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Belief of Soul〜繋ぐ者達〜  作者: 彗暉
第1章
35/75

Episode-35

 盗賊の砦は想像以上にしっかりとしたものだった。砦に着いたのが夜だったため、陽の光に照らされた姿が余計にそう思わせるのかもしれない。リークは砦の壁の狭間から砦を囲む壁の内側を眺めた。

 砦は西側の川にある崖を背に建ち、崖から扇状に壁が展開していた。四つの見張り塔が等間隔に建ち並んでいる。だが砦のどれも苔や蔓で覆われ、壁のほとんどは風化していたり崩れ落ちていた。盗賊たちは見張り塔同士を繋ぐその崩れたりしている壁を丸太で補強したり、丸太そのもので壁を建てたりしていた。その仕事はとても盗賊のものとは思えないほどの出来上がりで、壁の役割を果たしているように見える。そもそもこの砦はいつからあってなんのために建てられたのだろう――リークはそんなことを考えた。だがすぐに思考は遮られた。

 見下ろしている広場――壁と砦の間にある――を家畜を連れて横切る男がいた。両手両足を鎖で繋がれ、衣服は汚れ擦り切れている。背は丸まり常に萎縮した様子で豚を連れていた。盗賊に攫われて働かされている奴隷だ。もちろん金子を貰う労働ではない。対価は〝殺されずにいる〟この一つだけだ。

 その奴隷が三人の盗賊の歩く前を横切ろうとして、三人のうちの一人に地面に突き倒された。男の後ろにいる豚たちは僅かな恐怖に鼻を鳴らした。奴隷の男は許しを乞い殴られるのを恐れて両手を顔の前にかざしながら、地面にめり込みそうなほど頭を下げた。どうやら三人の通る道を僅かにでも塞いだのが悪かったらしい。奴隷が頭を地面に擦り付けている様子を三人の盗賊は意地悪い笑みを浮かべて見ている。その内の一人の――顎が広い――男は今日だけで二度あの奴隷を痛めつけていた。顎の広い男は今にも笑い出しそうに舌を噛みながらズボンの腰紐を緩め、奴隷の頭に小便をかけ始めた。後ろの二人は大笑いし、顎の広い男はおどけた顔で奴隷の顔を覗き込みながらズボンの紐を締め、三人は奴隷のことなど忘れたかのように歩き始めた。

 リークは黙って立ち上がり豚を誘導する男を見て歯を食いしばった。あれが人にする仕打ちか?

 その夜、リークは皆が砦の広間に集まり酒を酌み交わしている中、一人壁際に座っていた。壁の三面に造られた暖炉は一つしか火が入っていない。その一つの近くに長い食卓とそれぞれの椅子を並べて盗賊達は食事をしていた。ジェミーもその輪の中にいるのが壁際の席から見える。顔は相変わらずしかめっ面だが、食事をする手は軽い。〝今の〟機嫌は悪くなさそうだ。

 リークは、昼間奴隷を虐げていた盗賊に近づくと、肩を叩き盗賊が振り向くと同時に顔面に拳をねじ込んだ。盗賊は椅子から転げ落ち、鼻を押さえて呻いた。

 その時、机に何かを叩きつける音が広間に鳴り響き、二人に向けられた目が一斉にそちらへ目を向けた。


「すまんな。私の連れに礼儀をしつけねばならんようだ。今回は見逃してやってくれ」


 音を立てたのはジェミーだった。食卓に叩きつけられた酒杯からこぼれた液体に暖炉の火が映り揺らめいている。リークと睨み合っている盗賊は鼻を鳴らしジェミーを一瞥すると自分の席に戻ってゆく。

 ジェミーは盗賊が席に戻るのを見届けると、酒杯を二つ持ち席を立ち上がった。食卓は既に違う話題が転がり始め、盗賊達はリークのことを忘れたかのように女の話やら肉を取り合ったりしている。ジェミーが顎で広場の扉を指し示した。リークは不満を隠すことなく片手をポケットに突っ込み、シャツと黒革の袖のない外套を引っ掴むとジェミーの後を追った。

 砦の暗い廊下には、等間隔に並ぶ狭間から洩れるイレルの青白い明かりが、斜めに廊下に差し込み地面を照らしていた。ジェミーはその光の筋を数個通り越したところでようやく足を止め、振り返ると酒杯を差し出してきた。リークは何も言わず、目も合わせずにそれを手に取った。広場の暖炉の熱を帯びたか、木製だからなのか、受け取った酒杯は仄かに暖かく感じた。

 ジェミーは暗くてはっきりと姿を捉えるのが難しい距離にある広場の扉を見てからようやく口を開いた。


「お前は辛抱が足らなさすぎる」


 リークは壁に背を向けて寄りかかった。


「別にいいだろう? なんで殺すやつらと仲良くしなきゃいけないんだ」やる気のなさそうな目で酒杯を揺らしながらリークは言った。


「あの人数を二人で殺しきるのは無理だ。いいか? 今この盗賊団は二つの派閥に別れている。一つはバートン、もう一つは私だ。これを利用すれば自ずと組織は壊滅していく。そうなれば後は簡単だ。お前が相手にしようとした男は私を支持する者の一人だった。お前は私の一つの駒を奪うところだったんだぞ」


 話を聞く態度ではないリークの姿にジェミーはため息をついてから続けた。


「だからいいか? 利用するためにあいつらが必要なんだ。お前の辛抱のなさでこの計画自体が泡のごとく無になるのであれば、お前をニルニアへ送り返したいところだ。だが盗賊団は抜ける者は生かしてはおかない」


「もうやるしかないってことだろ?」


「そうだ。そして失敗も許されん。どれほどの人がこの盗賊団に苦しめられていることか。我々はこれを消し去らねばならん」


 リークは壁から身を起こし、淡い光が差し込む狭間から外を見た。


「狼の仲間が戻ってくることはないのか?」


「あいつらは仲間ではない。互いを監視し、時には制裁を加え合うことだってある。今回はお互いの利害関係が一致した異例の出来事だ。分裂し西に渡った盗賊団を壊滅させたのであれば、それ以上は奴らの仕事ではない」


 リークはため息をついた。


「わかった。なら今後は少し辛抱してみる。だけど、奴隷にされている人が目の前で虐げられるのを見過ごすことはできない」


「耐えろ。我々は善人ではない。忘れるな……〝闇に生きる小さな輝き〟」


 リークは納得いかないながらもそれに応えた。


「〝希望を灯し闇を切り裂かん〟」


 ジェミーはリークの肩に手を置くと力を込めた。


「それを、忘れるな」 


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