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Belief of Soul〜繋ぐ者達〜  作者: 彗暉
第1章
32/75

Episode-32

 小屋の中は、踏み固められた土と、岩でできた壁と天井、それ以外は何もなかった。暗すぎて何も見えない。積み上げられた岩の隙間から、わずかなイレルの光が洩れているが地面を照らすほどでもない。魔法使いが杖の宝珠を撫でると、宝珠の中に先ほど操った魔法の光が渦巻き、小屋の中を照らすだけの明かりが放たれた。少し進んだ先、小屋の一番最奥の地面に木でできた跳ね上げ式の扉がついていて、今は地面が口を開けたかのように開け放たれている。

 杖の光がぽっかりと空いている四角い黒い穴を曝け出す。その中にぼうっと不確かな存在を放つ岩の階段が下に続いていて、魔法使いは杖を突き出し奥を探ると、ゆっくりと階段を下りてゆく。シーナは遅れないように黙ってその後に続いた。

 階段の壁も似たような岩で補強されている。だが小屋のように無垢な岩ではなく、四角く加工され、表面は荒磨ぎ程度だが触り心地が悪いと言うほどでもない。階段は十段ずつくらいで二回折れて、最後の一段の目の前に木の扉があった。押し開けると暖炉で暖められた部屋と同じ空気が二人を包み、視線の先には一つの部屋が広がっていた。

 シーナはその部屋の様子をまじまじと見渡した。魔法使いの帽子も左右に振れている。その部屋は四角く、村や町の一般的な酒場程度の広さがあった。天井は高く、角灯が規則正しく吊り下げられており、部屋の中は隅々まで明るい。部屋の地面も壁も、階段よりも精巧に加工され整えられた石造りだ。

 階段から下りてきて正面に位置する壁には、暖炉に似たようなものも備えられていて、火ではない何かが優しい朝日にも似た薄い金色の光を放っている。その前に二つの座り心地の良さそうな、毛布がかかった長椅子が置かれ、左の長椅子には本が開いたまま背表紙を上に向けて置かれていた。

 暖炉側の壁には、本棚が端まで並び、重厚な革で装丁された色とりどりの本がぎっしりと詰まっている。

 階段から見て右手の壁には、どう見ても炊事場のそれらが備えられ、調味料らしきものが詰められた瓶が壁上部に備えられた棚の中に綺麗に並べられている。見たこともない赤い香草のようなものが壁から壁に渡された鉄製の棒に吊り下げられ、同じように肉もぶら下がっている。兎ほどの大きさだが、それよりも丸々と太っていて食べ応えがありそうだ。

 炊事場の壁の対面――階段から見て左の壁の方には、大きな寝台が一つ置かれていて、何枚もの毛布の上に毛皮の上掛けが一枚かけられている。大人四人が互いを気遣うことなく寝れそうな幅もあるのに、上掛けの毛皮は一枚から取られているように見える。こんなにも大きな獣がいるのだろうか? 寝台に面した壁の端には一つのタペストリーが掛けられていて、描かれた刺繍は五人の人間が大きな翼を持つ四つ足の動物と戦っている姿だ。

 階段と面している壁には、階段に続く扉とは別の二つの木の扉と、何が入っているのかわからない棚がずらりと並べられていた。

 

 どこに行ったのかしら……?

 

 シーナは部屋を一通り見渡した後に、男の姿が見えないためにのんきにそう思った。その直後、隣の扉が開けられて、先ほどの男が出てきた。身長は思ったよりも高くはなく、師よりも少し高いくらいだが、体の幅や厚みは二倍以上はある。亜麻の半袖の服に着替えたようで、丸太のような腕や服の上からでもわかるほど隆起した筋肉からは、恐怖しか感じなかった。シーナは無意識に一歩下がり、階段の一段めに足を掛けて無意識に体を隠した。


「おう、きてくれたか。逃げて行ったかと思ったぞおぬしら。外は寒いだろう、ここは星期の間中寒い。俺様には辛すぎる。だがなんとかやっている。おぬしら飯の最中であっただろう? 俺様が邪魔したからな、詫びとして俺様お得意の、溶岩草の煮込み肉を食わしてやる。暖炉んとこで待っていろ、すぐにできる」


 男はそう言うと、扉を閉めて四角い一つの瓶を持ったまま二人の前を横切って炊事場へと歩いて行った。二人は暖炉の方には行かずに、目の前を横切る男を緊張した面持ちで見送り、そのまま男の背中を見続けた。

 シーナと魔法使いは同時に目を合わせたかと思うと、魔法使いが目元を顰めて頭を動かし、暖炉の方へ行けとシーナに指図した。シーナは憤慨した表情で魔法使いを見返し、憤然とした態度で魔法使いに向かって同じ仕草を返した。魔法使いは弟子のその態度に驚きの目を剥いた。魔法使いは口元に笑いを浮かべながらも、短く息を吐いて気合をいれると、ゆっくりと暖炉の前に進み、本が置かれていない長椅子に腰掛けて暖炉の方へ目を向けた。シーナも遅れずに後をついていき、魔法使いの横にゆっくりと腰を下ろすと、体を後ろへひねって調理をしている全身凶器の男から目を離さないようにした。

 シーナはいつでも何事かに対処できるように、男から目を離さないようにしていた。どういった対処ができるかは全くわからなかったが、そうでもしていないと気がおかしくなってしまう。

 男は鉈のような包丁を使って、ぶら下がっていた肉を切っている。鍋に何がなんだかわからない草類を入れて、ぶら下がっている赤い草の葉も数枚ちぎって鍋に入れている。切った肉を鍋に入れると、その上から透明の液体をたっぷりとかけ、最後に透明の石英にも似た握りこぶし大の何かを入れると、蓋を閉じて鍋の下に向かって指を弾き、小石ほどのどろっとした飴のような炎の塊を生み出した。


 シーナは目を瞠った。〝指を弾いただけで火を生み出した〟わ!

 

 その炎を鍋の下にある窪みに転がすと、上に取り付けられた戸棚を開けて紅茶を飲むような陶製の杯を二つ取り出した。シーナは指で弾かれて生み出された炎に目も思考も奪われて、それ以降男が何をしているのかはわからなかった。

 シーナは空から羊が降ってきたのを見たかのような驚きに打たれ、魔法使いの方を風がなるほど勢いよく向いて声をかけようとした。魔法使いは魔法使いで、信じられない物を見る目で、食いるように暖炉の火を見ていた。シーナもつられて送った視線の先にあったものを見て、さらに驚いた。

 それは火ではなく輝く楕円形の大きな琥珀のようなものだった。大きさは、割った薪を三つまとめたくらいで、硝子のように透明な殻の中に、溶岩のような煌煌とした液体のような光が、水のように一定の時を刻みながら脈打ち、うごめいている。その不思議なものから絶えず放たれる光が部屋を暖かくしていたのだった。まるで何かの魔法を閉じ込めたかのように美しさを放つそれを、数秒見つめた後にシーナはようやく口を開いた。


「師よ、これは一体……」


「わからん……。まるで魔法を閉じ込めているかのようだ」


 後ろで調理をしている男が、太い声で笑った。


「魔法なんてもんじゃない。リデ・バガンの心臓だ」


 シーナは答えを求めて魔法使いに顔を向けた。魔法使いの顔は疑問に歪み、シーナを見返している。答えを知らないようだ。

 二人は男の方へ体を向けた。男は黙々と調理を進めている。動くたびに背中や腕の筋肉が隆起している。その沈黙に応えるように、男は調理をしながら太い声で言った。


「地中の動物の一種だ」そう言うと、振り向かずに杓子で壁のタペストリーを指した。杓子についたスープが跳ねた。


 シーナと魔法使いは部屋の反対に顔を向けて、五人の男が大きな翼を持つ怪物と戦っているタペストリーを見やる。


「リデ・バガンは、地下では最上級に君臨するやつでな。俺様と仲間で倒してやったのさ。一筋縄ではいかなかったが、この俺様、カイザスモーン様には勝てなかったってわけだ。んで、そいつの心臓をくりぬいて使ってるってわけだ。他に用途が思い浮かばなくてな」


「リデ・バガンなんて聞いたことがない……」魔法使いは一冊の書物を荷物から取り出すと、指を舐めて頁をめくっていく。


「ぬっはっは! そりゃそうだろうよ、お前達アスロスは地下には住んでいないし、地底種と遭遇するほどおりてこないしな」


「地底種?」魔法使いは、聞いたこともないぞ? と信じられないという口ぶりでカイザスモーンの方を見た。


 カイザスモーンは肩越しに魔法使いを見ると、「あぁ」と短く言った。料理が終わったのか、二つの陶製の上品な杯を似つかわしくないほど無骨な手で持って、二人に手渡した。おずおずと受け取った二人を、カイザスモーンは腕を組み、満足そうな笑顔を浮かべて二人を見おろしている。シーナと魔法使いの二人は湯気立つそれにおそるおそる口をつけた。


「どうだ? 美味いだろう?」


 シーナと魔法使いは揃って顔を強張らせた。その紅茶のようなものは、紅茶らしい琥珀色をしていたが、紅茶らしい香りを持たず、代わりに妙な味を備えていた。舌を駆け巡るピリピリとした刺激の後に、爽やかな涼しさを感じさせる香りが鼻を抜け、直後、大地に顔を叩きつけられたかと思うほどの強烈な苦味が舌を襲った。二人はこの奇想天外な風味に、


「美味しくない」など言えるわけもなく、ただ強張るしかなかったのだった。それでも魔法使いは無理に一口味わうと、神妙に頷きながら言った。


「いやはや、これは……珍しい。どこのものですかな?」


 シーナは魔法使いの大人の対応に感激し、心の中で初めて師として讃えた。


「吐かないなんて初めてだ。今まで飲ませたアスロスは、皆こぞって吹き出してたぞ。それはな、俺様たちヴェルグが誇る紅茶の一つ、リデ・バガンの小便だ」


 シーナは胃の中の空気を全て吐き出すように、蛇にも似た奇怪な音を発した。魔法使いは全てを諦めたかのように、杯の中の紅茶を揺らしながら笑っている。


「私たちに、小便を飲ましたのですな……。リデ・バガンという地底種の話、私たちをアスロスと呼び、自らをヴェルグと言った。あんたは一体何者だ?」


 男はシーナ達の前にある長椅子に腰掛けた。尻に轢いた本に気づき、尻を片方あげて取りあげ、音を立てて閉じると、力の漲る目で魔法使いを見据えた。


「俺様の名前は、カイザスモーン。アルヴェ大陸、〈魂の山〉の主、ベイルモーン=カイ岩王の息子だ」


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