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Belief of Soul〜繋ぐ者達〜  作者: 彗暉
第1章
37/75

Episode-37

 シーナは驚きながらも挨拶を交わした。カイザスモーンは手に灰色の草を持っている。そのまま炊事場に歩いていくと、何やらその草を使って何かを作るようだ。


「おい嬢ちゃん、シーナと呼んだ方がいいか?」


「お好きな方で……」


「よし、シーナ。魔法のおっちゃんは大丈夫だ。オルスを使い果たそうとしたから、その反動だ。そりゃぁでっけぇ獣を炎で創ってよ、あれはー、狼に見えたがなんせ炎だからな、炎狼とでも呼ぶか。アスロスであそこまでの魔法を使えるとはなかなかだな」


「オルスって何ですか?」同時にシーナの中で何かが引っかかったが、それが何だかわからなかった。


「あー、そうか。お前達は魔力って呼んでるんだったか。人や動物が持つ、生きるための力だ。精神力も、体を動かす力もひっくるめてオルス。それがなくなりゃあ何だって死んじまう。魂やら命やら……いろんな言い方があるな。でも安心しろよ? おっちゃんは使い切っちゃいねぇし、この俺様がしっかり面倒見てやる。だがな、回復するのには時間がかかる。こればっかりはどうしようもない。暇ならシーナは魔法の練習でも何なりすればいい。本も好きなように読んでいいぞ。あぁ、魔法を使うのは外でやってくれ」


 シーナは魔法使いの顔を覗いてから一つ安堵の息をつくと立ち上がった。カイザスモーンから昨晩のスープの残りをもらい『魔の書』を捲り始める。


「シーナは……ヴィアドラを知ってるか?」


 カイザスモーンの、気になるけどそれを悟られたくない時のようなどこかわざとらしい声音に、シーナは『魔の書』から顔を上げてカイザスモーンを見た。いつもは豪快に太鼓を打ち鳴らすような話し方なのに、どこか変だ。


「知らないです。何ですかそれ?」


「そうか。じゃあ、〈赤子の揺り籠〉も〈傍観者〉も知らないんだな。もしかしてウラドも知らねぇのか?」


「ウラドは人々を苦しめる闇の勢力ですわ。おとぎ話や寓話に出てました。師はその中の一部を本当の出来事だと信じているみたいですけど」シーナは再び『魔の書』に目を落として言った。


「本当だ。ウラドはいる。お前達の地方、ドノハデウスでは〈神導教〉がまだあるって言ってたな。その神の化身にあたる五人のネルって奴らが、ルヴァって種族として実在するように、ウラドもいる。ヴィアドラはそいつらとの境界域近くにある国の名だ。こっからだと半年以上は確実にかかるだろうなー。馬を使ってもそれくらいはかかる」


 シーナはカイザスモーンが何を言いたいのか理解できずに、居心地の悪い顔を浮かばせた。カイザスモーンが投げかけた広く分厚い肩越しの目と交差した。


「シーナのその黒髪と黒い目はヴィアドラの血かと思ってな」


 シーナは先ほどよりも不思議そうな顔をした。だがカイザスモーンはすでに火にかけられた鍋とにらめっこをしている。


「わたしはバーインス生まれバーインス育ちです。確かに、わたしのいたウッソンス村では珍しかったですが……。それと、カイザスモーンさんは知らないかもしれないですが、馬で旅なんてそんな罰あたりなこと誰もしないですよ」


 カイザスモーンは蒸留器らしき物に鍋の中身を入れると、手をすり合わせて一仕事を終えた表情を浮かべながら、シーナの前の長椅子に腰掛けた。


「知らないのはシーナのほうだ」


 カイザスモーンは尻の半分で潰しそうになった本を慌てて手に取った。表紙を眺めると眉を上げ、編みこまれた口髭の形が変わるくらい口を下げた。近くのものが見えないかのような仕草だ。何に満足したのか頷くと本を開き読み始めた。


「その本は師のですわ」


「『魔力と血統』シーナの師匠が研究していたやつなんだろう? バーインス王国とシルヴィアンス王国とカリャクス王国か。シーナはバーインスだったな?」


「ウッソンス村です……。一応バーインス王国の中にあるみたいで、使剣士さんもいましたけど、バーインス王国からくる人とは一人も出会ったことがありませんでした」


「ほぉー。魔法使いのおっちゃんの方もバーインス王国の生まれか?」


 何でこんなに質問してくるんだろう? もしかしたら知っているのにわざと質問してるのかも……。師もわたしが無知なのを笑ったりしたわ。この人ももしかしたら楽しんでるのかもしれない。シーナは訝しんで言った。


「何で知りたいんですか?」


 カイザスモーンは髭を太い人差し指で音を立てながら搔くと、立ち上がって扉の方へ向かった。先ほど出てきた扉ではない方に入っていく。扉を開けたすぐ先に簡素な縞模様の垂れ布がかけられていて中が見えない。中から出てきたカイザスモーンの手には、小石が握られていた。カイザスモーンはシーナの顔をまっすぐ見ると、手を差し出して、取るように促した。


「なん……ですかこれは」


 受け取ったシーナは驚いた。全然小石ではない。カイザスモーンの手が大きくて小石に見えただけで、実際はシーナの両手ほどの大きさがあり、鉄のように重い。


「さ! 外はいい天気だ、魔法の練習でもしてこい! お前の師匠は数日寝込む。意識が戻ったら教えてやるからな。ほら、行ってこい!」


 話の流れが全く理解できないシーナはあからさまに不機嫌な顔をして見せたが、ちょうど試したいことがあったから好都合だった。重い石なのか鉄なのかわからない物を腰で支えながら、片手で指輪を探そうと荷物をあさる。


「シーナ。それだけを持って行ってこい。山を感じてみろ山を」


 シーナは試してみたかったことすらできないのかと不満を抱き底意を探る冷静な眼差しでカイザスモーンを見たが、すでに本とにらめっこをしている。読書が似合わないその姿を見たシーナは鼻を鳴らしてマントを長椅子からひったくり、憤然としたようすで階段を上がって行った。

 カイザスモーンはシーナの背中に意味深な目を送ったが、またすぐに本に向き直り、髭をさすりながら笑いをこぼした。


 シーナは扉を跳ね上げて岩の小屋の中に出た。天井の隙間から、天高く昇った太陽の白い光が差し込んで、扉を開けた際に舞った塵が光を放っている。ハッチを閉めて小屋から出ると、陽の光を全身に浴びた。風は強くもなく弱くもなく、少し肌寒いがずっと浴びていたいと思わせる心地よさを伴っていた。

 足元に広がる様々な大きさの礫を踏み鳴らしながら、シーナは足を踏み出した。特に目的もなく低木の間を縫って歩いた。風に吹かれて一斉に揺れる低木をひたすらに眺めたりもした。

 シーナは両手で持っている石を矯めつ眇めつ眺めた。石は深い黒にも近い緑色をしていて、表面は割れた鉱石の断面みたいにつるつるしている。石自体の形は歪なただの石だ。石ではなくて鉱石かもしれない。石はこの大きさでここまで重くはならないだろうし、緑がかってもいない。端っこの方は太陽の光にかざすと僅かに透き通る。何かの宝石の原石なのだろうか? 

 シーナは宝石のことを考えて、魔法使いの杖を握ったときのことを思い出した。あのとき、杖は確かに魔力に反応した。火熾しの指環よりもはるかに大きな力を生み出せそうな感覚だった。指環だと、あるところまで力を集めると、小さな箱の中で体を伸ばそうとしているかのように限界が訪れるが、あの杖は違った。際限なく、少なくとも自分が想像し集中し集めた力を余すことなく呑み込んでいった。指環よりもはるかに強く、自分を吸われるような感覚を感じた。カイザスモーンは魔力のことをオルスと言った。そしてそのオルスは魂や命だとも言った。オルスを使い果たす――師はオルスを使い果たそうとしたとカイザスモーンが言っていた。ということは、師は死ぬ気だったということ? シーナは杖にオルスが吸われていくあの感覚を思い出して身を短く震わせた。

 それでも、あの力が体に漲る感覚は癖になる。自分が自分以上になったような、不可能はないと思わせるあの感覚……。シーナは集中してオルスを集めようと目を瞑り想像した。足を肩幅に開いて、深呼吸をする。自分の内側にある小さな火にも似た光を一点に集める。さらに集め続け光の塊はまるで液体のように形づくり……。


「重い……」


 集中していた意識は、途中まで編んでいた髪を手放すかのように瓦解していった。両手に持つ鉱石のような石の重さに腕が耐えかねたからだ。シーナは適当な場所に石を置いて、再び肩幅に足を広げ、手の平を組んで深呼吸をしてから落ち着いた呼吸を意識する。

 風の音と、針葉樹の細い葉が擦り合う僅かな音。暖かな日差し。真っ暗な自分の世界の中に一点、奥深くに炎を想像する。蝋燭の火が一つだけ灯ったように暗闇の中に浮かび、それを回転させる。次第に火花を散らせて大きくなっていき、一つの大きな炎に変わっていくのを一点に集中させて重みを増していく。突如その炎が狼の顔になり……。


「はっ……」


 シーナは瞑想から目覚めて、なぜ集中できないのか、何が心に引っかかっていたのかがわかった。師は炎の狼を操ったという。もしかしたら、師はわたしの両親を殺した人を知っているかもしれない。炎の狼を何頭も生み出せる人は多くないはずだわ。

 シーナはため息をついて眉間に皺を寄せた。知ってどうするの? もう過ぎたこと、わたしは今こうして新たな道を歩いているのよ。


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