(52)武装するノエル。何か勘違いしてない?
一方その頃、「ブロッサム・チェリー・アイランド」から高度3千フィートほど離れた上空では、ベル・ヘリコプターの重厚なエンジン音が轟いていた。
真莉愛がチャーターした、要人を輸送する用の豪華なヘリだ。操縦士の他に数人が楽に乗れるスペースがある。広々とした空間には豪華なラウンジも備わっていて、それでいて騒音も振動も少ないので、車内は快適そのもの。ゆったりとしたキャビンにはフカフカの座席が配置され、座り心地も最高。混雑も渋滞もない空から、ゆっくりと拓夢たちを見つけ出そうという作戦だった。
「どうやら、桜さんにしてやられたみたいですわね」
真莉亜の言葉に、一同は慌ててモニターに目を通す。今映っているのは、観覧車の中で桜が拓夢にキスをするシーンだ。つまり、バッチリ盗撮していたのだった。
このヘリには、「バイオレーダー・システム」が搭載されているのだ。上空数100メートルを旋回しながらも、目標の人物を容易に探し出すことが出来る、最新のレーダー技術だ。特殊な信号を照射し、指紋、声紋、身長、体重を自動的に予測・識別して発見する技術である。既に公的機関では遭難者の捜索などに使われている。
そうして発見することが出来た二人なのだが、何やら良い雰囲気すぎる。デートの邪魔をして二人の仲を裂こうと目論んでいた一同なのだが……早くも暗雲が立ち込めていた。
「お、お、お、お兄ちゃんが、桜さんと…………」
――き、き、き、と……まるでコオロギのように甲高い声を発する聖薇。
中学生にはまだ口にするのも恥ずかしい単語だ。顔も真っ赤になっている。
その隣で、
「ううう~、うらやましいです~! 拓夢先輩のバカー!」
と、くるみがハッキリと不満の声を口にした。
本人がこの場にいたら思い切り文句を言えるところだが、実際には何も言えないだろう。
拓夢からではなく桜の方から、それも不意打ち気味でのキスだったのだ。しかも、そのキスのせいで女性アレルギーが発症し、拓夢は倒れている。あまりバカバカ言っても可哀想だ。
「……だいたい、お兄ちゃんの周り、女の子多すぎ。しかも何でこんな美人ばっかりなのよ……」
聖薇は頭を抱える。いくら女子高に男子が一人と言っても、ここまでモテるのはおかしいと思ったのだ。超美人の真莉亜、優しい桜、明るく元気なくるみ、冷静で頭のいい百合江、超絶有能なノエルと……。しかも全員拓夢に好意を抱いているというのは、どういうことなのか。
「それについては、くるみも同感です……。ただでさえくるみは影が薄いというのに……」
はあ、とため息をつく、くるみ。元々、自分以外の女子がみんな素敵に思えるというコンプレックスを抱えていたのだ。
さらには桜という強力なライバルの台頭には、思わず眩暈がしてしまう。
「……お兄ちゃん、桜さんのこと……どう思ってるんだろ」
聖薇の知る拓夢はとにかく鈍感で、女性アレルギーもある為、女性を好きになることはまずない。しかし、あんな場所であんな風にキスをされたら……。
――いいなぁ、桜さん。私だってお兄ちゃんと……。
と、妄想を働かせては、憂鬱な気分になる。
「……はぁ」
「何を溜息なんかついているんですか。キスくらいで」
振り返ると話しかけてきたのは、聖薇が苦手にしている人だった。
「百合江さん……」
凛々しく引き締まった百合江の顔を見て、聖薇はたじろぐ。百合江は冷静沈着で、頭がいい。そしてとても論理的な思考をしているので、こういった人間は、感覚派の聖薇にとっては非常に苦手な人物だった。
「あら。そんなに怖がることはないわよ?聖薇さん?」
「べ、別に、怖がってるわけじゃ……」
怖がってる、と決めつけられ、聖薇は少し強がって見せた。例え相手が高校三年で成績優秀だろうと、生徒会長だろうと、別に怯える必要はない。
それ自分だって、非公式とはいえ庶民同好会の一員なのだ。同じ部員として、対等な立場として、毅然とした態度で臨む必要がある。
百合江は、そんな聖薇の内心を見透かしたように、クスリと笑った。
「でも、残念ね。せっかく休日を利用して来てみたのに。あの人ったらこんなことになって」
「全くです。お兄ちゃんったら。ちょっと目を離すとすぐ浮気するんだからっ」
「ふふっ。私は『城岡さんが』とは一言も言っていませんよ?」
「あ……」
聖薇は自らの発言に気づく。その様子をクスクス笑って眺める百合江に、思わず顔を赤らめ、
「も、もうっ。百合江さん、からかわないでくださよ」
「からかってなんかいないわ。聖薇さんは郊外部員となったとはいえ、庶民同好会の活動にはあまり参加できず、お兄さんともそんなに会えていなかったでしょう? 寂しいなら寂しいと、素直にそう言ったらいいのよ」
……やはり、この人は苦手だ。顔をしかめる聖薇に、百合江はもう一度笑いかける。
「でも大丈夫よ。拓夢さんは確かに優柔不断なところはあるけど、みんなと隠れてコソコソ逢引きをするような人じゃない。それは私にも分かるわ。だから、安心して」
「そ、そうですか。私は別に、どっちでもいいんですけど……」
「ふふっ。まあ、そういうことにしておきましょうか」
……よく分からないが、百合江なりに励まそうとしてくれたらしい。聖薇は膨らませた頬を戻すことにした。
そういえば、先ほどから妙にノエルが大人しい。
普段から無口で、存在感を消しているノエルではあるけど……なんてことを考えていると、大音量の声が聞こえた。
「あ―――――っ! ノエルさん! なんですかその格好――――っ!?」
「うるさいですよ、姫乃咲様。操縦士の運転に支障が生じるでしょう?」
「え……?」
叫ぶくるみを注意するノエルを見る聖薇。くるみが叫ぶのも頷ける。ノエルは何と、迷彩服を着ていてたのだ。
迷彩服にタクティカルベストを着こみ、更にその上からホルスターを重ね、腰元のベルトにはマガジンポーチを下げている。硬質なフィンガーレス・グローブをはめた手でハンドガンに薬莢を詰めている姿は、もはやメイドではなく、SASかデルタフォースだ。
「の、ノエルさんは勘違いしてますぅ! くるみたち、別に戦争しに行くわけじゃないんですよ!? そ、それに、そんな銃を持ってたら銃刀法違反じゃないんですかっ!?」
「落ち着いてください、姫乃咲様。これはあくまで、万が一に備えての装備となります。出来れば使わずに済みたいものですがね」
「は、はは……。庶民同好会って、楽しいところだなぁ」
くるみとノエルのやり取りを見ながら、聖薇は苦笑していた。しかし、少しだけホッとしてもいる。確かに、庶民同好会の人たちはいい人達ばかりだと。これなら、桜もこれ以上抜け駆けしたりしないだろう、安堵していた。
拓夢と桜の動きに進展があったのは、そこから数分後のことである。




