↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
禁足地の境界線  作者: 多田羅 和成
第1章 初めての仕事

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/7

第2話 負け犬の朝

 涼宮沙代里(すずみやさより)二十一歳の人生を例えるならば、負け犬の三文字が相応しい。


 親は新興宗教にのめり込み、払いきれない借金を作った。


 周りから腫物扱いを受けるほどに、親は宗教に縋る。


『頭いかれた家族』


 周囲が自分に貼ったレッテルは、二度と剥がれない。沙代里自身が一番分かっていた。


 しかしある男と出会うことにより、運命が大きく変わる。


 ――すでにバカみたいな夢物語が始まっていることを、この時知るもしなかった。


 ******


 朝のコンビニは戦場だ。


 小さなミスで怒鳴られる。沙代里は、それが嫌で神経を限界まで尖らせていた。


 疲れを見せないように無理やり笑みを浮かべ、マニュアル通りの対応をこなす。


「ありがとうございました! またお越しください!」


 皺ひとつないスーツを纏うサラリーマンは沙代里に視線すら向けず、スマホ越しの相手で忙しそうに去っていく。


 ため息を吐きたいのを堪え、レジからでも見える時計を見た。


 時計の針は八時五十五分を知らせてる。たった五分。早く帰りたい気持ちを押し殺し、レジの一部として働き続けた。


「涼宮ちゃん。ちょっと来て」


 退勤の時間になり、解放されると喜ぶも束の間。小太りの店長がバックヤードから手招きしている。


「えっ、あっ、はい」


 沙代里は急なシフトのお願いかと思いながら、バックヤードへ入っていく。


 しかし店長はシフトを打ち込むパソコンを弄っていない。それどころか黄ばんだ瞳の奥は冷え切っていた。


「涼宮ちゃんには悪いんだけどさ、明日から来なくていいよ」


 いきなりのクビ宣言に沙代里の丸い目は、ますます丸くなる。


「……へっ? な、なんでですか? 今まで遅刻もしたことないですし、クビになる理由が浮かばないといいますか……」


 理由が浮かばない沙代里に、店長はわざとらしくため息を吐く。


「親御さんの宗教勧誘の件で、店への苦情が続いているんだよね。……下手な噂立てられたくないっていうか。正直言えば、迷惑なんだよね。君も大人なんだから、分かるでしょ」


 店長は口臭エチケットとして噛んでいるガムを、クチャクチャと音を鳴らす。それでも長年吸い続け染みついたタバコの臭いが、沙代里の鼻をダメにする。


 ティッシュに包まれたガムのように、あっさりと捨てられた。


 震えるほど拳を握り締める。思いっきり殴りつけたい衝動を抑えるため、数秒口を閉ざす。


 そして口元が引きつっていると分かる慣れた笑みを浮かべた。


「分かりました! 今までありがとうございます。制服はどうしましょうか!」


「あぁ、洗濯しなくていいから今すぐ返して。その方がお互い楽でしょ?」


 文句の一つも言わず、制服を綺麗に畳んでデスクに置く。


 店長は沙代里の存在すら忘れたように、何も言わない。


 沙代里は唇を強く噛み締め、最後に深くお辞儀をする。


「本当にありがとうございました」


 せめてもの抵抗に、ゆっくりとした足取りで裏口まで歩く。それでも店を出るまで反応はなかった。


 ――ガチャン。


 わざとらしく鍵をかける音が、二度と来るなという無言の圧に感じる。


 沙代里は背中から刺される拒絶に耐えられず、衝動のまま駆け足で去っていった。


 ******


「あーっ! もう! こっちが下手に出るしかないこと分かっているくせに、理不尽ばかり押し付けてきてさー! 挙げ句の果てには使い捨てとか最低だ! そこら辺にあるコンビニなのに!」


 沙代里は子どものように近所迷惑を考えずに、喚き散らかす。そうでもしないと正気を保てる自信がなかった。


 しかし夜勤明けで疲れた体では、怒りを持続させる元気はない。


 だんだんとエンジンが切れたように、歩くスピードが遅くなっていく。


 ついに足を止めた時、ポロリと隠していた弱音が漏れ出す。


「……私だって好きでこんな人生歩んでない。親を選べるならあんなの選んでいない。こんな借金まみれになっていないし。私にだって夢が沢山あったもん」


 視界の端で宗教団体のポスターが『救われたい者は世界の境界線を越えよ』と誘惑をする。


 その瞬間、両親が一心不乱に祈る姿が頭によぎった。視界がグラつくと立つこともできず、その場にしゃがみ込む。


「ゲホゴホッ! オゲッ……」


 喉元まで登ってきた胃液を抑えることが出来ず、地面にぶちまけた。


 言葉で喚き散らした時のように吐けばいいだけだが、上手くできず鼻の中に胃液が流れる。


 吸う空気が苦く酸っぱい。


 嫌になるほどの晴天なのに、沙代里の足元だけ涙の雨が降っていた。


 ******


 暫く汚れた地面を見つめていたが、自分の頬を強めに叩く。


「仕方がないっ! またハローワークに頼るしかないよね!」


 気合いをいれるように声を張り上げ、勢いよく立ち上がった。


 茶色の瞳はまだ死んではおらず、危ういまでの光を宿している。


 ハローワークへ真っすぐ歩む背中は、少し力を加えただけ倒れそうなほど頼りない。


 この道の先に待ち受ける運命は、地獄よりも深く温かな奈落だということに、沙代里すら気づいていなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。