第8話 話を聞かない人
「協力、ですか。マンテって人を探せばいいんですか?」
それだけではない。記憶を取り戻して、さらには魔法まで使えるようになってもらわなければいけない。
だが今、そこまで言うべきではないと思った。
「あ、協力って言っても、もちろんできる範囲で構わないんだけど」
フォローして気づいた。なぜ僕が勧誘する側にまわっているのだ。そもそも朝までは断ろうとしていたのに。
「あなたにとっても、悪い話じゃないと思うの」
平坂はテーブルの上で指を組み、まっすぐに宮森さんを見た。
「……あなたはずっと、自分が何者なのか分からないまま生きてきたんじゃない? 頭の中に、自分以外の何者かがいる。誰かに話しても、笑われるか、心配されるかのどちらか。だから、誰にも言えなかった」
宮森さんの肩が、わずかに動いた。
「私たちは笑わないわ。だって、同じものを持っているから。私たちは仲間なのよ」
……こいつ、うまいなあ。
「それにね。あなたが思っているより、前世でのあなたは、ずっとすごい人だったのよ。私が保証する。魔王だった私が」
声の調子も、間の取り方も、完璧だった。
さらには、魔王だった私が保証する、ときた。最期の最後に自分の格を差し出したのだ。
これが、何百年も魔族を束ねてきた者の交渉術か。
宮森さんは、丸眼鏡の奥の目を潤ませ、深く、深く頷いた。
「はい。やります。お手伝いさせてください」
「賢明ね」
平坂が満足そうに微笑む。
「集まるのは毎回ここを使ってもらって構いませんよ」
「それは助かるわ」
「真白様に頼まれたら、断れるわけないじゃないですか」
平坂の指が、ぴきりと止まった。
「真白様は私の憧れですから」
「ちょっと、私は? 今の私のありがたい話は?」
「あ、真白様、コーヒーおかわりいかがですか?」
「あ、もらおうかな。でも様はやめてくれ」
「儂の話を聞けええええ!!!」
魔王が吠えた。店の奥から「栞ー、大丈夫ー?」と暢気な声が飛んでくる。宮森さんは「だいじょうぶー」と返してから、にこりと笑った。
「あ、でもお店的にはすごく助かります。夕方って暇なので。お二人が来てくれたら、父も喜びます」
商売の話まで始めた。
この子、実はものすごく強かなのではないか。アルの片鱗が見えた。
「では改めて。これからよろしくお願いします、真白様、平坂さん」
「様はやめてくれ」
「私のことは栞でいいですよ」
この子、こういうところあるよなあ。人の話を聞かないところ。
「もしくは前世でのように、アルストロメリアとお呼びください」
誰もそんな名で呼んでいない。
「そんな名前で呼ぶと長いじゃない」
平坂がむくれて言った。
「あ、実はミドルネームもあるんですよ」
平坂が言葉を失った。魔王が、一日で二度も敗北している。
平坂の、論理的なのに感情を揺さぶる語り方。
それに勝てるのは、「話を聞かない人」なのかもしれない。
まさに天敵である。
いや、アルは天才と呼ばれていた。もしかして宮森さんも計算づくで……。
気の抜けた笑顔の宮森さんを見て、それはないな、と頭を振った。
「宮森さん、よろしく」
長くなりそうだったので無理矢理着地させ、ようやく本題に戻った僕たちは、次の目標について確認した。
つまり、四人目であるマンテのことだ。
「そいつは、どういう奴だったんだ」
僕が聞くと、平坂は少し考えてから答えた。
「私の配下には四人の幹部がいたの。日本語でいうところの四天王、みたいな言葉で人間たちは呼んでいたわね。その四人のうちの一人よ」
なるほど、確かにそうだった。が、マンテだけは情報がほとんどなく、名前すらも昨日初めて知ったくらいだ。
「まあ、実際は四天王なんて大層なものではなくて、私の下に部門ごとの長が四人いただけ。軍事、外交、内政、そして祭祀」
「祭祀?」
「マンテは祭祀の長で、儀式や葬祭を取り仕切っていたわ。だから蘇生魔法という、戦場ではまず使わない術を持っていたのよ」
納得がいった。あの最終決戦で蘇生魔法が飛んできたのは、普段は前線に出ない文官が、たまたま最後まで生き残っていたからなのだ。
「で、そいつをどうやって探す?」
同じ誕生日、同じ市内。手がかりはそれだけだ。
「まずはそれぞれできることを試しにやってみましょう。うちの学校で探すのは私が。宮森さんは東高をお願い。不来方くんは――」
「僕は?」
「SNS担当。……今度は騙されないでね」
何も言い返せなかった。
こうして、僕たちの、あまりにも地味な人探しが始まった。




