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Belief of Soul〜繋ぐ者達〜  作者: 彗暉
第1章
24/75

Episode-24

 美しい庭を、心地よい陽射しと花の仄かな甘さをのせた優しい風が抜けていく。綺麗に整えられた芝は青々しく、人の織るどんな絨毯よりも優しく生き生きとしていて柔らかい。風にそよぐ度に陽の光を反射して銀に輝く姿は生きる歓びを歌っているかのようであり、そこにある全てのもの、風も光も陽の温もりも、風にそよぐ葉に色とりどりの花、そこに集う大小様々の虫は生命が織りなす美しさそのものだった。シーナは心の全てを手放し生命の美しさと姿を感じていた。目を瞑っていてもわかる風の動きや揺れる花、植物によじ登る虫たち……。

 この小さな庭はシーナの小さな王国だった。民は小さな虫や風に揺られて華やかに笑う草花だ。

 いつものように空を見る形で芝生に寝転がっていると、深みのある澄んだ山のような声がシーナを呼んだ。

――私の小さき太陽はどこかな?

 シーナはその声を聞いたが、自然の歓喜の歌を聴いていたくて、目を瞑り柔らかな芝生にとけ込んだ。

――ここにいたのか。

 シーナは一つ微笑み身を起こすと、優しい声の主に悠然と、それでいて楽しむように言った。

――お父様? この庭では、わたしは女王なのよっ。

 可愛らしい声で精一杯威厳を示す愛娘の姿を見て、シーナの父――国王は幸せに満ちた笑顔を見せながらも、やれやれといった様子でその場で右足を後ろに引いて膝をつき、左の手は胸に、右手は背中に回し、君主に対する臣下の姿勢をとってみせる。

――未来の女王陛下、お昼ご飯の時間です。御御足を運ばれてはいかがですか?

――嫌よ! 民が呼んでるの! 声に応えなきゃ!

 そう言うと、シーナは父に捕まえられるまで庭を駆け回った。

 気づけば夜だった。肌に吸いつきそうなほどなめらかな風にも似た心地の良い肌触りの天鵞絨を褥とした寝台で、美しい音を奏でる笛のごとく柔らかな声をした母が本を読み聞かせてくれている。

 だが途端に目の前が燃え盛る炎によってかき消され、次に見たのは狂った炎を着て叫びながら踊り狂う人達。目の前で燃え上がる最愛の両親。広間を埋める焼けていく肌の喉にはりつくような不吉な臭い、そのおぞましい光景は断末魔を音楽にして舞う、死の舞踏。シーナは息ができなくなった。逃げようと振り向いた先には、業火の怒りを目に燃やしたあの炎の狼が立ちはだかり、シーナを見据えるとその口に怒りの炎を猛らせて跳躍し……。


「おい、おい! 大丈夫か?」


 肩を揺さぶられ、激しい呼吸とともに悪夢から生還したシーナは、魔法使いを見ると一瞬、夢で襲われた続きと見間違い恐怖の波に瞠目し、わななき叫んだ。だが、霜の降りた朝の寒々しい空気と自分の白い息、続いて魔法使いの顔を理解すると、夢から覚めたのだと安堵し、荒げた呼吸を落ち着かせるために、ゆっくりと息を吐いた。


「悪夢を見たのか。無理もない、今朝は昨日よりも冷え込んだからな」


 魔法使いはいたわる眼差しを一瞬向けると立ち上がり、挑む眼差しで北を見やった。


「あと数日のうちにこのハイティオ山地を抜けて、あの白い山、デウリエ山脈に入る。心しておかねば。あの山は魔法なしで越えることは叶わん」


 シーナは朝のしんみりと澄んだ空気を吸うごとに、悪夢によって生まれた胸の痛みが薄れていくのを感じ、ゆっくりと長く白い息をはいた。


「デウリエ山脈……。広大なドノハデウス地方に存在する諸国の王の先祖たちがあそこを越えてこの地に来たんですよね。バーインス王国も、その隣にあるシルヴィアンス王国も」


「そうだ。魔法という天の賜物を持ってな。魔具を魔具たらしめる魔紋を拵えることができる秘石を持って来たのも彼らだ。ちなみに、ドノハデウス地方で魔法を使うのは北の三国だけだぞ。それより南で使えば帝国の連中にどんな扱いを受けるかわからんからな」


「秘石ってなんですか?」


「本に書いてあっただろうに。まずこれを見ろ」


 杖が戴く宝珠に描かれた、見えるようで見えない紋様をシーナに見せるために陽の光にすかして見せた。シーナは覗き込むように宝珠を見ると、何かに気づいたようすで声を洩らした。


「本当だ。気づかなかった。指環にも違う紋様が描かれていました。もっとずっと簡素でしたけど。わたしでも描けそうなものでしたわ」


「ほぉ? 言うじゃないか。あの指環は火に変える紋様と、それを制御する紋様が組み込まれた魔紋だ。こういった魔紋を彫るために使われるのが秘石という石だ。雪花石膏のような肌触りで美しく、それでいてどんな物にも傷をつけられるほどに鋭く硬い。あの石で彫らなければ魔紋は効力を持たない。私の研究でわかる範囲ではそうだった」


「見たのですか?」


「一度だけな。この手にも持ったんだぞ。私が知る限り、三つしかない」誇らしさを含んだ声で魔法使いは言った。


「そんなに珍しいのですか?」シーナは魔法使いの子供のように自慢するようすを笑いながら言った。


 魔法使いは獲物を見るような笑いを一つ浮かべると、もったいぶった口調でどことなく小さくなった声で言った。


「珍しいとも。一つはバーインス、二つ目はカリャクスに、そして最後はシルヴィアンスにある」


 シーナは魔法使いが魔法のことを語る時の熱の入った話し方が、別人の怪しいおじさんのように感じられて、どうも嘘っぽく聞こえてしまうのだったが、今回はお世辞ではなく真に驚いた。顔には出さなかったが、心の中では新しい冒険の本を読み始めたような、あの高揚感を感じていた。たった三つしかないなんて、まるでおとぎ話の宝物のようだわ!

 驚いていたものの、すぐにその浮きだつ好奇心が顔に出ていたら子供だと思われるかもしれないと思い、続いて出たのはありきたりの、それもシーナの嫌いな愚者の言葉だった。


「そんなおとぎ話みたいなこと、信じ難いわ」まさか自分の口からこんな言葉が出る日が来るとは思ってもいなかった。


「あるのだ、私は実際に見た上、この手で触ったのだ」心外だなと言いたげな口調で魔法使いは切口上で言った。


「たったの三つというのもできすぎと言うか、なんだかいやらしい話にも聞こえます。まるで三つの国を特別なものにするための口実みたいで」


「確かに、そう感じる者も少なくない。だが、大昔のそれこそ千年以上も前には一つの悪に人は脅かされていた。その時に魔法の力がなければ今日のような国は栄えなかっただろう。それを考えれば十二分に特別だ」


「待ってください。まさかおとぎ話を本気で信じているのですか?」今度のシーナの否定の気持ちは本物だった。いい歳をした大人で、昔に研究をして食べていた人間がおとぎ話を信じるなんてことがあるだろうか? もしそうなら、全てが……怪しい。


 魔法使いはシーナの態度に動じることもなく、自分は真っ当なことを言っていると、大河のように揺らぎない眼差しをシーナに向けた。


「そうだ。姿形がどうだったにせよ、その当時に悪は存在した。それが圧政を敷く君主だったのか、おとぎ話のように黄色の目をした漆黒の肌をもつ人間だったのかは与り知らぬところだ。だが、大きな戦いがあり、我々の祖先がそれを退けこの土地を勝ち得たのだ。その戦いでは伝説のような魔法が操られたと云われている。そして魔具がいくつも作られることとなり秘石が登場する。どうだ、十分に特別であろう? 私はそれをこの目で見て、この手で持ったんだ」


「そのおとぎ話が本当なら、山の向こうからやってきた王の先祖が、この世界を救いに降り立ち、苦しむ人々のために悪と戦った神の化身の血を継ぐ者というのも本当ですか? 王の先祖は神の化身にも負けず劣らずの魔法を操り、城を一撃で破壊するほどの風を起こしたとか、城ほどの炎の竜巻を操ったとか、国の境となっているサンス大河を創ったとかも?」


「なんだ、意外とおとぎ話を読んでるじゃないか」


 シーナは恥ずかしさを隠すために俯いたが、背筋を伸ばすと「村では当たり前です」と早口で攻撃的に言い、髪を右耳だけにかけながら顔をどこかの木の根元に向けた。


「それに気に入らないわ。どんな物語も王ばっかりが特別で、当たり前のように英雄になっていて。村の中で泥にまみれて暮らしてしまえば村人と変わりないのに」


 魔法使いは笑った。


「辺境の村で生まれたのなら仕方がないだろうな。いや、悪く思わないでくれ。辺境の村が外の情報を得るのは行商人か、偏った知識しか載っていない安物の本か、私のような放浪者からだろう? だが、これは確かなことだが、王の血が流れる者は不思議と魔法や武芸に秀でている。それとな、山の向こうの世界には魔法にも似た神秘という力があり、魔具を必要としないらしい。もしそれが事実なら? おとぎ話の中の存在だと思われている王の先祖たちの話は本当かもしれん。夢が膨らむだろう? 山の向こうには魔法に関わる何か大きなものがあるはずだ」


 そういうと魔法使いは勢いよく立ち上がり、何かを指で弾いてシーナの方に飛ばした。甲高い音を立てて宙を飛ぶそれをシーナは両手で受け止めると、ゆっくりと手のひらを開き確かめた。大きさの割に重さを感じるそれは、金の輪に赤い宝石を戴いた指環だった。環の内側にはシーナでも描けそうな紋様が彫刻されている。それを指で撫でると、シーナは顔を上げて微笑むと魔法使いの後を追って歩き始めた。早朝の静かで冷たい一陣の風がシーナの背中を押すように駆け抜けた。


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