表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Belief of Soul〜繋ぐ者達〜  作者: 彗暉
第1章
46/75

Episode-46

 シーナは目を覚ました。どれくらい眠っていたのだろう? 丸太で組まれた部屋と皮の残る木の壁が天井に吊るされた洋燈の暖かい色に染め上げられている。窓の隙間から見える外は真っ暗だ。部屋にはシーナ以外誰もいない。目の前にある炊事場の竃から見える炎がちょうどよい暖かさを投げかけ、竃の中の火の爆ぜる音以外は何もない。

 外から楽しそうに話す若い男の声が聞こえ、シーナは思わず寝台に横になり、うそ寝をしながら薄眼で扉の方を見た。直後に扉が開き、一人の男が入ってくると思いきや、振り返って声を潜めて話している。


「おう、また明日な! 寝てるから、静かにしないと。わかった、また今日と同じ時間に。それじゃあな」


 そう言って青年の声をした男は扉を閉めて部屋の方を向いて、寝ているシーナの方を見た。シーナは男の目線がこちらに来るのがわかった瞬間に目を瞑り、寝ているふりをした。男が身動きする気配を感じると、薄眼でその様子を観察した。

 男は背中に回していた弓を静かに玄関の横の壁に立てかけ、矢筒も一緒にそこに並べた。剣帯にしっかりとおさめられた腕の半分ほどの長さの短刀はそのままに、背伸びとあくびをすると、顔を両手でこすりながら竃の上にある鍋の蓋を開けた。


「わぁーお。ごちそうじゃん……」


 背を見せる男の姿を薄眼で捉える。背は魔法使いと同等で、シーナの頭がちょうど男の胸の位置にくるくらいの高さだ。男にしては小さめの頭で、濃い茶色の髪は上を少し余らせてあとは短く整えられている。肩幅も広めだが、腰はしまっており、無駄のないしなやかさを感じさせた。

 よく鞣されて光沢を放つ朱色の革のベストに、黒い亜麻の長袖のシャツを着ていて、黄色と茶色を混ぜた土埃のような色のズボンを、膝のところで折り返された焦げ茶色の長靴の中に入れている。こ洒落た狩人、そう思わせる身なりだ。

 その男が皿にたくさんの具をよそい、膝が直角に曲がるほどの高さの木の丸椅子に座り食べ始めた。男の顔をみて胸騒ぎを起こした。まず、少し日焼けした健康そうな肌は綺麗だ。眉は太めだが清潔感があり、少し頑固さを感じさせると同時に猛禽類のような鋭さを兼ね備えている。なのに目は大きく、くっきりとして少年の無邪気な輝きが見て取れる。今だってそうだ、目の前のよく煮込まれた肉を見て輝いている。顎は強靭さに欠けるが、美男子ほど華奢ではない。口角はわずかに上がっていて好印象……。

 わたし、熱がでてきたのかしら……。シーナはにやけてしまいそうな顔を押し殺すために顔に力を入れた。

 突如、急用を思い出したかのように男は外に出て行った。

 少しも経たないまま男は戻って来て、シーナは慌てて目を瞑った。


「見て母さん。顔が突然赤くなって苦しそうな表情をしてたんだ。俺が帰ってきた時は何もなかったんだけど、あまりにも急だったから――」


 あぁ! 恥ずかしい! 本当に赤面してただなんて!


「いいわ。でも特に悪い流れは感じないけど。んー……。シーナ、あなた目が覚めてるわね?」


 シーナは見向きもされない砂になってしまいたかった。なんにでもよかった、顔のないものだったら……。



「おはようございます……」


「なんだ! 起きてたのかい? びっくりしたよ。あ、俺たちが起こしちゃったのか、家の前でピンと話してたから」


「あ、うん。楽しそうな笑い声がしたから……」シーナは目を伏せた。


「明日、ピンを紹介するよ」


「シーナはまだ安静にしたほうがいいのよ。まだ何も食べてないんだから」


「あぁ、ごめんごめん。今日のスープはご馳走だよ。君も食べなよ」


「うん、ありがとう……あの」


 シーナは男、というよりも自分とあまり歳が変わらなさそうな青年の目を見て、頭の中が真っ白になってしまった。恥ずかしさと同時に、深い青色の目に見とれたからだ。虹彩の全てが深い青というのではなく、茶色が混じっていた。それにしても素敵な目。きっとアリーチェさん譲りの色なんだわ。

 青年はそんなシーナの言葉を待って、まっすぐと見返している。だがシーナがまた目を伏せたのを見て、青年は困ったように頭をかいて片方の眉をあげた。


「あなた、自己紹介はしたの?」


「あぁ! すっかり忘れてたよ! ごめん、俺はアダーツィ、君たちを森の中で見つけた時は驚いたよ」


「あ、あなたが助けてくれたんですか? すみません、そうとは知らずに。あの、助けてくれてありがとうございました」シーナは床と顔が平行になるまで頭を下げた。


「いや、いいよ。盗賊には見えなかったからね。君のお父さん、すごく必死で悪い人には見えなかったんだ」


「あの方は、シーナのお師匠様なのよ」


「そうなの? なんだ、わけありの家族なのかなって思ってたよ。でも、やっぱりあの山には敵わなかったんだね。命があるだけ儲けものだ。あの山を越えようとするなんて無茶だよ」


「……越えようとしたんじゃなくて、越えて来たんです」


「え?」


 アダーツィは素っ頓狂な顔をして、アリーチェは驚きからシーナの顔に目を止めた。


「シーナ。あなた達はどこから来たの?」


 シーナは逡巡したが、はっきりと聞き取れる声で言った。


「ドノハデウス地方からです」


「なぜ?」


「モルゲンレーテを目指してました」


 アリーチェは意外なものを見たかのように気の抜けた表情をした。


「モルゲンレーテに? なぜ?」


 アリーチェの質問に同調してアダーツィも頷いている。なぜが多いなぁと思いながらも、二人の様子を見て逃れられそうにないことを理解した。


「その、師が魔法を研究するために旅をしていて、古い本の中にモルゲンレーテの名前を見つけたんです。それで、古い時代の話やおとぎ話に出てくる魔法や不思議な力、神様などの不思議なことは古い国に行けば何かわかるんじゃないかと思って、北を目指していたところにわたしがついて来たという感じで……」わたしは運命をやり直す意味のほうが強いけど……。


「そう……。それでわざわざ山を越えて来たの? あのデウリエ山脈を?」


「はい……」


 アダーツィが困ったような顔をして言った。


「その、モルゲンレーテから招待されたとかじゃなくて?」


「招待? わかりません。師は古い本にモルゲンレーテの名前を見て、魔法の根源に近づけると思ったみたいです」


「シーナ。モルゲンレーテには普通の人は入れないの。あの国はすごく特殊なの」

 特殊? カイザスモーンさんはそんなこと一言も言わなかったわ。


「どういうことですか?」


「モルゲンレーテは自らが選んだ人間しか国に入れないんだ。入った人も出てこない。不定期に神官が旅に出ては、村の幼い子供たちを拾っていくんだよ。〈星の門〉っていう唯一の門の前に一星間飲まず食わずで待った人もいるみたいだけど、その人はとうとう入れずに飢え死にしたって話まであるくらいなんだ」アダーツィは皿の中身を突っつきながら続けた。「それにここからモルゲンレーテは遠いし、無事にアルゲンレーテを抜けられるかも危ういよ」


「アルゲンレーテ? ここはモルゲンレーテじゃないの?」


「そうだよ。ここはアルゲンレーテ地方さ。ここから一星間ほど北に行くと境界線になってるイヴィマス河があって、その北側がモルゲンレーテ、南がアルゲンレーテってわかれてるんだ。あの河は大きな船が海から上がってこれるほど深くて広いんだけど、モルゲンレーテ側には都市も町もないから、渡し舟もないんだよ」


「そうなの……」シーナはやっと越えて来たのに、と愕然として思わず溜め息を洩らした。


 シーナは、アリーチェが用意してくれたスープを受け取った。胃に優しそうな具ばかりが入っている。それでも、鶏肉が少し入っているのを見て胃が喜んだ。心は胃にあるのだろうか? シーナは、森の中にぽつんと咲く、白い花韮のように儚げな微笑みを湛えるアリーチェにお礼を言った。


「じゃあ、入るためには他に方法はないの?」シーナはアダーツィに困り顔で尋ねた。


「うーん。君が知りたい……いや、お師匠さんが知りたいのかな? その魔法の根源っていうのがなんなのかが俺にもわからないし、それが知りたいっていうだけでモルゲンレーテに入る必要はないとおもうんだよなぁ。モルゲンレーテは星に宿る力を信奉している宗教国家だし、魔法に近いものがあると言ったら神秘くらいかな」


 シーナは息を飲んで思わず大きな声で言った。


「そう! それだわ! 神秘! それが知りたくて山を越えて来たの」


 シーナは雪崩を無力化させた時のことを思い出し、カイザスモーンからもらった杖がどこにあるのか気になってそわそわとした。


「あの、銀色の杖は知りませんか?」


「銀色? 黒色なら、あなたのお師匠様のところに置いてあるわよ。銀色の杖は知らないわね」


 シーナは焦りを隠せないで動揺した。

 落として来てしまったんだわ……でもどこに? 記憶があるのは、眩い光となった己の力を解放して雪崩を切り裂いていく感覚だけ。雪崩に巻き込まれて消えてしまったのだろうか……。


「わたし達を助けてくれた時は、どういう状況だったんですか?」シーナはアダーツィに問いかけた。


 アダーツィは口に運んでいた銀色の匙を止めて皿の中に戻すと、宙の片隅に目をやってから答えた。


「確か、ちょうど仕留めた鳥を探してる時だったかな。もっと近いのを射ればよかったとか思いながら川の横の坂を登ってたんだ。そしたら何かが動く音がしてさ。動くというか地面に激突したみたいな音。それで、盗賊か何かがそこにいると思ってゆっくり見てみたら、君のお師匠さんが即席の担架につながったまま地面に倒れてたんだ。そのとき、少し荷物を調べさせてもらったけど、君の言う銀色の杖はなかったよ」


「勝手に調べたの?」シーナが自分で思うよりも棘のある言い方だった。


「ここら辺は物騒なんだよ」アダーツィの表情と声は普通だったが、揺るぎない意志が感じられた。


「もしかしたら、アダーツィが二人を運んでいるときに落ちたかもしれないわね。お師匠様が倒れる前に落として来たのかもしれないわ。シーナが最後に銀色の杖を見た場所から探さないと。覚えてる?」


「山の麓です……。雪崩を食い止めたときに気を失って……」


「雪崩を食い止めただって?」


 アダーツィは素っ頓狂な声を上げたが、アリーチェは笑わない。それでも少し驚いたように目が大きくなっている。儚げな表情は美しいのに、時折少女のような可愛さを備えた大人の女の人。旦那さんはきっと幸せなんだろうなぁ。シーナは我に返って答えた。


「そ、そう。魔法を使って雪崩を左右に分けたの……本当に必死で意識を失ったことも気づかなかった。もしかしたら雪崩は止められなかったのかもしれないわ」


「シーナ、あなた神秘が使えるの?」


「使えるというか、感じられるというか……わたしにもよくわかりません」


「感じられるのもすごいよ。俺なんかそれすらできない」


 アダーツィは自嘲が含まれた笑いに顔を歪めた。それにアリーチェが憐れむような眼差しを向けた。


「使えればいいものじゃないのよアダーツィ」


「いいよ慰めなくて。使えれば母さんみたいなすごい狩人になれるのに」

 シーナは居心地が悪くて、思わず座り直した。それに気づいてアダーツィは頭をかいて作り笑いをして見せた。


「俺、明日探してみるよ。ちょうど、ピンと北のほうに行く予定だったし」


「あまり西側にはいかないのよ。エヴァーツィにきつく言われているわよね」


「わかってるって。盗賊と会っても手は出さないよ。あ、エヴァーツィは俺の父さん。この遠征隊〝雷の矢〟の隊長で、すごい狩人なんだ」


 アダーツィの心のそこから溢れる喜びと誇らしさに満ちた声と表情から、父への愛情の強さが窺えた。


「わたしも一緒に行きます」


「シーナ――」


「行きたいんです。あの杖は本当に大事なものなんです」よくしてくれたカイザスモーンさんから貰ったからというだけではない。あれはここまで進み、新たな運命を歩き始めた証だからだ。

 シーナの気持ちが伝わったのか、アリーチェは明るい声で言った。


「なら、たくさん力をつけないと」


 シーナは恥ずかしそうに微笑むと、アリーチェが差し出した手に空の皿を手渡した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ