Episode-40
数日後、魔法使いの体力も回復し、シーナと魔法使いはモルゲンレーテへと向かうべく、カイザスモーンに別れを告げた。カイザスモーンはまた明日にでも会えると言わんばかりの清さで二人を見送り、シーナが振り返った時にはすでに姿はなかった。
シーナはカイザスモーンから「旅に必要になる」と杖をもらった。魔具はそう簡単に買えるものでもなければ、高すぎて買えるものではないとシーナは尻込みしたが、カイザスモーンは半ば押し付けるようにしてシーナに渡した。目を合わせようとせずに渡してきたカイザスモーンの言葉を思い返しながら、シーナは杖を撫でた。
「いいから持っていけ! いいかシーナ、それはどんな国の金でも買えるもんじゃねぇ。柄の部分は地下深くに生える〝銀葉樹〟の枝だ。お前の背丈に合うものを、それも選りすぐりの中から選んだ。宝珠に使ったそれは太古の時代のもんだ。八面体の金剛石の中に、ルヴァの秘術で蛋白石を入れ込んだ。お前なら扱える、きっとな」
その杖は全体が装飾品のようなものだった。柄の部分はまっすぐな枝のようだが、鏡のように滑らかな銀色で、なおかつ女でも扱える六尺棒ほどの重さだ。宝珠から先に行くほど細くなっていき、先端部分は棘のように鋭い。宝珠の場所には細長い八面体の透明な石を戴いている。しかもその中には七色に輝く丸い石が入っている。石の中に石だ。一体どうやって入れたのか想像もつかないその不思議な石は、どんな宝石をも凌ぐ美しさを備えている。その銀色の美しさは物語に出てくるイレルの光から生み出された石と言われても信じてしまうほどのものだ。そしてその石は、柄からつなぎ目なく滑らかに象られた銀の大輪の花の上に立っていた。
シーナは自分には派手すぎる、似つかわしくないと思いながらも心は踊っていた。まるでお姫様が着飾る美を質素ながら全て体現しているかのようで、これを持っている自分を想像して頬を赤らめた。わざとらしく咳払いをして顔を上げて歩くと、魔法使いがシーナを見ていた。いつから見ていたの? もしかしたらわたしはにやけていたかもしれないし、顔は確実に赤くなっているわね。おもちゃを貰ってはしゃぎたいのを我慢している子供のように見られていないだろうか? シーナはもう一度咳払いをすると、顔にかかっていた前髪を横に流して颯爽と歩いた。
「不思議だな」魔法使いはシーナの杖を見ながら言った。「一切、魔紋が見られん」
シーナも初めてそれに気づいた。どうやって扱うのだろうか?
「それでは魔具の役目が果たされないだろう」
「師の杖のように、魔法を扱うと魔紋が浮き出るのではないですか?」
「いや、それはないだろう。私の杖は……いや、待て、なんでそれを知っているんだ?」
シーナは訊かれたことがわからないかのように間を置いたが、「師が魔法を扱う時にいつもそうなるじゃないですか」と、つとめて冷静に切り返した。シーナは内心胸を撫で下ろしたが、魔法使いの咎める輝きをわずかにのぞかせる目を見て、嘘に気づかれたのではないかと再び不安に駆られた。
「まぁいい。魔具ではないのかもしれんな」
魔法使いは言葉を言いきらぬまま前を向いて歩き始めた。シーナは少し悶々としながらその後に続いたが、すぐに気持ちを切り替えると神秘のことを考えながら歩いていた。
二人は黙々と進んだ。カイザスモーンの小屋が見えないところまで進んだ。低木は小屋から離れれば離れるほどその数を減らしていき、礫に覆われた地面には雪が散らつき始めた。目の前に聳える越えるべき連峰の繋がりは、デウリエ山脈にも劣らない厳しさを漂わせている。切り立つ峰は、どこから越えていけばいいのかわからない。シーナは不安げな顔で、立ち止まった魔法使いの背を見やった。魔法使いは目の前の仕事を淡々を片付けるような眼差しで、黒と白の最後の壁を見ている。
「大丈夫だ嬢ちゃん。今回も越えられる」
魔法使いはシーナの気持ちを感じ取ったのか、自分に言い聞かせたのか、そう言った。真意はどうであれ、その言葉はシーナに力をもたらした。一人では絶対に折れてしまう心も師がいれば大丈夫。そして、自らが選んだ運命に立ち向かうという信念が、その足を歩ませる。




