↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
19/24

第19話 戦争のための兵器

「終わった?」

 道場の裏手に回ると、道場とは別の、二階建ての家屋があった。玄関の引戸が空いており、清春が箒で掃き清めていた。

 不良だと思っていた清春が箒を持つ姿に、少し驚いた。

「最近、人生を見つめ直してんの」

 清春は僕の表情に気づいてか、そう言った。


「道場に戻ってこいって言われたか」

「言われた」

「だと思った」


「ちょっと待ってろ」

 彼は家の中から持って来たコーラの缶を、僕に放ってよこそうとした。

「バカやめろ炭酸……!」

 言い切らないうちに缶が飛んできた。

 よく冷えていて、受け取った瞬間に手のひらが痺れた。


 庭から回り込み、僕たちは縁側に座った。

 八月の午後で、蝉がうるさかった。


「親父、お前が来なくなってから変わったんだよ」

 清春が、コーラを開けながら言った。

「お前の強さに、精神論で勝たせようとしてたろ。その理不尽さに気づいたらしい」

 少し申し訳ない気がした。

「俺も親父が丸くなったからって調子に乗ってこうなっちまった。親父、昔はマジで怖かったんだけどさ。俺が高校で剣道やらねえって言ったときも、何も言わなかった」

「そうか」

「金髪にしたときも、何も言わなかった」

 彼は自分の髪を引っ張って、少し笑った。

「怒られると思ったんだけどな」

 それは、怒ってほしかったかのように聞こえた。


*


 しばらく、どうでもいい話をした。

 夏休みの宿題がどうとか、取り巻きの誰々が彼女にフラれたとか、そういう話だ。缶の底が濡れて、縁側の床に丸い染みができていた。


 そのうちに、話は自然にあちら側へ流れた。

「そういやさ」

 清春が、缶を揺らしながら言った。

「あれから、ちょいちょい思い出すんだよ。夢とかじゃなくて、なんか、突然」

「無理するなよ」

「無理してねえよ。勝手に来るんだ」


 彼は空を見上げた。

「でも、なんか変なんだよな」

「変?」

「普通の生活してんの」

 僕は、コーラを口に運びかけた手を止めた。

「普通って?」

「いや、今と常識が違うから、普通っつーのも違うか」

 魔族とはほとんどが戦場でしか顔を合わせたことがない。魔族の普通の生活について、聞いたことも考えたこともなかった。

「城にデカい広間があってさ、いろんなのがいるんだよ。喋ってるやつもいるし、喋れねえのもいる。喧嘩してんのか挨拶してんのか分かんねえのもいる」

 人類はただ一種類なのに対し魔族とは、魔核という器官をもち魔力を宿す、いろんな種類の生き物の総称だった。

「一応、城で暮らしてるやつらは魔族の中でもエリートというか、役職持ちだったのかな」

「そうかもな」

「いや、でもガキもいたな」

「子ども?」

「なんの子かは分かんねえ。人型のもいたし、そうじゃねえのもいた。とにかくうろちょろしてて、城の中は賑やかだった」


 人類側の感覚では、魔王城とは魔王が住む城。魔族を統治するための中心となる場所だ。

 城の周りにだんだんと人が集まって城下町ができていくように、魔王城そのものが城下町を内包し、生活の場になっていたということだろうか。

 じゃあ僕たちが魔王城に突入した際に殺した魔族たちは、いったい何だったんだ。

 蝉の声が、やけに大きく聞こえた。


「なんか、思ってたのと違うよな」

 清春は、自分でも不思議そうな顔をしていた。

「もっとこう、悪の組織みたいなのを想像してたんだけど。みんな自分たちなりに頑張って生きてただけなんだよな」


*


 僕は、何も言えなかった。

 何千年もの間、言葉の通じない者同士が魔王の威光の元に集まり、同じ屋根の下で、それぞれのやり方で暮らしていた。そうやって続いた国。

 人間の尺度でいえば無秩序と言えるかもしれない。でも、彼らにとってはただの日常だったのだ。


 僕たちは、その城を落とした。

 あの広間で飯を食っていた者たちがどうなったのか、僕は知らない。知ろうともしなかった。魔王を倒せば世界が救われると、そう信じていたから。


 ――いや。

 戦争はあったのだ。それは間違いない。人間の街も焼かれたし、僕の仲間も死んだ。そこは動かない。

 だが、それは「邪悪な魔物の群れによる災厄」ではなく、ただの戦争だった。

 そんなもの、人間同士でもやっていた。

 国と国が、ぶつかっていただけだ。


 だとしたら。

 僕は、なんだったのだろう。

 選ばれし者。世界を救う者。神託によって見出された、光の側の人間。そう呼ばれて、そう信じて、僕は二十数年ぶんの命を使い切った。

 だが、あれがただの戦争だったのなら。

 ――勇者とは、戦争のための兵器だったのか。


 戦うために見つけ出され、戦うために磨かれ、戦うために使い捨てられた、一振りの剣。

 そう考えると、ずいぶん筋が通ってしまう。

 巫女が神託で「勇者」を選ぶ。選ばれた者は国から名誉を与えられ、旅に出され、敵国の首魁を討ちに行く。

 金を出すのは最初だけ。給金は出ない。装備の修理費も自腹だ。

 だが勇者たちは文句を言わない。

 なにしろ、世界を救う旅なのだから。

 過酷で当たり前と、本人たち含め誰もが思っている。

 これ以上に安上がりな兵器が、他にあるだろうか。


*


「あ、そうだ」

 清春が、思い出したように言った。

「一個だけ、やたら鮮明なやつがあるんだ」

「なんだ」

「手のひらが、熱かったんだよ」

 彼は右手を開いて、じっと見た。


「ずっと握ってたんだよ、なんか。石みたいなやつ」

「石?」

「そう。こう、握りこめるくらいの。普段は首から下げてたんだ、革の紐で」

「大事なものだったのか」

「うん。寝るときも外さなかった気がする。風呂のときも、たぶん」


 清春は、自分の胸のあたりを軽く押さえた。

「なんつーか、めちゃくちゃ大事にしてた。あれがないと駄目だ、みたいな感じで」

「それ、どんな石?」

「光るんだよ」

 彼は無邪気に言った。

「赤とか、金とか。あと緑も。動かすと、チカチカって次々変わるんだ。きれいだった」


*


 聞き覚えがあった。

『そこの岩肌に、特殊な鉱石が混じっているの。松明を持って入って、それを動かすでしょう。そうすると、壁がいっせいに光るの。赤とか、金色とか、緑とか。火を動かすたびに、次から次へと』

 花火の夜、土手で。熊のぬいぐるみを抱えた平坂の、静かな横顔。

『あそこはね。墓所なの』

『私の、両親の』


*


「……そうなんだ」

 僕は、そう答えていた。

 自分の声が、驚くほど冷たかった。


「まあ、そんだけなんだけど、重要なのかと思って。思い出したらまた言うわ」

 清春は缶を飲み干して、伸びをした。


 僕は、コーラを持ったまま、動けなかった。

 考えるな、と自分に言い聞かせた。

 まだ何も分かっていない。石が光っていたというだけの話だ。あの洞窟の石だと決まったわけじゃない。似た鉱石など、いくらでもあるかもしれない。


 ――だが、肌身離さず持っていた。

 寝るときも、風呂のときも外さなかった。あれがないと駄目だ、と本人が言っている。

 祭祀の長まで務めた男が、それほど大事に身につけていたものが、ただの綺麗な石だったのだろうか。

 何かの目的のために持っていたのではないか。


 平坂は、マンテは弱く、戦闘向きではないと言っていた。

 その彼が最終決戦で最前線にいて、一番大きな役割を果たした。

 ――蘇生魔法。


 もし、あの石がなければ、あの魔法が成立しないのだとしたら。

 そして、あの石が、あの山脈の、あの洞窟にしか存在しないのだとしたら。


 帰るために必要なものが、帰りたい場所の中にある。

 扉の鍵が、扉の内側に置いてある。


*


「不来方? どうした」

「いや」


 夏のものとは違う、冷たい汗をかいていた。

 僕は立ち上がって、空になった缶を清春に渡した。

「なんでもない。帰るよ。これサンキューな」

「おう。また日にち決まったら連絡くれ」

「ああ」


 蝉が鳴いていた。

 日はまだ高くて、影が濃くて、アスファルトの匂いがしていた。


 僕は、確かめる方法を知っている。

 清春の中に散らばっているマンテを、もう一度呼び出せばいい。彼女なら、たぶんできる。


 だが、それをやれば、清春が消えるかもしれない。

 そして、確かめてしまったら、僕は彼女に言わなければならなくなる。

 帰りたい場所へは、もう二度と手が届かないと。

 ――僕は、平坂が傷つく姿を見たくないのだ。


 僕は自転車を押して、道を歩き始めた。

 ずっと同じことをぐるぐると考えていた。


 言わなくていい。

 まだ、何も確かめていないのだから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。