Episode-19
外はとっくに闇が世界を支配し、夜の空気は少し重みのある涼しさを湛えている。人も数えられる程度しか外を歩いていない。その数人も足をふらつかせて帰路に就いているだけで誰もリークを気にしていない。店はどこもかしこも閉まっていて、二階の部屋から洩れる明かりだけが街の中に光をもたらしていた。リークは目当ての人物が路上の影になっている場所に立っているのを見て、一つ笑みを浮かべると近づいて行った。
「久しぶりだなリーク」リークよりもふた回りは歳が離れている老成さを帯びた太い声をもつ男――ジェミーは腕を組みながら言った。
「やぁジェミー。いつぶりかな」落ち着いた声で応えながらも手をポケットに入れたままリークは応えた。
「なんだ? 緊張してるのか。私の言いつけをしっかりと〝守ってる〟ようだ。怒られる謂れはないだろう」
リークは目線を下に落とし自信無さそうに口を開いた。
「ごめん。これでもしっかりやってたさ。一星期の間、おとなしく河港の人夫として過ごしてたし面倒も起こしてない」
ジェミーが嗜めるように片方の眉毛をあげてリークの目を見据えてから〈踊る肉と女〉に目線を走らせた。リークは必死に言い分を聞いてもらおうと両手を前に広げたが、ジェミーの鋭い目に射すくめられ言葉を呑み込んだ。リークは落ち着きを取り戻すために軽く笑って短い時間を作る。ジェミーは人の言い分を最後まで聞くし、しっかりと話すまで黙って聞く男だ。だが、何かを隠したり遠回しに言おうとするのをジェミーは嫌う。
「たいていの人夫と同じ暮らしをしてた。時折、金子が足りなくなることがあったから拳闘賭博で儲けてたんだ。本気でやったことはなかった。一つ二つの痣を作って終わりさ。それに頻繁ってわけじゃない。そうだな……二つ星に一回程度さ。いきなり消えてもすぐに忘れられるような人間と同じだよ」
リークは肩をすくめて片方の眉を上げて、どうってことはないというように笑顔を作った。ジェミーは黙って聞いていたときと変わりなく腕を組んだままだ。
「店主は随分とお前を信頼していたようだが。ここら辺だと一番大きい宿で、ニルニアの中でも二番目に有名な拳闘賭博場だ。そこの店主に憶えられている」
「大丈夫さ。俺を喧嘩の強いただの人夫だと思ってるだけだ」
「あの戦い方を見てか? 疑わずにいられると思うのか?」
「疑うだって? 俺が何か秘密の集団に属してるかもしれないとか? そんなバカなことあるもんか」リークは嘲るような笑いを声に含ませて言った。
「秘密の組織? それはない。お前はそんなんじゃない」
リークは顔を顰めて一瞬周囲に目を走らせた。
「そうはっきり言われると傷つくな、俺だって黒――」
「違う。まだな」ジェミーは諭すように続けた。「お前が〝ただの人夫〟ではないと思えば、出自を知りたがる。人は謎に引き寄せられるものだ。それが噂好きの下劣な奴らの目にとまれば……それが情報収集も仕事のうちの宿屋の主人なら?」
リークはばつが悪そうに唇を嚙むと何度も小さく頷いた。
「確かにそうだ。気をつける」ジェミーの片方の眉毛を上げただけでそれ以上は感情が読めない顔を見てリークは言い直した。「やりすぎたよ。。もっと平凡にしていればよかった」
ジェミーは鼻で一笑した。再会してから初めて見せた笑いだ。
「いいだろう。許す。あそこであの大男を殺さずにねじ伏せた冷静さは褒めてやる」
リークは得意げに笑顔を作ると大げさに恭しく腰を折った。
「だが、殺さなかったことを後悔するだろうな」
そういうとジェミーは暗闇が一層深い街の外れの方へと歩き始めた。リークは恭しい礼の格好のまま訝しむ視線をジェミーの背中に向けたが首を傾げると忘れるようにその後をついて歩き始めた。
リークはジェミーと肩を並べて歩きながら、拳闘賭博での取り分はいつ取りに行こうかと考えていた。だが、ジェミーが帰ってきたのならそれは仕事の話だ。――この仕事は金子が儲かるような話ではないがとても大事な仕事だ――もしそうなら早めに取りに行った方がいいかもしれない。ここを離れるとなったら必要なものになる。そう考えていたらジェミーが口を開いた。
「さっき言ったことだが」
リークは続きを待った。
「お前は違うという話だ」
リークはなんのことだか理解し、ため息を歯の間から洩らした。
「あぁ、俺が子供だっただけさ。まだ違うことくらいわかってる」
「いや。潮時だと思ってな。お前を連れていく」
リークは驚きのあまり足を止めた。ジェミーは気にとめる様子なく歩き続けた。リークは唇を舐めて唾を飲み込むと大股でジェミーに追いついた。
「狼派と違い、我々熊派は親と子の絆で結ばれている。子の独り立ちに必要な仕事には親も就く。今回の仕事を生き残ったなら、お前は一人前の〝熊〟となる」
リークは抑えきれない鼓動と高揚感に思わず笑いを転がした。
「〝闇に生きる小さな輝き〟」冷徹な声音でジェミー。
深呼吸をして落ち着きを取り戻したリークはジェミーに続いた。
「〝希望を灯し闇を切り裂かん〟」
夜は本格的に冷え込み始めたのか、忍んで笑うリークの息は白かった。




