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第7話 引き寄せられているような

「宮森栞(みやもり しおり)です」

 彼女は頭を下げ、改めて名乗った。

「不来方真白です。……あと、ユグレト様っていうのは、やめてくれないか」

「では、真白様で」

「そういうことじゃない」

「平坂永遠よ」

「存じておりますよ。まさかあの有名な平坂さんがダリューゼだったとは」

「そっちは『さん』なのに、なぜ僕だけ『様』付けなんだ」

「勇者様ですから」

 理屈になっていない。同い年の女の子に『様』付けで呼ばれたくないし、それを良しとする男になりたくない。


 とはいえ、話は進めなければならなかった。

 宮森さんは、店の奥にいた店長らしき人物、つまり彼女の父親に「昔の友達が来てるので、休憩をもらってもいいか」と交渉し、OKをもらってきた。

 父親も、その「昔の友達」が前世での話だとは、夢にも思わないだろう。

 それで今、三人で向かい合っている。


「もう一度聞くわ。ディゼラのこと、どうして覚えていたの?」

 平坂の問いに、宮森さんはうーんと首をかしげた。

「覚えていたというか、真白様がスプーンでかき混ぜてるのを見たら、ふっと」

「それだけ?」

「それだけです」

「では、ディゼの実がどんな形をしているか言えるかしら」

「……すみません、分かりません」

「ディゼの実を粉末にする際に唱える、あの馬鹿みたいに長い口上は」

「なんですか、それ」


 平坂が、僕のほうを見た。僕も平坂を見た。

 つまり、こういうことらしい。僕は小学校入学の日の写真撮影がきっかけで、前世の記憶の扉があいた。それから徐々に記憶が扉の向こうから流れ込んできた。

 一方、宮森さんは三年ほど前から、「自分はアルだ」という感覚があったらしい。しかし扉は開いておらず、記憶の流入もなかった。

 中学生という多感な時期を経て、彼女の中でアルはアルストロメリアとなり、騎士となった。

 そして扉が開いたのが昨日。僕たちの会話を聞いたのがきっかけだった。これから徐々に記憶を取り戻していくのだろう。


 前世の記憶とは、においや、音や、誰かの何気ない仕草に触れたときだけ、水面に浮き上がってくる泡のようなものなのだ。

 問われても出てこない。だが、触れれば出る。


 しかし、扉が開いていない状態で、自分がアルだと思ったのはなぜだろうか。

 記憶とは別の仕組みで、魂に刻まれているのものもあるのかもしれない。


「時間がかかりそうね」

 平坂がため息をついた。宮森さんは、なぜか嬉しそうに姿勢を正した。

「あの、それで、お二人は一体何をしているんですか?」

「……手間が省けるわ」


 そこで平坂は、僕にも改めて説明を始めた。昨日、僕がノートに書き出したあの話の、続きだ。

「私とユグレトをこの世界に放り込んだ転生魔法は、偶然の産物。アルの転移魔法と、キ……マンテの蘇生魔法、本来なら混ざるはずのない、人間と魔族の魔法が混ざり合ってできたの」

「……うん。それは昨日聞いた」

「ならば話は単純よ。その二人を揃えて、もう一度同じことを起こせばいいじゃない」


 なるほど、と思った。同時に、そんな都合のいい話があるか、とも思った。

 それは、現世で魔法が使えることが前提になっている。

 だがまあ、手がかりが他にないのも事実だ。


 ――いや。待てよ。

 僕は口を挟んだ。

「僕と平坂さんの誕生日が同じなのは、相打ちだったからだよな? 同じ日に死んだから、同じ日に転生した。じゃあアルは? 転移魔法は失敗に終わり、アルもそのまま同じ日に死んでしまったってこと?」

 僕は、ユグレトが死んだ後の世界のことを、あまり想像したことがなかった。

「そのとおりよ」

 平坂が、少しだけ感心したような顔をした。

「魔王の死は、その力を暴走させる、って昨日言ってたな。周りを巻き込んで、大爆発を起こす可能性があるって」

 僕らだけじゃなく、宮森さんまで誕生日が一緒ということは、まさか……。

「実際にそれが起きたのよ」

 平坂は、指先でテーブルを軽く叩いた。

「半径数キロ。玉座の間なんて、跡形も残っていないでしょうね」


 背筋が冷えた。

 つまり、僕が死んだ数秒後に、あの城は消し飛んだのだ。

 そして、爆心地のすぐそばにいた者たちも。

 生まれたばかりの転生魔法を残して。


「……あの」

 それまで黙って聞いていた宮森さんが、遠慮がちに口を開いた。

「よく分からないんですけど。言われてみると多分わたし、爆発に巻き込まれて死んだような気がします」

「気がします、って」

「なんとなくですけど。一瞬で光に包まれて、熱も音もなくて。……近くにいたあの人も、多分」

 彼女は自分の言葉に戸惑うように、丸眼鏡の縁を指で押さえた。

「大丈夫か」

 自分が死んだときの記憶だ。さぞショックだろう。

「いえ、不思議と痛みも苦しみもなくて、満足していたような気がします」

「満足……」


 平坂と、目が合った。

 自分は死んでしまうけれど、最大の目標であった魔王を倒せたのだ。

「ざまあみろ」アルならそう言ったかもしれない。


 そして確信した。三人とも、ほぼ同じ瞬間に死んだのだ。

 だから三人とも、同じ日に生まれた。

 そしておそらく、四人目も。

 転生魔法自体は、前例のない偶然の産物なので詳細は分からないが、その魔法のターゲットだったのは、僕とダリューゼだったのは間違いないと思う。

 すぐそばにいたアルとマンテは、それに巻き込まれてしまったということか。

 平坂の仮説は、これで筋が通ってしまった。


「で、話を戻すけど、私たちは転生魔法の元になった二人を探していて、そのうちの一人があなただった、ってこと」

 平坂の視線が、宮森さんに向く。

「アル――本名はアルヴィヤーナ。人間側の魔術師の中で、当代随一と謳われた女。百年に一人、いいえ、千年に一人の天才とも呼ばれていたわ。私の配下の魔族たちを三十体ほど、まとめて凍らせたこともある」

「三十体も?」

 宮森さんが、丸眼鏡の奥で目をぱちぱちさせた。

「私がですか」

「あなたよ」

「すごーい」

 他人事か。

 僕は思わず額を押さえた。あの、戦場で誰よりも冷静に、誰よりも早く詠唱を終わらせ、敵に強烈な一撃を与えていた魔法使いが。魔王軍が最も警戒していた、あのアルヴィヤーナが、今はこんなおっとりした女の子だなんて。


「ちなみに、今、魔法は」

「あ、使えないです。たぶん」

「たぶん?」

「一回、魔法少女にあこがれて、お風呂で火が出ないか試したんですけど、出なくて」

「そりゃ出ないだろうな」

 そもそも、あの世界でも魔法が使える人間なんてひと握りだ。

 才能があって、なおかつ十年単位で修行を積んだ者だけが、ようやく人前で見せられる術を一つ覚える。風呂で念じて火が出るなら、誰も苦労していない。


「だいたい、私、騎士なんですけど」

「は?」

「私、アルヴィ?なんとかじゃなくて、アルストロメリアなので。魔術師じゃなくて、騎士なんです」

 まだ言っている。

 平坂も困っているようだ。この子は本当に、あの天才魔術師なのだろうか。


 そこで僕は、あることに気がついた。

「そういえば宮森さん、うちの学校で見たことないんだけど、蓬莱高じゃないの?」

「あ、私、東高ですよ」

 別の学校だった。平坂のことを知っていたようだが、他校でも有名人らしい。

 蓬莱高校と蓬莱東高校では二駅離れている。同じ蓬莱市内とはいえ、駅も違えば通学路も違う。この店に来なければ、僕たちは一生出会わなかったかもしれない。


 ……いや。

 昨日、僕は前世の恋人に会えると信じて、初めてこの店に来た。店を選んだのは僕で、適当にネットで探した結果だ。

 そして、目の前には魔王が座り、コーヒーを運んできたのは仲間の生まれ変わりだった。

 偶然にしては、できすぎている。何か、引き寄せられているような――。


「でね、宮森さん」

 頭を抱えていた平坂が、すっと調子を整えた。

 背筋を伸ばし、口元に柔らかな笑みを浮かべる。教室で、クラスメイトたちに向けているのと同じ、あの完璧な微笑みだ。

「もしよかったら、私たちに協力してくれない?」

 平坂が営業モードになった。

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