく。


 佐々木はそんな沙代里に対して、嬉しそうな笑みを向ける。


「あぁ、すみません。これは私の説明不足でしたね。確かに一般の方は普段の生活で境界人や禁足地を耳にすることはないでしょうから。ちなみに犯罪関連ではないので、安心してください」


「本当ですよ。境界人をするかは私が決めますが、ちゃんと説明してくれると嬉しいです」

 

 普段の仕事では自分を出さないよう意識していたが、佐々木は隠しても見抜かれると分かった。


 それに八雲が上司の佐々木に遠慮なく意見を言える職場環境を見ると、案外悪くないかもしれないと思い始める。


 今までにない仕事の雰囲気に、沙代里は新鮮な気持ちでいっぱいだった。


 佐々木はタブレットを出し、沙代里に可愛らしい猿のイラストが特徴な画面を見せる。


「サルでも分かる禁足地と境界人について……? って明らかに馬鹿にしているじゃないですか!」

 

 明かすぎる言葉に思わず佐々木の顔面を殴りたくなるが、始まった動画に集中した。


 内容は中卒の自分でも理解がしやすく親切さを感じ、ますます嫌なタイトルに腹が立って仕方がない。


 可愛らしいエンディング曲が流れた後、沙代里は佐々木を見る。


「つまり禁足地は法では定められていないけど、神話や心霊、呪術的な理由で人が立ち入ることを禁止している土地。しかし禁足地は整備しないと、現状よりも悪化して原因になってしまう。だからその整備をする人が必要。その整備を任されているのが境界人。禁足地と人が住む環境に境界を引くこと主にしていて、霊や呪いを無くすことが目的ではない。あくまで現状維持を目的とした秘密の仕事。……って認識で合っていますか?」


 佐々木は沙代里に優しげな眼差しを向けていた。沙代里は初めて見る佐々木の表情に目を丸くして、驚きを隠さない。


「そうです。涼宮さんは賢いですね。境界人を表に出さない理由としては、悪意を持つ方々もいまして……。安全面を配慮してのことです」


「へへっ、ありがとうございます。……んっ? 待ってください。霊や呪い以外にも人間的な脅威もあるみたいな言い方なんですけど。最初に死んでも問題ない人を採用するっていっていたし」


 褒められた喜びも束の間、最悪な未来が浮かび上がる。


 そんなわけないと否定が欲しくて、佐々木に見上げる。

 

 沙代里の淡い期待ごと潰すように、佐々木ははっきりと告げる。


「はい、境界人は心霊現象などの要因以外でも人の手によって消されることもあります。なので福祉サービスも充実させ、給料も弾んでいます。ちなみに死んだ場合、支払いはありません」


「ただでさえ危険な場所行く仕事な上に人による被害があるんですか! 嫌です! 死んじゃったらオレンジジュースを飲むことも、コロッケも食べられなくなってしまいます! 佐々木さんの鬼! 悪魔!」


 求人票に書かれていた福祉サービスの豊富さと高額な給料の秘密を知り、顔から血の気が引いていく。


 慌てる沙代里を宥める佐々木は笑みを崩していない。


 自分のような人を丸め込んできた余裕からだと、気が付くと警戒心が増していく。


「落ち着いてください。流石の我々も極力死なせない努力をしています。新しい方を探すのも苦労しますから」


「どこに安全要素があるんですか! 親が宗教ハマっているとはいえ、私自体は知識ないので全くのド素人ですよ。禁足地で生き残れる自信なんてありませんね!」


「確かに涼宮さんだけでは無駄死するだけでしょう。だからこその八雲さんなんですよ」


 沙代里は名前に反応して、八雲の様子を見る。


 紹介された八雲自身は眠たそうに欠伸をしており、退屈そうにしていた。


 先ほどの覇気は消え去っており、思ったよりも細身だったことに気が付く。

 

「九条さんの何が凄いのですか? 顔はいいですけど体は男性にしては細身だし、態度悪いし、安心感全くないんですけど」


「フフッ……」


 沙代里の八雲に対する不信感全開の表情に、佐々木は肩を震わせて笑う。


 八雲は心外だとばかりに眉間の皺が濃くなっていく。


「おいっ! 境界人でいえば十年しているし、何も知らないアンタよりは役に立つが」


「えっ、十年もしているんですか! どういう事です?」


 様々な命の危機に見舞われる境界人で十年もしていると明かされ、沙代里は驚きで口が塞がらない。


 再度八雲を頭のてっぺんから足先まで見るも強さを感じられず、疑問が増えていく。


 笑い終えた佐々木が咳払いをし、場の空気を変えた。


「八雲さんは代々霊媒師の家系の生まれで、日本有数の霊媒師として名を馳せております。心霊スポットなどでは人為的危機もありますから、体術も上手な方も多いのですよ」

 

「なるほど。元々家系なんですね。……なら素人の私じゃない方がいいんじゃないですか? 有名で強い人と組みたい人なんて幾らでもいますよね」


 その言葉に佐々木は胸ポケットからハンカチを取り出し、わざとらしく泣く演技を見せる。


「……実は八雲さん。あまりにも霊力が強すぎるので、使いすぎると倒れてしまうのです。彼も二十八歳。そろそろ弟子の一人や二人作って頂かないと、伝統文化保護署としても困ります。なのに一人で出来ると一点張りで、彼の為によかれと思って選んだパートナーを泣かせては、勝手に解消する困ったちゃんなんです。なので八雲さんとパートナーになりたがる人の方がいないという」


「九条さん流石に禁足地で倒れたら死にますよ? 私じゃなくても誰かと一緒に仕事した方が安全ですよ」


 心配する沙代里の言葉に対して、八雲は鼻で笑い飛ばす。


「今まで禁足地で倒れたことはない。それに今までのなったパートナーはちょっと言われただけで、へこたれていたし。あれぐらいで嫌になるなら仕事辞めればいいんだよ」


 八雲の傲慢な考えにこれまでのパートナーや佐々木が振り回されてきた光景が、沙代里の脳裏に浮かび上がる。


 一時間も関わっていない自分ですら分かる現状に、ため息を吐く。


「でも、佐々木さん。過去のビジネスパートナーは少なくとも幽霊が見えたりしていたんですよね。私、一度も幽霊見たことありませんよ。今までの人以上に九条さんの足手纏いなる自信だけはあります」


 沙代里の申し出に、佐々木の眼鏡レンズがキラリと光った。


「それも知っていますとも。本来ならば何も知らない涼宮さんを八雲さんが行くような禁足地へ派遣するような真似はしません。貴方がパートナーとして選ばれた理由は、日本一の霊媒師で八雲さんの母である九条百合子くじょうゆりこ様からの指定です」


「えっ?」


「はっ? 母さんからは何も聞いてないぞ」


 家族である八雲も知らされていなかったようで、青い目が揺らいでいる。


 沙代里は疎遠になった親族達の名前を思い出していくが、聞き覚えがなかった。


 ふと八雲の声を聞いた時に、懐かしさを感じたことを思い出す。


 しかし一度見れば忘れられないほどの容姿を持つ八雲を忘れるとは考えられない。


 思い出そうとすればするほど、霧かかったように記憶が遠ざかっていくので、思い出すことをやめる。


 何よりも胸のときめきの方が気になっていた。


 実の親すら見られることのなかった人生。人から必要と言われた喜びで心が満ちていく。


 ただ利用をする為に告げられたのかもしれない。

 

 それでもこの世界で生きることを許されたように思え、お金よりも惹かれてしまう。


「私、境界人したいです」


 自分の意思で選ぶ。沙代里は人間として、当たり前の権利を忘れていたことに気が付く。


 沙代里が負け犬から人間へと生まれ変わった日、自分が敷いていた境界線を一つ越えた。

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