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Belief of Soul〜繋ぐ者達〜  作者: 彗暉
第1章
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Epispde-12

 魔法使いは一時間も寝ていなかった筈だと、空を見上げながら思ったが、東の空に浮かぶ丸く輝くイレルの白い姿を見て予想以上に寝ていたのだと悟り、ばつが悪そうに白いものが多くなった顎髭をかきむしった。同時に村娘のことを思い出し辺りに目を走らせた。姿が見当たらない。あまりにも遅い、と魔法使いは一種の怒りを抱いた。勝手についてくると言いつつ心配をかけさせる村娘に対してもだったが、他人と距離を置くと決めていたのに待つどころか気にかけている自分に腹が立った。

 このまま見捨ててしまおうと自分に言い聞かせた。今まで通り一人の方が気楽だ。あんな年頃の娘は難しい。そもそも女は何を考えているかわからんのだ。だいたい村を放っておいて抜け出すとは……家族がなんと思うか。ああいう、自分は大人になったと思い込んでいる子供には痛い思いが必要だ。置いていってしまおう。その内腹でもすかせて村に戻るだろう。

 魔法使いは背負い袋を担ぎ杖を手にすると北に顔を向けて、南を振り返った。顔に皺を寄せて歯をすり合わせ、杖を何度も握り直したが、やがて「ええいっ!」と言うと来た道を引き返して森に入った。

 魔法使いはシーナの痕跡がなかなか見つからないことに焦る気持ちと安堵を同時に抱えながら森の中を歩き回った。村に戻ったのだ。だがもし谷に落ちていたら?

 やがてはち切れんばかりの背負い袋が地面に鎮座しているのを見つけ、ひやりとしたものが魔法使いの中で揺れた。どこに行ったんだ? 荷物を放棄して逃げる程の何かと遭遇したのか? もしや獣か……。

 そう思ったのと同時に、背負い袋の後ろから、腰ほど高さの四つん這いの獣が躍り出た。濃い茶色の剛毛に、腹のところに黒い縦縞の模様があり、顎は前にせり出し醜いほど大きく横に広く笑っているように見える。目までの傾斜に二つの切り裂かれたような鼻腔がある。前足から肩にかけての筋肉が発達し、地面についている長い前足に生える五本の黄色い爪は暴力を具現化させたように醜い。毛のない尻尾をもつ人にも似た姿には嫌悪感以外何も抱けない。

 グズリか。

 人をも襲う狡猾な雑食の獣で珍しい。普通の獣とは違って知能が高く、獲物で遊ぶことを知っている。幸いと言える要素は群れないことくらいだ。北の辺境地にいると言われていたが、実物を見るのは初めてだった。書物に描かれた絵よりも醜くい。

 グズリは魔法使いを見つけると、切り裂かれたような鼻腔を興奮したようすで開閉し、立ち上がって警戒と威嚇を余すことなく籠められた黄色い瞳で魔法使いを睨みつけた。

 魔法使いはグズリの血塗られた顎を見て絶句した。冷たい手ではらわたを握られたような気分だ。だがすぐに猛る怒りが自らの内に迸り意識で固め込んだ。

 次の瞬間、魔法使いは即座に魔力を杖に注ぎ杖と繋がったと意識するまでもなく軽く横に振るった。その動きに合わせて、空気を焼く音をたてながら火炎の棒が宙に漂ったかと思えば鋭く舞って一直線にグズリに放たれた。炎の矢は一瞬の間にグズリの顔に到達し、グズリは甲高い悲鳴を上げて飛び退った。

 甲高い情けない吠え声をあげながら、手で顔を覆うグズリに、魔法使いは追い討ちをかけるべく、今度は煌々と炎耀く岩漿さながらの烈炎の鞭を創り出し、覆っている前足に打ち放った。杖の宝珠から伸びる烈火の鞭は一瞬の焼ける音と共に一本の前足を切断し、続けて体を打った。グズリは怒りと苦痛に満ちた吠え声をあげ、灼けただれと増悪に染まった顔を魔法使いに一瞥くれると、森の中へ逃げようと駆け始めた。

 だが、魔法使いは容赦無くとどめの魔法を放った。それは美しく、魔法でしか生み出せない炎によって象られた狼にも似た炎の獣であった。それは一つの跳躍で逃げるグズリに襲いかかると、猛々しく獰猛な炎の牙でグズリの体を八つに引き裂いた。その肉片は地面に落ちる前に塵と灰に化していき跡形もなく消え去った。

 炎の獣は業火の遠吠えとともに、夜陰が深まる森の空気に蝋燭の火が消えるかのようにして一瞬のうちに消滅した。

 魔法使いは冷たくも壊れてしまいそうなほどに速く打つ自分の心臓の音に震えながら、背負い袋へと近づき、グズリが躍り出てきた場所を見た。シーナの食いちぎられ、無残にも臓物を散らかした死体を想像し、覚悟したが、そこには何もなく魔法使いの心臓は溶けるように熱い血を感じながら強く脈打った。深い吐息とともに、顔に滲み出た汗を手の甲で拭う。

 背負い袋の横たわる地面には亀裂が走っていて、地面のいくつかが陥没している。侵食された洞穴でも下にあるのだろう。

 背負い袋は亀裂を跨ぐように置いてあり、魔法使いはひとまず背負い袋を川岸に運び出すことにした。

 創造した際の操り手の意思を引き継ぎ、魔力が切れるまで動き続ける土人を創るべく、グズリを葬った時の意識の塊であり力である魔力を使った。土人の姿と命令を明確に想像しながら、杖の宝珠を地面すれすれまで近づけ、天に向かって軽く振り上げた。

 すると、地面の大人二人分の面積が沸き立つ水のように動き始め、噴水のように土を隆起させながら高さを増していき、大男程の大きさまでくると卵の殻の半分を地面に伏せたような形に固まって動かなくなった。そして、それは内側から力を加えられたかのように外側に罅が走り、ほどなくして土の殻は内側から破られ、土人が姿を現わした。 

 人の形をした無骨な姿で、踏み固められた地面のような表面をしており、顔も歪で、それとなくわかるように凹凸があるだけであったが、土人の見て呉れには事足りた。

 土人は一歩踏み出す度に、僅かな量の土を体から落としつつ、重くゆっくりとした足取りで背負い袋に近づいていき、それを軽々と持ち上げた。驚いたことに、持ち上げたのは背負い袋だけではなかった。

 背負い袋を背負った状態のシーナが、まるでおまけのようにぶら下がっていたのだ。泥だらけのシーナは、恐怖に顔を引きつらせながら、小動物のように縮こまって辺りを見回し、土人を視界におさめると、短い叫び声をあげて非力な蹴りを土人の顔にお見舞いした。

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