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Belief of Soul〜繋ぐ者達〜  作者: 彗暉
第1章
70/75

Episode-70

 砦の広間は騒がしかった。暖炉に火は入っておらず、広間の上部に設置された角灯の明かりだけが広間を照らしている。怪我をして帰ってきた盗賊達が腕に包帯を巻いたり、脚に負った傷を縫ったりしている。負傷してる盗賊の数は、ざっと見ても二十人はいる。

 血の匂い、うめき声や男たちが纏う不安と怒り、召使のように必死な顔で包帯を持ちながら走り回る奴隷たち。血なまぐさい混沌とした広間の角で、ジェミーはバードンに詰め寄られていた。


「魔法使いがいるなんて聞いてねぇぞ!」バードンは唾を撒き散らし怒りを顕にする。口を開きかけたジェミーの肩に、バードンは指を突き立てた。


「あのドーンが死んじまった。お前の策だぞジェミー」


 ジェミーは平然とした態度でバードンが指を突き立てた肩を手で払った。


「あの男に指揮をとらせたのはお前だろう? 私はリークにやらせようとした」


 バードンはジェミーの足元に唾を吐いた。ジェミーの泥で汚れた長靴のすぐ横に、音を立てて落ちる。


「あの小僧は好かねぇんだよ。信用ならねぇ。ちくしょう! 東の野営地を襲ったやつの半分は死んだ。失敗だ」


「しかし、こっちは成功だ。東の野営地は小さい上に人数も少ない。大きい西の野営地から逃げのびた者は、我々の砦から最も遠い東の野営地を目指すだろう。そこも打撃を受けていたのなら開拓団の再起は難しい。この襲撃の噂は広がり、盗賊団の名声も上がるはずだ。確かに、ドーンほどのやつを失ったのは痛手だったな」ジェミーはただ説明するかのように言う。そして目頭を指で押さえた。

 ジェミーが、ここ数日間の雨のうちに実行させようと用意した策は、開拓団の中でも重要な役割を持つ人間を人質にし、身代金を用意させ、同時に開拓団を通して盗賊団が未だ健在であることを思い知らしめる。こういったものだった。

 常套手段にバードンはつまらないと言ったが、ジェミーは数日かけてバードンの懐の一部に入り込んだ。ジェミーは、〝自分は頭領になれる器では無い、大胆な行動と腕っ節の強いお前こそが適任だ。私はお前に投票した〟。こう言い続け、ついにバードンはジェミーの策を聞き、実行するまでになった。

 手下を奮いたたせたバードンの演説は、なかなかのものだった。これに加え、ジェミーの淀みない作戦の説明に、盗賊たちは自信を持ち、卑しい笑みにそれぞれの獲物を持って意気揚々と襲撃に備えた。

 作戦は、まず開拓団の退路を断つことから始まった。利用する頻度の低いところから、道の脇にある木を切り倒し、封鎖した。近隣の村、ニルニア都市、サモニア都市、最後に東にある野営地へと続く道を封鎖した。雨に乗じて行ったこの作業は、暖炉を囲い平穏な日常を営む開拓団が知る由もなく、着々と進められた。

 道を封鎖すると、速やかに次の作業に移った。盗賊団の中でも指折りの隠密術に長ける者を東の小さな野営地に送り出し、伝書鳩を全滅させて野営地同士の連絡手段を断った。

 こうして襲撃への下拵えが終わると、雨の止んだ深い夜に開拓団の野営地を二手に分かれ襲撃したのだった。

 ジェミーの表向きの理由である盗賊団繁栄の面から見れば、損害は決して目を瞑れるものではなかった。だが、黒銀の面から見れば上乗。黒銀としてのジェミーの策はもう一息だった。


「だが、ここで引き下がるわけにはいかない。引き下がれば臆病風に吹かれたと噂され、あっという間に信頼を失うぞ」


 バードンは、広間に横たわり顔や胸、腕や足に血の滲んだ包帯をまいている手下たちを一瞥し、歯をむき出した。冷酷な目はこの上なく残忍な光を帯びている。


「わかってる。お前は無理だと言ったが、俺はあいつらの頭を捕らえた」バードンはぎらつく目でジェミーを見る。「まずは、あいつの一部を切り取り送りつける。こちらが本気だってことを思い知らせてやる」


 バードンはそう言うと手斧を持った男を連れ、肩を怒らせて広間から出て行った。




 砦の見張り塔に立ったリークは、冷たい石造りの柱にもたれながら、デウリエ山脈の向こう側の空が白くなっていくのを見て頭を抱えた。俺は……なんてことを。

 開拓団の西の野営地襲撃には、ただついていき、乱戦に乗じて盗賊の一人や二人の命を奪おうと考えていた。開拓団の人間は黒銀の戦いに巻き込まれた被害者だ。誰も殺さずにうまく帰ってくるはずだった。

 だが、そうはならなかった。開拓団の野営地の中でも一番大きい西の野営地を襲うと、開拓団の狩人たちは寝込みを襲われたにも関わらず、すぐさま応戦してきた。狩人たちと剣を交えれば、命の奪い合いが始まる。それでも、殺さずに切り抜けられると思っていた。

 甘かったとしか言いようがない。剣を交え、数回の剣戟の後、無意識に相手の体に刃を突き立てていた。相手に向けられた憎しみのこもった目が忘れられない。人の命を奪ったのは初めてではない。それでも、この罪の意識は今までとは違う。善人を手にかけたのだ。

 リークは震える手で自らを掻き抱いて座り込んだ。


「俺には……無理だ」リークは今にも泣き出しそうな声で呟いた。


「何がだ?」


 リークは飛び上がり、階段に続くアーチ型の扉を振り向いた。こともあろうか、本当の敵である盗賊の砦の中で、警戒心が緩んでいたらしい。

 幸い、そこに立っていたのはジェミーだった。冷たい眼差しでリークを見下ろしている。


「罪もない人たちを殺したんだ」


「だが、もう止めることはできん。二十年前、犬の餌になるはずだったお前を拾った。失うはずだった命をとりとめたのは、私に拾われたからだ。その命は我々の尊ぶ信念のものであり、それに尽くさなければならない。お前は小さいながらに命があることに感謝し、その信念に奉仕することを選んだ」


 リークは毅然と顔を上げた。


「善人を殺すことも必要だとわかっていたら、誓いなど立てなかった!」


「お前には、あの開拓団が善人に見えるのだな」


 ジェミーの言葉にリークは眉を顰めた。

 ジェミーは階段に耳を澄ましてから、扉を閉めて腕を組んだ。


「私が開拓団を戦力として選んだのは、いち早く盗賊団を壊滅させるためだと言ったが、それが全てではない。プルッケル開拓団。それを遠征させたプルッケル自由国は比較的小さい国だが、西の赤の国から東のバルダス帝国まで工芸品や調度品で高い知名度を持つ国だ。高い技術力と芸術性によってもたらされる富は莫大で大国にも引けを取らない。土地は小さいが、財力という国の力、狩人と言われる武を心得た者、それを養成する機関。十分すぎる危険だ。繁栄には野望がつきまとう。だが、西で争いを起こせば、天下の大国である赤の国が黙ってはいないだろう。そうなれば、他の地を探すしかない」


 リークは震えが止まった手を突いて立ち上がった。


「アルゲンレーテを……」


「そうだ。プレッケルは開拓団を送り込み、その下見をしているのと変わらない。もちろん、西の諸国はその魂胆に気づいてはいるだろう。モルゲンレーテだってイヴィマス河を越えた先の壁の向こうで目を光らせているはずだ。だが、プルッケルの作る物は、ほとんどの大国の上流階級の御用達。かつ必需品のような物だ。宣戦布告でもされない限り、プルッケルの行うことが自分たちの損にならない限り知らぬ存ぜぬだろう。しかし――」ジェミーは間遠に西を見やった。南のデウリエ山脈と交差し、縦に延びる山脈の白い肌が、デウリエ山脈を越えて差し込む陽の光によって黄金色に染め上がっている。

「このアルゲンレーテから、プルッケル自由国までの間にある小さな諸国たちはそのことを知らない。自らの国の貧困の問題や、隣国との交易問題などで西の事情は手に余るからだ。何年、何十年先かはわからぬが、結果、アルゲンレーテの森はプルッケル開拓団の縄張りとなり、いつしか領地だと言い出す可能性もある。そうなれば、小さな諸国達は黙っていないだろう。未開拓地とは言え知らぬ間に他国が自分たちの住む地域に入って旗を立てるんだからな。発展に野心的な自由都市のサモニア、ニルニアも間違いなく声をあげる。話に折り合いがつかなければ、力に頼るしかない。そうなれば戦争が始まる。戦争が始まれば、お前の言う善人とやらが数えきれぬほど血を流す。今回、開拓団に損害を与えるのは、プルッケルに支配は容易ではないことを示す機会でもある」


 だからと言って、開拓団の狩人が悪人とは思えない――リークはそう思い口を開きかけた。


「お前の言いたいことはわかる。〝だからと言って、彼らが悪い奴には見えない〟であろう。それは視野が狭いからだ。彼らも国が戦うとなれば人を殺す。自らの生活のために力をふるい、自らのために人を殺すのだ。善人が自分のために善人を殺す。これでも善人か? 往往にして、勢いづいた国や力を持った人間とは利己的になる。その報いを受けて痛い思いをするまではな。さぁ気合いを入れ直せ、この仕事もあと少しだ」


 砦の中庭から、男の吼えるような悲鳴が聞こえ、リークは身を乗り出して下を見た。


「耐えろ。開拓団があの男を救いに戦いを選ぶのなら、私達も盗賊の仲間の役は終わりだ。開拓団のために小細工をしておくとしよう」


 こんなの間違っている。眼下の庭で、悲鳴を上げた男が腕を抑えて横になる姿を見て、リークは歯を食いしばった。それでも、もう後戻りはできない。今更、一人で盗賊を片付けることはできないのだから。

 拳を握り、感情を喉の奥、腹の底に押し鎮め、リークはジェミーの横を通り過ぎ螺旋階段を降りて行った。


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