(55)新たなる展開!桜の思い!
その後も、濃厚な和牛フィレ肉のロッシーニ風、彩り豊かなサラダ、宝石のようなデセール(デザート)と続いて、最後に季節のフルーツが出てきて、拓夢にとって初めてのフルコースは幕を終えた。ギャルソンはデザートを取り下げるついでに、食後の飲み物のオーダーを取りに来た。
「お食事、お楽しみいただけましたでしょうか。最後に、お食後のお飲み物はいかがいたしましょう?」
銀のトレイを片手に、ギャルソンが低い声で尋ねてくる。
桜は拓夢に向かって、
「ねえねえ、拓夢くんは何が飲みたい~?」
「ふわぁ……えーと……はい」
拓夢はあくびを噛み殺しながら曖昧な返事をする。どうも先ほどから睡魔が襲ってきて大変なのだ。まあ、遊園地でお嬢様とデートした上、最高級フルコースを堪能したのだから、血糖値が急激に上がって眠くもなろうが。
「うーんと……その……」
目がぼやけて、メニューの文字がブレて見える。桜はそんな拓夢の様子を静かに見ていたが、やがて口を開くと、
「じゃあ、わたしと同じものでいいかな? ハーブティーを2つ頂ける?」
「かしこまりました、お嬢様」
ギャルソンは静かに桜の背後に回り込むと、
「……お嬢様。本当によろしいのですか?」
ダンディな口ひげがわずかに揺れる。睡魔と戦う拓夢には、本当に彼がそう喋っていたのかすらも定かではないが。先ほどまで鉄仮面のように無表情だったその顔に、かすかな悲しみが浮かんでるような気がした。
「……畏まりました。すべては仰せのままに」
ギャルソンは衣擦れの音さえもさせず頷く。その所作からは、先ほどまであった悲しみや不安はもう消えていた。
「失礼いたします」
深々と一礼してギャルソンが去っていく。
しばらくして運ばれてきたのは、薄緑色の液体だった。カップから湯気と共に立ち込めるのは、積み立てのミントのような、爽やかな香りだった。
「……むにゃむにゃ、これは?」
「ペパーミントとローズマリーのブレンドハーブティー。強いメンソールの香りがするミントと、ローズマリーが眠気をスッキリさせてくれるはずだよ」
一口すする。やはりおかしい。草のような味の中に、金属のような苦みが広がり、舌がピリピリと痺れる。
「あれ、なん、だ、これ……。あじ、が、変、だ……」
視界がぐにゃりと歪む。最高級ホテルで出される味ではない。桜の様子も、何だか変だ。そんな考えすらも、泥舟のように思考の海に沈んでいく。
「あれ~、おっかしいな~。最高級の茶葉しか使ってないはずなのに~~~~ッ」
桜は自らのカップをソーサーに置くと、動けなくなった拓夢に近づき、耳元に怪しく囁く。
「安心して、拓夢くん。ゆっくり眠っていいよ。あとのことは、全部わたしに任せて?」
「さ、く、ら……さ……」
遠のく意識の中で、さっきのギャルソンが戻ってきて、何やら桜に耳打ちするのが見えた。
「うん……それでいいわ。例の部屋に運んでちょうだい?」
「な、なにを……」
ろれつの回らない舌で、必死に尋ねる。桜は拓夢の顔を優しく持ち上げると、その唇に優しくキスをした。
「わたしね、とってもいいことを思いついたの。拓夢くんが他の女子に取られるくらいなら、わたしのものにしちゃえ――ってね」
その声は、慈しむような愛情に満ちていた。それなのに、ゾッとするほど歪んだ狂気を感じる。
「あ…………」
唇を離される。しかし、拓夢の目の焦点は合っていない。有名絵画の絵はグニャリと歪み、ピアノの演奏は訳の分からない耳障りな雑音として聞こえる。
(なんだっけ、この調べ……。ショパンの、『葬送行進曲』だっけ……)
そんなことを考えていると、かすかに寂しそうに見える桜が、小さく口を動かした。
「……ごめんね、拓夢くん。大好きだよ」
そこまで聞いたところで、拓夢の意識は完全にブラックアウトした。




