Episode-13
空に暗闇が訪れ、一筋の橙色と一層濃くなった藍色が今暫くの別れを告げ合っている空の下、魔法使いとシーナが腰を下ろしている周りには火の明かりで影が踊っていた。二人は焚き火にかけられた小さな吊り鍋を挟むように座り、魔法使いは小さな小刀で芋の皮を剥いている。
「あ、それ一昨日収穫したものです」
「村長は昨日の朝収穫した物だと言っていたがな。それで、嬢ちゃんは村を出てどこに行くつもりだ?」
魔法使いは乱雑に剥かれ所々皮の残った芋を、煮立っている鍋に入れながら抑揚なく尋ねた。
シーナは、両手で包むように持った木製の底の深い杯から立ち昇る湯気に目を落とした。魔法使いはそんなシーナのようすを一瞥して確認すると、鍋の中に視線を戻した。
とうとうと流れる川の音と煮え立つ鍋の音が二人の沈黙を見守っている。
「わたしをお供させてください」
「答えになっていないぞ嬢ちゃん。どこにいくんだ? そもそもなぜ村でてきた」
魔法使いは手を止めてシーナの目を見て聞き返した。シーナは一瞬目を下に向けたが深呼吸すると背筋を伸ばし、魔法使いを真っ直ぐに見据えた。
「わたしは村で育ちました。世界は広い……それなのにあの村で一生を過ごすなんて耐えられないわ。広い世界で全てを捨てて生きることができるなら……何もなかった誰でもなかった自分を自分として生きられる! だからです」
「だからですってそんな簡単にいかんだろ」
「わかってます。それでも行かなきゃならないんです」
魔法使いは横に置いてある芋を掴むと再び皮を剥き始めた。
「世界を見たいという気持ちはわかるな。だが、村はどうするんだ。家族はどうする。見たところあの村はでかい上にそれぞれに役割があるようじゃないか。生きるために必要な力の集合体の一部として嬢ちゃんは必要とされてるんじゃないのか? それに将来嫁ぐであろう女一人でも欠けることは大問題のはずだ」
「ご配慮うれしく思います。でも、それについては問題ありません」
その生気と色を失った枯れた風のように事務的な声に魔法使いは思わず手を止め、シーナの淋しさを通り越し虚を湛えた顔を見た。
愛や喜びといった緑や花を咲かせていてもいい歳なのに、その豊かさを過ぎ去りし過去のものとしたような、残酷な悲しさを秘めた一つの芸術のような笑顔に、魔法使いは憐憫以上の心を抱いた――この娘は何かを失っている。戦争の被害に遭った子供達がこんな顔をしていた……カリヌもだ。
「そうか、だが一つ教えてくれ。帝国兵から逃げてきたんじゃないのか?」
魔法使いはシーナの目を射抜くように見た。
「まぁ、あんな鎧を着た男の人達がたくさん村に来たことはなかったのでびっくりしましたけど。違います。村に家族はいないので未練もなかったんです」背筋を伸ばして、火の季に咲き誇る満開の花のような笑顔を浮かべて言った。
「そうか」
「魔法使いさんの名前は?」
「好きに呼べ」
魔法使いはシーナが両手で持つ木製の水呑みに向かって顎をしゃくった。シーナは一拍おいて意図を解したように微笑むと、そのまま両手を突き出し魔法使いに手渡した。暖かな白い湯気と共に、村で獲れた野菜の汁がよそわれる。
夜の君イレル。その青白く荘厳な輝きが柔らかく地上にそそがれ、ささやかな風が薄絹のように焚き火を撫でて揺らし、まるで二つの運命がぶつかったのを体現するかのように焚き火の炎が音を立てて爆ぜた。




