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Belief of Soul〜繋ぐ者達〜  作者: 彗暉
第1章
71/75

Episode-71

 世界に光と活力を与える太陽の光が、南のデウリエ山脈よりも高く昇り、北に聳える〈魂の山〉まで広がるアルゲンレーテとモルゲンレーテの地を照らした。その命を育ませる太陽の優しき光も、ときに残酷なまでに真実を照らし出す。

 東の野営地が朝日の光を浴びて顕にしたのは、そこかしこに転がる数十体の血みどろの死体、焼け焦げて屋根の落ちた丸太小屋に、荒れた広間の瓦礫を撤去する煤で汚れた人たち。野営地の周りを、弓に矢をあてがったまま緊張と警戒、怒りの眼差しで見張りをする狩人たちだった。

 仲間の死を弔い涙を流す者は少ない。皆狩人だが同時にプルッケルの戦士だ。だけどどうだろう? もしかしたら悲しみを少しでも遠ざけようとしているのかもしれない。励ましあって瓦礫の撤去をしたり盗賊と仲間の死体を分けている姿を見ていると後者かもしれない。親しい者を失った者も深い悲しみにわざと触れないようにしているようにも見える。アダーツィは悲しみよりも怒りが勝っていた。

 作業に追われ日が沈む頃まで作業の指示以外で会話をすることもなかった。ようやく落ち着きを取り戻して用意された夕食ですら味気なく、重かった。

 夕食を終えて、夜の静けさに森が包まれた頃、集会を開くことになった。集まったのはこの東の野営地の中心的人物だ。母さんのアリーチェ、鍛冶士のリューツィン、治療士のパンナッツァ、シーナの師匠魔法使い、東の野営地の狩人のまとめ役のミドーリェだ。ミドーリェはアダーツィを可愛がっている先輩狩人で、飄々とした三十代の剣術と弓術に長けた頼れる先輩だ。いつも女の子を惑わす蠱惑的な笑顔を浮かべるその顔は険しい。


「弓を離さず、誇りとともに散った友へ。その魂に平穏がおとずれんことを」


 ミドーリェの仲間に向けた弔いの言葉に、六人は立ったまま酒杯を粛粛と掲げ、一口呷った。

 最初に犠牲者の数の話が上がった。仲間の名前が読み上げられると、六人は黙祷をして顔を伏せた。次に、西の野営地との連絡を取ろうと話が持ち上がった。だが、すぐに問題が起きた。伝書鳩が全て死んでいたのだ。盗賊の襲撃前から、伝書鳩は不審な死を遂げていたのだ。それについては、鳩飼のハトハが野営地中の人々に聞き込みをしていたので、誰もが知っている。ハトハが不審な死の原因を掴めたのかもわからなかった。


「伝書鳩がいない以上、誰かを遣わせなければいけないな」ミドーリェは腕を組んで言った。真剣な面持ちの目は机に落とされている。


「西の野営地からは、何か連絡は来てないんですか?」アダーツィが尋ねる。


「来ていないな」


 ミドーリェの言葉に、五人は黙り込む。魔法使いが喉を鳴らした。


「私のような部外者が差し出がましいのだが――」


「いいや、あなたの魔法がなければ事態はさらに深刻になっていたよ。ぜひ、話を聞かせてほしい」


 ミドーリェの言葉に魔法使いは頷いた。


「では。盗賊の根城にしている場所から遠い場所であるここが襲撃されたのなら、西の野営地はすでに落とされてしまったのではなかろうか。または、東の野営地を落とすために、援軍となりうるこの西の野営地の戦力を削りに来たのかもしれん。だとしたら、どのみち、東の野営地は危険な状態にあると思われる」


 アリーチェ以外の五人はそれぞれが頷きながら、魔法使いの言葉を聞いている。アダーツィだけが顔を上げて口を開いた。


「罠じゃないですか? 弱った俺たちが東の野営地に向かう途中を襲う気かもしれないですよ」


 魔法使いは頷く。


「そうかもしれん。だが、行かなければ東の野営地は包囲され不利な状況になる。罠に飛び込む他ない」


 ミドーリェは拳を掌で包み込むと五人の顔をさっと見渡した。


「行くしかない。どのみち、今の状況で追い打ちされればこっちも壊滅だ。戦力が足りないが――」ミドーリェは何かを言いたそうにアリーチェを一瞬見やった。

「――やるしかない。そこで、魔法使いさん。巻き込んでしまって申し訳ないが、力をお貸し願いたい」


 パンナッツァもアリーチェに意味のありそうな目を送ってから、魔法使いを見て申し訳なさそうに眉を上げた。


「言われずとも、そうするつもりでしたぞ。力を貸して、そこの治療士に治療代はちゃらだというつもりでしたからな」


 パンナッツァは愉快そうに眉を上げて、声を出して笑った。ミドーリェは熱ものを目に湛えながら頭を下げた。アダーツィは不安そうな顔をしている。アリーチェは一人冷静な顔でその場に座ったままだ。

 リューツィンは立ち上がると、手を打ち鳴らした。


「それじゃあ、使える矢の数を増やさないとだな。俺は仕事に取り掛かるとしよう」


「そうしてくれ。リューツィン……ハトハは残念だったな……」


「なに、あいつの骨と一緒に飲むさ。静かな酒の席も悪くないだろう」


 リューツィンは扉を開けて小屋から出て行った。

 ミドーリェがアダーツィの酒杯に酒を注ぐ。


「ピンは無事だったか?」


「あいつならピンピンしてますよ。一晩中、倉庫の中に隠れてたんですから」


 ミドーリェは静かに笑った。



 翌朝、早朝から野営地は忙しかった。戦いに備えて、狩人達とリューツィンは矢を作り、女手は食事の用意に明け暮れ汗を流した。シーナはピンのパン作りを手伝った。手隙の者達は注意深く森を歩き、辺りを巡回し続けた。魔法使いとミドーリェ、パンナッツァは、移動中に戦闘になった場合どういった陣形を保つか、治療に必要な物資などを話し合い、皆に説明をしに野営地を走りまわった。アダーツィや他の者は瓦礫の撤去をしていた。

 昼下がり、見窄らしい服装をした若くない男が、巡回をしていた狩人に連れてこられた。野営地で作業をしている者達は不審な目を向け、皆揃って作業を中断し広場に集まり始める。

 見窄らしい男は、首に小物入れのような箱をぶら下げていた。肩を強張らせ、周囲の視線そのものが攻撃だと言わんばかりに小動物のように萎縮している。

 見窄らしい男の盗賊からの伝言があるという言葉に、その場にいる全ての人間が息を張り詰めた。中には見窄らしい男に敵対心を隠すことなく詰め寄ろうとする者もいる。だが、それをミドーリェは止めると腕を組み事務的な態度で見窄らしい男に何用か訊いた。

 見窄らしい男は、盗賊団に囚われた奴隷の一人だった。男は伝言を伝えた。

〝土地を放棄し、全ての物資と貨幣を渡すこと。受け入れなければ、お前達の長も捕虜も殺し、お前達の命を含む全てをもらう。要求をのめば、数人は返してやる〟と。

 周囲の人々から、戦いを促す怒りに満ちた声、それを諌めるような声が飛び交い、広間は騒然とした。だが、見窄らしい男が話を続けたのをきっかけに、ミドーリェが腕を上げ話の続きがあることを示した。周囲の人々は皆、見窄らしい男が首に下げられた箱を首から外すのを見ている。

〝答えは早い方がいい。俺たちが本気じゃないと思っているやつもいるだろう。だから、丁寧に本気だということを教えてやる。答えが遅れれば一日ごとにお前達の仲間の一部を送る〟

 見窄らしい男が木箱の蓋を取る。中には、白く生気のない人の手首から下の部分が入っていた。指には細い銀色の指環がはめられていた。

 それを見た人は声を失った。何が起きたのかわからない人溜まりの外側の人間は、何事か声を上げているが、前列の人間の様子を見て不安が伝ってゆく。次第に〝手が入っている〟という言葉が伝わり、怒りや不安が喉を締め付けるような、不穏な空気が人々を包んだ。

 ミドーリェが誰かを探すように辺りを見回す。木箱の蓋を閉めると、皆に出発の意を告げた。話し合いは不要だった。皆が皆、足りない物資のまま戦いの準備を終わらせるために散り始める。

 遅れて来たアダーツィは、何が起きたのかわからないため、散っていく人の腕を掴んでは何事かと尋ねた。誰もが〝今夜動く〟〝もうすぐ出発だ〟としか言わなかった。最後に捕まえた狩人は、丁寧に事の様を話した。盗賊の不当な要求、捕らえられた仲間と長が危ないこと、指環をはめた誰かの手首が送られて来たこと。アダーツィはミドーリェと話す見窄らしい男を見つけると詰め寄る。ミドーリェがアダーツィを止めようと肩を掴んだ。


「アダーツィ……」


 アダーツィは腕を掴むミドーリェの気を遣うようなその表情に険しい顔をして見せた。


「なんで止めるんですか?」


「見ない方がいい……」


 アダーツィはミドーリェの手を振り払うと、見窄らしい男の手から木箱を取り上げ、蓋を開けた。それを見て、アダーツィは鋭く息を吸い、震えながら吐き出す。今にも溢れ出しそうな数多の感情を堰き止めるかのように握られた拳は震え、節々が真っ白になり、今にも自ら骨を砕いてしまいそうだ。滾る怒りの炎に揺らめくが如く険しい眼差しは、怒りの矛先を探し誰彼構わず彷徨い、そして宙へ向けられた。

 見窄らしい男は地面に両膝をつき、首を垂れてひたすら許しを請い始める。

 アダーツィは手に持った木箱を、やりきれない怒りを紛らわすかのように手の中で持て余す。目を瞑ったアダーツィは顎の筋肉を隆起させ、深く息をついた。


「母さんに伝える」その声は炎よりも熱く冷徹だった。


 やめておいた方がいいと言いたげに、ゆっくりと首を振るミドーリェ。


「そうすれば――」アダーツィは深く息を吸った。「そうすれば、母さんも戦うよ。人の欲のためによる争いじゃないんだ。自分の家族を助ける戦いになるんだ。森人の掟には縛られない」


 ミドーリェは苦渋の決断を迫られたかのように、苦々しく地面に目を落とした。


「何があったのか教えて」


 アダーツィとミドーリェは、遅れてやって来た淀みなく流れる川のように平然とした佇まいで立つアリーチェに苦しそうな目を向けた。アダーツィは黙って木箱をアリーチェに差し出す。

 アリーチェは木箱を受け取ると、わずかに不審そうに目を細めてミドーリェ、アダーツィを見てから木箱を開けた。アリーチェの顔は無色の感情に覆われた。その感情を読み取れないのか、誰もがアリーチェの反応を待っている。冷たすぎる怒りが全ての感情を押し殺し、そう見えたのかもしれない。アリーチェは木箱の中の手から指環を外し、白く生気のない手を優しく一撫でした。


「エヴァーツィ……」アリーチェは目を瞑り、悲しそうに眉を歪めた。「私も弓を持ちましょう。ですが、私はプルッケルのために弓を持つわけではない。これを覚えておいてください」


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