↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
9/19

第9話 これはどう見ても裏切りだ

 それから数日が過ぎたが、事態は一ミリも動かなかった。

 僕に与えられた任務は、SNS担当である。

 とはいえ、やることは前と大して変わらない。

「十月二十六日生まれの転生者を探しています。マンテという名前に心当たりがある方は連絡ください」と投稿してみたが、返ってくるのは相変わらず、イタズラか、妄想を抱えている人たちからのメッセージばかりだった。

 中には「私も転生者です。前世はドラゴンでした」という猛者もいた。ドラゴンの生まれ変わりとは、なかなか凝った設定だ。


「でさ、その新しいゲームが、時間溶けまくってやばいのよ」

 僕がスマホの画面を見つめていると、隣の席から橋本がゲームの話を投げかけてきた。

「お前、ゲームばっかりしてて大丈夫か? もう少しで試験期間に入るぞ」

「だって家に帰っても、やることなくて暇なんだよ」

 そこまで言ったところで、橋本の目が冷たく光った。

「……お前と違って彼女もいないしなあ」

 怖い。あの日以来、勘違いされている。違うと言っても鼻で笑われるのだ。

「そこまで隠さなくても」と返される。


 平坂は確かに美人だ。美人だけど、何というか存在に現実味がない。テレビの中の芸能人というか、遠い世界の住人みたいな、壁を感じてしまう。

 中身が元魔王というのはさておき、趣味も、好きな食べ物も、どんなところに住んでいるかも、何も知らない。何も見せようとしないのだ。

 そんな平坂が彼女? あり得ないだろう。あり得ないよ。あり得ない。……たぶん。


 平坂からは、毎日のように進捗を尋ねるメッセージが届く。

 既読をつけてから返信するまでの時間が、日に日に長くなっていた。

 教室で顔を合わせるのも気まずい。だから今は、マンテ探しに集中したい。


「一応聞くけど、橋本の誕生日は何月?」

「え? 俺、来月だけど。何? お祝いしてくれんの?」

 宮森さんと出会ったときに感じた、何かに引き寄せられているような感覚。

 この感覚が正しいのであれば、マンテは思ったより近くにいるのかもしれない。

 まさか橋本がマンテ……なんて展開を期待したが、違ったようだ。

「ファミレスで飯くらいおごってやるよ」

「贖罪のつもりか」

「だから違うって」

 そんな会話をしつつも、僕と平坂が付き合っているだなんて、本当は橋本も思っていないのだろう。

 なぜなら釣り合っていないからだ。二人の間のギャップがあればあるほど面白いから、いじってきているのだチクショウ。

 レア度URの平坂と比べれば、僕なんてNだN。ノーマルかノーヴィスか知らないが、とにかく下の方。勇者の記憶があって、かろうじてRくらいか。

 そこで考えるのを止めた。自分で自分を傷つけて、僕はもうボロボロだった。


*


 その夜、僕は何かヒントになるのではないかと、「転生」や「生まれ変わり」といったキーワードについていろいろと調べていた。

 そんな中、面白い記事を見つけた。


 ――戦士症候群。

 八十年代に漫画やオカルト雑誌の影響で、そういうムーブメントが起こったらしい。

 曰く、何者でもない若者が、何者かになるために、前世の記憶を作り上げるのだ。

 そして、その記憶をたよりに仲間を集める。

 オカルト雑誌には「前世の仲間を探しています」といった投稿があふれていたらしい。

 とある人物によると、それは「アイデンティティーの自給自足」と評されていた。

 なかなかに厳しい評価だと思う。


 今の時代だと、SNSなどでも同じ現象が起きている。

 過激なことをして動画を全世界に公開することで、他人に認められようとする。

 戦士症候群が内向きのベクトルだったのに対し、こいつらはベクトルが外向きなのだ。いや、インターネットが外向きにさせてしまった。その結果、人様に迷惑をかけて、社会問題にまでなってしまっている。


 よく考えてみると、僕がやったSNS投稿は、八十年代の自称戦士たちがやっていたことと同じではないか。

「アイデンティティーの自給自足」という言葉が突然自分に向けられた気がして、スマホをベッドへ放り投げた。


「にいちゃん、ここのボス強すぎ」

 ノックもなしに入ってきた蒼真が、僕のベッドに腹ばいになって携帯ゲーム機を睨んでいる。自分の部屋でやれ、と何度言っても聞かない。


 画面を覗き込むと、剣を構えた少年が、いかにも禍々しい格好をした何かと向かい合っていた。ファンタジーもののRPGらしい。

 前世での戦いを思い出し、少し興味が湧いた。

「それ、どういう話なんだ」

 蒼真が、驚いたように顔を上げた。

「にいちゃん、ゲームの話とか興味ないじゃん」

「まあ、なんとなく」


 弟は待ってましたとばかりに、身を起こして喋り始めた。

「あのね、この世界には魔王ってのがいてさ。めちゃくちゃ悪いやつなの」

「ほう」

「村を焼くの。人間を家畜みたいに柵に入れて飼ってんの。あとお城の王様に呪いかけて、じわじわ苦しめて殺したんだよ。趣味で」

「……趣味で?」

「そう。趣味で。あとね、子どもをさらって兵隊にするんだよ。ひどくない?」

 ひどすぎる。というかそれ、本当に小学生がやっていいやつなのか?


「で、その魔王を勇者が倒しに行くんだけど、今仲間集めしてるとこ」

 蒼真は画面を掲げてみせた。少年の頭の上に、体力を示す数字が並んでいる。あんなものが見えたら、どれだけ楽だっただろう。


「まあでもさ」

 弟は、ごく当たり前のことのように続けた。

「勇者がいなかったら、人類なんてとっくに滅んでるよね」

 一瞬、心臓が跳ねた。

 蒼真は僕の顔色になど気づかず、また画面に戻っていく。ぴこぴこと軽快な音が鳴っている。


 落ち着け。

 ゲームの魔王と、平坂は違う。分かっている。ダリューゼは人を家畜にしていないし、子どもをさらってもいない。……たぶん。少なくとも僕は、そういうことを聞いた覚えがなかった。


 だが。

 僕は、天井を見上げた。


 僕は今、何をしている?

 魔王を、元の世界に帰そうとしている。

 勇者ユグレトが死んだ、あの世界に。

 魔王を倒せる者が、もういない世界に。

 背中に、冷たいものが走った。


 考えてみれば当たり前の話だ。あの世界の人々は今ごろ、魔王が倒れたことを知って、喜んでいるはずだ。

 何百年、いや、歴代の魔王との戦いを考えると、千数百年ぶりの平和を、噛みしめているはずだ。村を建て直し、畑を耕し、子どもに読み書きを教えているかもしれない。

 その世界に、僕は魔王を送り返そうとしている。

 しかも、よりによって、勇者だった僕の手で。


「……最悪だ」

 思わず声に出た。蒼真が「なんか言った?」と顔を上げたので、なんでもない、と首を振る。


 なぜ今まで、こんな単純なことに気づかなかったのだろう。

 いや、分かっている。

 あの喫茶店で、平坂に頼られた。二人だけが分かる話ができるのが、思いのほか嬉しかった。放課後の人探しなんていう、ちょっと探偵じみた真似が、それなりに面白かった。

 クラスの連中に冷やかされるのも、正直、悪い気はしていなかった。あの平坂永遠と、自分だけが共有している秘密がある。自分が特別な人間になったような気がして、気持ちよかったのかもしれない。


 何が元勇者だ。

 前世の記憶があるだの、同い年の連中とは違うだのと、心のどこかで思っていたくせに。結局、綺麗な女に頼られて舞い上がっていただけじゃないか。

 そう、僕はいい気になっていたのだ。


 一度は世界を救った男が、たった数日で、その世界を売り渡す側に回っていた。

 向こうの人たちからすれば、これはどう見ても――

 裏切りだ。


 スマホが震えた。

『進捗はどう?』

 平坂からのメッセージだった。まるで監視でもされているかのようなタイミングで、「逃げられないぞ」と言われているようだった。

 僕はしばらくそれを眺めてから、画面を伏せて、枕に顔を埋めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。