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Belief of Soul〜繋ぐ者達〜  作者: 彗暉
第1章
74/75

Episode-74

 北にゆくにつれてなだらかな丘になるアルゲンレーテの森。その西寄りにある盗賊団の砦から北に半日ほど進んだところにリークとジェミーはいた。

 柔らかな若葉をその枝に息づかせ始めたブナの木が続く森の中、雪解けで現れた細い川に一つの剥き出しの岩がある。二人の風上にあるその岩の根元にできている窪みの陰を、リークとジェミーは目を離すことなく、油断なく監視していた。

 あの窪みに隠れている最後の盗賊は足が速かった。随分と長い時間逃走劇を繰り広げたあの盗賊は、流石に疲れたのか小川のところにある岩の下に隠れたのだ。

 岩の下に入るための隙間は狭く、ジェミーよりも小柄な俺でも窮屈だ。その隙間を小柄で足の速い盗賊の最後の生き残りは難なく滑り込み、かれこれ数時間も身を隠している。

 ジェミーが砥石を剣に滑らせる。硬質な金属の細かい砂を落としたような音が等間隔に響く。リークは大きく息を吸い、吐いた。流石にこの寒さで体を動かさないのは体にこたえる。こんなことを言ったらジェミーは鼻で笑うんだろな。


「なぁジェミー、あの小柄でひ弱そうな盗賊が人殺しには見えないんだよ。あんなやつくらい放っておけばいいんじゃないか? 仕方なく盗賊になったって類だよ、あいつは」


「あいつは――」ジェミーは砥石を滑らせていた手を一瞬止めた。だが、すぐにまた手を動かし始めた。「――小さな村で幼女を攫い、食った男だ。それで死刑になるところを逃げ果せ、盗賊団に入った。盗賊団の前の状態なら人喰いなんぞ入るどころか殺されてたが、バードンは自分の勢力を拡大させようと、自分の支持者になるという条件をつけてあの人喰いを招き入れた」ジェミーは手を止めて、目だけを上に動かしてリークを見た。まるで睨みつけているようだ。「それでも逃すか?」


 リークは腕を組んでしかめっ面で岩を見た。


「それが本当か信じるすべは俺にはないんだろ。あんたが言うことを信じるしかないんだ」


「不満か?」


 リークはジェミーを睨みつけるように見据えた。


「いいなりになるのはごめんだな。それに、悪を潰すために回避できるかもしれない犠牲を回避しないで、それが当たり前だって考えが嫌なんだ」


「お前は視野が狭い」


「違うね。あんたが見て見ぬ振りをしてるだけだ」


 ジェミーは砥石をしまい、剣帯に下げた鞘に剣をおさめた。


「何を?」ジェミーは剣帯に親指を挟み、正面からリークを見据える。


「その犠牲だよ! その犠牲こそが救うべき人なんじゃないのか? その犠牲になる人たちだって必死に生きてるんだぞ。盗賊団に潜入するために無実の人を殺すなんてのは違うはずだ! そんなやり方でやるなら、そんなの俺たちこそが……」


「悪か? 〝闇に生きる小さな輝き、希望を灯し闇を切り裂かん〟闇に生きるのなら、悪にならねばならぬときもある。近隣の村の人の少なくない数が、バードンの盗賊団の餌食になったのは事実だ。だが、その犠牲によって生み出された怒りや憎しみが盗賊団壊滅という結果を生んだ。より多くの人間に生きる希望を灯す。盗賊団にさらわれてきたあの奴隷たちも村に戻り、家族は幸の一部を取り戻す。もしその犠牲がなければ、我々黒銀が今日この日に盗賊団の壊滅を達成することはなかった」


「それはわからないだろう? 黒銀の熊派と狼派が手を組んでやればよかっただろう!」


 リークは半ばむきになったかのように声を荒げた。ジェミーは相変わらずムカつくほどの冷静さを保っている。


「〝闇に生きる小さな輝き、希望を灯し闇を切り裂かん〟これを信条とし生きる我々だが、それを行う流儀はそれぞれだ。だからこそ、我々は数千年の間、巧みに変化し世間から姿を隠し存在し続けている。流儀を生み出しそれをやり通す信念は時に受け継がれ、廃れる。そうやって黒銀は姿を変えながら受け継がれてきた」


「だったらその流儀とやらを変えろよ。罪のない村人が犠牲にならないような、そんな流儀――」


「話は終わりだ。奴が出てきた」


 ジェミーは風を嗅ぐ仕草をすると、岩の方を顎でさす。

 風上の岩の陰から、細身でひ弱な男が鼠のように顔を出し外の様子を窺っている。二人は森の中に少し入ったところに身を潜め、その様子を静かに見守る。盗賊の手は泥まみれだった。どうせ逃げ道がないことに気づいて地面でも掘っていたのだろう。さすがに掘りきれないと悟ってようやく顔を出してきたのだ。弓があれば楽なのにな。そう思いながら、リークは剣を握りなおした。


「行くぞ」


 ジェミーの静かで低い声と同時に、盗賊が岩から這い出て辺りに目を走らせながら森の方へやってくる。リーク達が潜んでいる森の方だ。

 リークはあの貧弱な男がどうしても殺人鬼には見えなかった。目は怯え切っているし、どこか優しさすら見えてきそうだ。ジェミーが言っていた幼女を攫い食ったというのが嘘だったら? そもそも証拠も何もない。リークは身を屈めて走る足が重くなった。言われるがままに殺すなんて、考えられない。


「追いついたら一気にやれ。もうこれ以上子供の遊びはしたくない」


 盗賊は十歩ほど歩いた先にいる。地面には音を立てるようなものはない。それでも抜かりはない。リークは素早く盗賊の背後に回り、盗賊の首を掴むと膝を蹴り地面に膝まづかせ、そのまま引き倒した。剣の先が盗賊の柔らかい喉元に突きつけられる。後少し力を加えればこの剣先は喉の中に滑り込むようにして入ってゆく。盗賊の荒い呼吸に合わせて、今にも剣の先が喉の奥へ入っていきそうだ。


「あんたらなんの恨みがあるんだ? えぇ! 俺がなにしたよ? あんたら俺がなにしたよぉ!」


 リークは仕方なく刃を喉にそわせる。あぶないあぶない、こいつは今にも自分から喉を切ってしまいそうだ。


「お前は幼女を攫って食ったのか?」リークは荒い声で訊いた。


「なんでそんなことしなきゃなんねぇんだよぉ。なにもしてねぇよぉ!」


 盗賊は今にも泣き出しそうに鼻を赤らめて顔を歪めた。

 ジェミーが盗賊の首にかけられている縄に剣先を引っ掛けて、服の下から首飾りを露わにさせた。麻を縒っただけの貧相なそれに下げられていたのは、白い、どう見ても骨だった。どこの部分かもわからない。だが、骨だ。


「首飾りにしてるとはな」ジェミーは嘲笑した。


「まさか、お前、幼女の骨か?」


 リークの問いに盗賊は目を丸くした。


「幼女? なんで俺が可愛い幼女の骨なんか? これは、俺のお袋の骨だ!」


「耳を貸すなリーク。やるんだ」


「体は強かったけど、病気にかかっちまって俺はずっと看病してたんだ。お袋はいつも俺のために頑張っててくれた。そんなお袋の想いを俺は捨てられねぇよ。お袋だってきっと喜んでらぁ」盗賊は骨の首飾りを握りしめて目を瞑る。「俺はこれでも頑張って生きたぜお袋。もうすぐ、そっちにいくからよ」


 リークは手に力を入れられなかった。

 音も無くジェミーの剣が盗賊の胸の中に入っていき、盗賊は甲高い悲鳴を細々とあげてジェミーを見た。まさか殺されるなんて! そんな目だ。そして事切れた。

 ジェミーはまるで地面から剣を抜くみたいに平然と抜いて、盗賊の纏う襤褸で血を拭う。


「どうした? 終わったんだ。行くぞ」


 リークは盗賊から目を離せなかった。こいつがただの盗賊だったとしても、こうなる運命だったのかもしれない。だが、ジェミーの言うこいつの罪が嘘ならば? その嘘で命を奪ったのなら? 俺はもうジェミーの言うままに事を成せない。できない。


「おい。町に戻るぞ。仕事は終わったんだ」


 二人は木々の枝をすり抜けて大地を照らす陽光が降り注ぐ森の中を歩き始めた。二日かけてニルニアの街に入ると、二人は〈踊る肉と女〉の扉をくぐった。

 相変わらずの喧騒とした雰囲気にリークは肩の力を抜いた。切れ込みの部分に裏側から明るい色の生地をあてた上品な服を着たふくよかな男。どこの鳥の羽かわからないが、七色の羽を帽子の長いつばに飾り立てた男。前に切れ込みが入った腰まである外套を纏った船長風な男は、鼻を赤らめて目は酒に呑まれ、締まりのない笑顔を浮かべながら膝に女を乗せている。戻ってきた、ニルニアの街だ。

 リークはいつものように仕切り台の方へと歩いて端の空いている止まり木に腰を下ろした。ジェミーもその隣に腰を下ろす。

 店主のバリムが体格の良い大きな体で仕切り台の内側にある扉から出てきた。さっと何かを探すように店内を見回し、仕切り台の端に座っているリークに目が止まった。仕切り台の中の従業員をかき分けて近づいてくる。


「まさか、リーク。お前なのか?」


 リークはいつものかったるそうな目にいたずらな笑みを浮かべた。


「久しぶりだな親方。俺との約束、忘れてないよな?」


「あぁ、もちろんだ。だが、決まりがある」


「わかってる。ニャックを二つくれ」


 店主のバリムは後ろの棚の一番上段から、琥珀と蜂蜜の間の色をした液体の入った、底の丸い瓶を取り上げると、栓を抜いた。瓶には輸入品の中でも一番高級な銘柄の印が押されている。リークは冷やかすように口笛を吹く。


「約束だからな。お前の舌がこいつの味を楽しめる事を祈るよ」


 小さい硝子の二つの酒杯に注いでゆく。

 バリムは歯をにっと見せると、再び仕切り台の奥の扉の中へ消えていった。地下の拳闘賭博場へ行ったのだろう。

 リークとジェミーは黙って酒に口をつけた。


「次の仕事がある」


 リークはそっと酒杯を下ろした。


「俺はあんたと仕事はしない。あんたの流儀には従えない」


「抜ける気か?」


 リークは黙ったままもう一口呷る。


「あんたの流儀には従えないって言ったんだ。俺は俺の流儀でやっていく」


「雛鳥のお前がか? それに、未だ知らないことが多すぎる」


「それでもだよ」


 ジェミーは席を立った。


「そうなれば、常に怯えて暮らすことになるぞ。よく考えておけ」ため息を短くつく。「まぁいい、明朝、〈夢見る魚〉亭で待つ」


 そう言うと、ジェミーは扉を開けて夜の闇に消えて行った。

 常に怯えてか……。リークは笑った。隣の男が不審げに横目で見てきた。リークは睨みをきかせて黙らせる。

 黒銀は後継者にならないものや、信条を破ったり放棄したものは抹殺される。不肖の弟子を消すのは師の責任でもある。これからは、ジェミーや姿も存在するのかもわからない他の黒銀を敵に回すことになる。それでも、ジェミーの言う黒銀のやり方に従うことはできない。他者の犠牲の上に築く平和なんて、認められない。

 バリムが奥の扉から出てきた。その手には重そうに膨らむ袋が握られていた。


「今星だけで二百銀貨だ! リーク、お前にも儲け話があるぞ! どうだ? 肩慣らしに」


「いいや。親方、またしばらく会えなくなりそうだ」


 バリムは笑顔を消し、真面目な表情でリークを見た。


「死ぬんじゃねえぞ」


「言われなくても」


 リークは小さな酒杯を揺らすと一気にニャックを呷った。


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