Episode-14
目を醒まして朧げに片目の瞼をあげると、映ったのは部屋の天井だった。一瞬持ち上げただけで瞼はすぐに閉じられた。再び微睡みの奥深くに沈んでいく意識を手放す快感を感じながら、思考を巡らせた。俺はどっち向いて寝てるんだ? 一瞬見えた部屋の天井の板の向きと、梁の走っている方向がいつも寝ている向きと見える位置が違う。
もう一度目を開けて見て頭を働かせるが完全にはわからない。どうやら体が左向きに四分の一回転しているらしい。
両開きの閉じられた木板の窓の方を見ると、外の明かりが部屋の中に洩れていた。窓の横にある机には火が灯った蠟燭が載っている。枕の下に隠してある投擲用の小刀を取ろうと枕の下に手を伸ばした。無い。いつもの場所にないんじゃまったく意味ないぞ。そもそも枕の位置が変わっている。
仕方なく寝台の横に手を伸ばし、寝台と褥の間に手を入れた。望んだ物に手が触れると、それを掴み、重そうに両目を開くと蠟燭の火めがけて投げた。木の板に小刀が突き刺さる音と同時に蠟燭の火が消えた。この魚の生臭い蠟燭の臭いはなんとかならないのか。そう思いながら身を起こすと寝台の端に座り顔を撫で下ろし、外の明かりを洩らしている両開きの窓に近寄ると、扉を外に向かって開け放った。
太陽の明かりと外の喧騒が男を呑み込んだ。男は変わりのない、いつもの風景に意味もなく笑いをこぼした。二階からだと街の通りの喧騒具合がよく見渡せる。
「今日もフレルの恩恵に感謝します……と」
男は青年の域を脱した大人びた顔を、眩しそうに空に向けると大きくあくびをかきながら伸びをした。体は無駄な肉が削ぎ落とされ引き締まっており、日に焼けていた。明るい茶色の髪は全体的に短いが、少し癖のある髪で前髪をかきあげて後ろに流している。眉は太すぎずも男らしく、褐色だが時折緑色を覗かせる目はどこかやる気を感じさせない。全体的には細身の筋肉質であり、顔も悪くない部類の男だった。
「おいリーク! てめぇ今日は朝番変わるっつったろが! さっさと働きやがれ!」
リークは体を伸ばした時の気持ち良さそうな顔のまま声が飛んできた地面の方を見下ろした。拳を振りかざした上半身裸の坊主頭の男が赤い果実を囓りながらこっちを睨んで吠えている。やれやれ、気持ちがいい朝だったのに。
「いくよ。そんなに怒鳴らなくったっていいだろうに」
リークは喚き足りないのか声を張り上げ続けている男を気にとめる様子もなく部屋の中に戻ると、寝台の横に脱ぎっぱなしにされた紺色の仕着せ――太い質の悪い亜麻糸で織られたもの――を着ると一階に下りていった。一階は酒場になっていて、小汚い人夫やその日限りの人足などが客として訪れる場所だ。こんな場所にわざわざ泊まろうとする船乗りはいないため、ほとんどがいつもの顔ぶれだ。リークはこの宿場〈夢見る魚〉の二階の一つの部屋を借りていた。
「パンと肉、水くれ」
小太りの無愛想な給仕の女に言うと、リークは店の扉から一番離れた席に座った。入り口から店内の全てが見渡せる席だ。おまけに部屋の角は話し声が聞き取りやすい。木造の六人掛けの長方形の食卓が規則正しく並べられていて、数人の男がまばらに座っているだけで静かだ。二人の男がカード遊びをしていて掛け金を積む音が聞こえてくる。
無愛想な割に仕事は早い給仕が、一つの愛想も見せずに盆に頼んだものを載せてやってきた。優しさのかけらもない、悪意もないが雑な作業でパンと肉を乗せた一つの大皿を卓上に乗せた。水の入った薄汚い木の酒杯は把手もない。給仕の女が置いた拍子に中の水が飛び跳ねた。だがそれを気にとめる様子を見せずに、リークは快い笑顔を給仕の女に向けた。もう八星間はこの宿で過ごしたよな。ということは二つ星はここで過ごしたはずなのに、この女は一回も笑みを添えてくれたことはない。
「うーん、今日もいい香りだ。君の笑顔があればもっといい朝食になるのにな」
話しかけたのはこれが初めてだった。給仕の女は何一つ感情の色を湛えていない目でリークを見下ろした。
「笑顔は、タダだろ?」
給仕の女は自分の人差し指の先を舐めると、まったく表情を変えずにリークのパンにその指を突き立てた。リークは驚いたが笑みは崩さずに指が突き立てられたパンに顔を向けた。どういうことだ? これは侮辱か? それとも新手の誘いか?
給仕の女は何事もなかったかのように指をパンから抜くと、盆を脇に抱えて仕事に戻っていった。リークは笑みを湛えたまま目をぱちくりさせて首を振った。




