(53)譲り合いと謙遜
その後。桜と拓夢はパークにある休憩用のベンチにいた。といっても、拓夢は眠ったままだが。
女性アレルギーを持つ拓夢に触れたばかりか、キスまでしたのだ。そう簡単に起きそうもない。
「……どうしよう。わたしのせいで拓夢くん、起きなくなっちゃったら……」
涙を落としても、拓夢は起きてくれない。線が細く、一見すると気弱そうに見える顔。でもいざとなると前向きに困難に立ち向かってくれたりと、意外と頼りになることに気づいて。
他にも、彼は色んな表情を見せてくれる。笑ったり、驚いたり、悲しんだり。
ふと気づくとそんなことばかり思い出すから、桜は自分がどれだけ拓夢が好きなのかを、改めて思い知った。拓夢は桜がどんなにハチャメチャなことをしても不機嫌になったりはしない。もちろん驚いたりはするが、いつもちゃんと受け入れてくれる。
そんな拓夢が死ぬ。ビックリするほど現実味がなくて、涙が零れそうになる。
「そんなの……やだよぉ」
拓夢が聖ジュリアンヌ学園に転校してから、最初に「お友だちになろう」と手を差し伸べたのは、桜だった。
拓夢と初めて出会った時のことを思い出す。年の近い異性とこんなに打ち解けて話したのは、ひょっとしたら初めてのことかもしれない。
その後も。「庶民同好会」に拓夢を含む4天使みんなで入部した。拓夢を取り合うライバル同士でもあるけど……。それでもみんな自分に近しいお友達なのだ。
「桜さん……」
回想に浸っていた時、彼はゆっくりと口を開いた。
「拓夢くん、起きたのッッ!?」
桜が声をかけると、拓夢は返事代わりにベンチから上半身を起こして座り直した。
「大丈夫? 苦しいところとかない?」
遠慮がちに尋ねると、拓夢は「安心してください」と言わんばかりに、優しく首を振った。
「……ごめんね。拓夢くんの女性アレルギーを知っていながら……。わたしのせいだよね」
「違います。桜さんのせいじゃありませんよ」
拓夢は桜の言葉をキッパリ否定した。
「聖ジュリアンヌ女学院に転入してから、桜さんには沢山お世話になってきました。イメチェンをさせてくれたり、歓迎パーティを開いてくれたり……。僕の方こそ、桜さんにずっと甘えっぱなしでしたよ」
「でもわたし、拓夢くんのことを独占したいばっかりに、いろんな迷惑……かけてる」
いつも快活な桜の表情が、寂しそうに憂いている。
「あ~あ~。わたし、何でこんなに拓夢くんのことが好きなんだろう。最初はちょっと、庶民の男の子に興味があっただけだったのに」
そうなのだ。ちょうどその頃から、拓夢のテンプテーションスメルの効力も高まりだしていた。特に桜は、転校したての拓夢とは、ほぼ毎日一緒にいる。効き目も格段に高いに違いない。
「本当にゴメンね。わたしなんかが、拓夢くんを好きになって」
「違いますよ、僕が悪いんです」
「ん―……でもやっぱり私が……」
お互いに「自分のせいだ」と自責する拓夢と桜。ようは、自分がもう少ししっかりしていたら――。こんなに頼りなくなかったなら――? 相手のことを傷つけずに済んだかもしれない。二人はそう、お互いに考えているのだ。
「真莉亜ちゃんと乗馬対決した時も、拓夢くんに迷惑かけたのになぁ……わたし懲りてない」
震える声で、桜は呟いた。拓夢はいつだって「気にしないでください 」と言ってくれる。だから心配する必要はないと。その言葉に甘えすぎていたのかもしれない。今さら遅すぎるかもしれないけど。
「う――――、ああ、もうッッ!! 湿っぽい話は、これでヤメ!!!! 」
ガバアッ、と勢いよく桜がベンチから立ち上がる。
「拓夢くん、ご飯食べに行かない!? わたし、もうお腹ペコペコ!」
「桜さん……はい、そうですね」
さっきまで泣きそうな顔をしていたのに、パッと明るい表情で場を和ませてくれる。これが、桜の良さなのだ。
「ここの遊園地に併設されたホテルがあるんだけど、そこの最上階で、夜景を見ながらディナーなんてどうかな~?」
「最上階……ですか。それは予約がいるんじゃないですか? それに僕、持ち合わせがちょっと……」
「だいじょーぶ。お金のことなら心配しないでッ! 迷惑かけたお詫びに、わたしが出すから! それにわたしは、ホテルの総支配人とは顔見知りなのッッ!!」
「は、はぁ……。じゃあ、お願いします……」
迷惑どころか、楽しい思いを沢山させてもらっている。それなのに、男性である自分が女子に奢ってもらるのはどうなのか。
自分はやはり、男としては半人前なのか……。拓夢は少し肩を落とす。
「そう、ここで、全部決着をつけなきゃ……」
ボソリと呟く桜の呟きにも同様に、深い悲壮感が滲んでいた。




