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Belief of Soul〜繋ぐ者達〜  作者: 彗暉
第1章
18/75

Episode-18

 リークは宿場の壁沿いに地下室へ続く幅の狭い階段に向かいながら、待ち人を探して一階を見渡したが姿は見られなかった。きっと地下にいるに違いない。

 階段を下りて行き、十段ほどの階段の先にある鉄張りの木の扉を開けると、男達の歓声と共に濃い酒精の匂いと男の体臭、熱気が押し寄せてきた。

 地下室の中は動かなくても誰かの肩にぶつかるほど混み合っていて、誰もが部屋の中央をよく見ようとひしめき合っている。壁際に腕を組んでも人とぶつからない空間があるが、酒の飲み過ぎで潰れそうな輩がもたれかかっていたりするだけで、やはり皆が地下室の中央を見ようと集まっている。

 地下室の広さは一階の酒場より少し狭いくらいで、天井は手を目一杯伸ばしても届かないが、そこまで高くもない。地下室を支える支柱は四角形を描くように立っていて、中央には木製の胸の高さまである欄干が円を描いて広場を作っている。地面にはおがくずが撒かれているが、その円形の広場の中は堅く踏み固められた土の地面が剥き出しだ。その中央の欄干で囲まれた広場の中を見ようと男達がひしめき合って身を乗り出していた。

 端から端まで大股で五歩くらいの広さをもつ広場から、たった今一人の男が担ぎ出されてきた。手足には力が入っておらず、まるで骨無しにでもなってしまったかのようだ。円形の広場の中にいるもう一人の男は両手をあげて勝利の雄叫びをあげながら歓声に応えている。周りの男たちはそれぞれが誰かと話しながら硬貨のやりとりをしていた。決まって片方の人間は陽気な顔で、片方は苦虫を嚙みつぶしたように顔を顰めている。

 ここは拳闘賭博場だった。ニルニアの中では二番目に大きい賭博場であり、河港から離れているため地元の人間が必然的に多くなるのだが、ニルニアに通い慣れた男達が外れの街まできて稼ぎに来ることがあるために、たいそう賑わっていた。

 地下室にも仕切り台があった。ちょうど一階の酒場の仕切り台の真下にあるが、一階のものとは比べ物にならないほど簡素だ。装飾も塗装も施されておらず、灰色の乾燥した木材で作られていた。仕切り台の内側に扉があり、そこから給仕達は二階の厨房と行き来できるようになっていた。その扉から店主のバリムがちっとも楽しくなさそうな顔で賭博場へと入って来ると、誰かを探すように辺りを見合わした。

 リークはバリムが仕切り台の内側に現れるのを見てバリムの元へ人混みをかき分けながら向かった。


「おお、リーク。準備できているのか?」バリムは不安なのか、浮かない声で言った。


「もちろん」


「俺はまだだ」


 リークは眉をつり上げて笑った。


「まさか親方もやるのか?」


 今度は親方が眉をつり上げた。


「そんなわけないだろう。心の準備だよ心の。おい、奴にさっきの話を持ちかけてこい」


 バリムは店との賭け話をまとめる役目である〝賭け子〟に指図するとニャックを一気に呷った。細身だが頭のキレが良さそうな顔をした賭け子の青年は、人混みの中に消えて行った。

 ちょうどその時広場の中に二人の男が柵を乗り越えて入って行った。周りの視線が一気に地下室の中央へと注がれ、

「やっちまえ!」や「勝たせてくれぇ!」などと色々な言葉が入り混ざった。すると、突然辺りの熱気が高まった。戦いが始まったようだ。

 周囲の人間全てが何かと戦っているような獰猛さを帯び、それは掛け声にも現れていた。数分も経たぬうちに歓声と落胆、中央で闘っていた者のどちらかに浴びさられる罵声と賞賛の声が熱せられた鉄を入れた水のように湧き上がった。

 先ほど消えた賭け子が人と壁の間を滑るようにして仕切り台の元へ帰ってきた。リークはバリムの顔を見た。バリムは不安そうな顔で今にも何かに噛みつきそうだ。それはそうだ。向こうが賭けに乗らなけらばどうやっても負けを覆せない。


「どうだった?」バリムが訊ねた。


「百なら乗ると言っています」


 賭け子は平然と言った。バリムは酒杯の底に残ったニャックを揺らしながらそれに目を落として歯をすり合わせている。鋭く息を吐くとリークに向き直った。


「受けてくれるか?」


「乗りかかった船だ」


 バリムは心底安堵したように顔を綻ばせて頷くと、賭け子に目配せをした。賭け子はまたしても人混みの中へと消えて行った。リークは着ていたそこそこ上等な黒い革の袖なしの外套を脱ぎ、白木綿の上衣を脱いでバリムに渡すと上半身裸になって中央の広場へと向かって人混みをかき分けていく。

 広場を囲む円形に作られた木の欄干に片手だけを使い軽々と飛び越えると、土の硬い地面に飛び降りた。ここでは靴も禁止なため、リークは長靴を脱いで脇に寄せた。拳闘賭博に於いての決まり事は簡単だ。武器の使用禁止――指輪も駄目だ。目潰し、髪を掴む、噛みつく、股の間を狙うのも禁止だ。

 リークは体の至る所を伸ばすように準備運動をした。心はかなり落ち着いている。ふと自分は何をやっているんだろうかと呆れた。人と会う約束をしているはずなのに……。あの手紙の主はずっとここで待っているに違いない。なるべく目立たないようにしなければならないのに一番目立つことをしている。リークは怒られると思いながら気持ちを切り替えるために頭を振った。周囲の人間に目を走らせる。だが待ち人は見られなかった。

 ほどなくしてリークの対角線上にある人混みが静まりかえり、その中をリークよりも頭二つ分は体格の大きい男が進み出て柵を越えてきた。髪の毛は全て剃られ眉毛もない。鼻の筋は通っているが低く太い。顎も強靭で体はそれよりも屈強だ。筋肉の塊のようなやつだ――リークは苦笑いをした。あの大きさでもきっと速いに決まっている。掴まれたら一巻の終わりだ。

 周囲で騒ぎ立てる観戦者たちの大半が、目の前の巨体に賭けているようで、巨体に向かって声を張り上げている。リークは自分に賭けている人間が少ないことに驚きを感じた。今までどんな巨体も地面を舐めさせてきたのに、皆それを忘れているようだ。リークは相手が本気を出す前に片付けることに集中した。後ろを振り向き仕切り台の方へ目をやると、バリムが酒杯を唇につけて落ち着きなく指で酒杯を叩いている。そうとう心配しているらしい。もっとも、俺の身の安全というより銀貨の安全だろうが……。

 リークは暴力の肉の塊に向き直った。闘いの始めの合図は簡単だ。二人が拳を突き出したら開始だ。リークはなんの意志も込められていない物を掴むように拳を突き出した。それを見た相手は拳を突き出すと同時に走り出し、大振りな一撃をお見舞いしてきた。

 リークは一切の動揺を見せずに瞬時に両手を前に構えると、その一撃に自ら進み出て体を捻りながら相手の突き出された腕を掴むと、自分は外側に体を移した。目の前には相手の伸びた腕がある。リークはその腕の肘めがけて拳と手首の間で打ち据えた。普段なら相手の腕は折れていたが、物足りない衝撃を感じただけで折れなかった。なんて体してるんだこいつは。リークは心の中で薄ら笑った。

 相手は痛みに怒りを迸らせて、もう片方の腕で鋭い一撃を繰り出してきた。だがそれすらリークは少し身を屈めただけで躱すと、その反動を利用して真下から相手の顎を天に向かって真っ直ぐと撃ち抜いた。歯が強烈に噛み合う音と堅いものがぶつかり合う鈍い音が響き、相手は一瞬ふらついたように見えたが、何事もなかったかのようにリークに顔を向けて掴みかかろうと両手を伸ばしてきた。掴まれたら最後。どうあがいても力では敵わない。

 リークは掴まれる直前に相手の両手の手首を掴むと、思い切り地面に落ちるように体重をかけて相手の腹に足を突き出し後方へと飛ばしてみせた。相手は背中から柵にぶつかり頭から地面に落ちて獰猛な唸り声をあげながら立ち上がろうと顔を上げた。それをリークは見逃さなかった。一歩勢いをつけて膝で相手の顎を横から蹴りこんだ。その一発で筋肉の塊のような男は地面に崩れ落ち、動かなくなった。

 地下室は地面が揺れるほどの歓声という歓声に包まれ、次々と広場の中にニル硬貨が投げ込まれた。それを賭け子が拾ってゆく。賭けに負けた人間ですらリークに拍手を送る。リークは観客たちに笑顔を作り肩を上げておどけて見せた。バリムが人混みを掻き分けて柵の中に入り、リークを抱きしめると大声で何度も「よくやった!」と言って裸の背中を赤くなるほど強く叩いた。

 その時だった。


「満足か、熊の子よ」


 歓声とリークの名を呼ぶ喧騒の中でもはっきりと聞こえたその声に、リークは冷静さを取り戻し、すかさずあたりを見回した。どこもかしこも興奮に染まりきった表情がリークを見ているだけで、声の主らしき人物は見られない。だが誰だかはわかる。リークはバリムに取り分は後で取りに来ると伝えると、賭け子が差し出す硬貨をポケットに突っ込み拳闘賭博場から出て一階の酒場に出た。入り口の方を見ると、丈の短い焦茶色の革の上着を着た男が扉に手をかけていた。扉を開けて〈踊る肉と女〉から出て行くその背中は久しく見ていなかったが忘れるはずもない見慣れたものだった。リークは大股で酒場を歩き〈踊る肉と女〉を後にした。


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