第16話 笑ったりしたら許さない
ダリューゼ様。
明らかにそう言った。平坂の顔を見るが、表情は動かなかった。
「平坂さん。まさか」
「まだ分からないわ。別人かもしれない」
口調は戻っていたが、声色はまだ冷たかった。
転生したのが四人だけとは限らない。これは三人で集まって議論をするうちに出た結論だった。
ユグレトとダリューゼが転生魔法の爆心地とするならば、それに最も近かったのはアルとマンテだった。
しかし、その周りでも勇者一行のメンバーたちと魔王軍の戦いが繰り広げられていた。
彼らもまた、転生している可能性がある。
ならば彼は――?
「……キヨちん?」
離れた場所で見ていた取り巻きの一人が、恐る恐る声をかけた。
「なんすか……? ダリュー……?」
清春は尻もちをついた姿勢のまま、動けないでいる。
「大丈夫すか……?」
「うるせえ!」
清春が怒鳴ると、四人はびくりと肩をすくめた。この上下関係も、なかなか大変そうである。
仕方ない。助け舟を出すことにした。
「彼、転んだ拍子に怪我をしたみたいだから、僕たちで病院に連れて行くよ。君たちはもう帰りな」
「え、でも」
「実は僕、清春とは小学校の時からの知り合いなんだ。だから大丈夫」
四人は顔を見合わせて、相談を始めた。
「キヨちん、俺ら帰りますよー!」
返事をしない清春を見て、四人は諦めて踵を返した。
その途中で、祭りの夜の金髪が、ふと足を止め、振り返った。
「あー……あのさ」
目線を合わせないまま、頭をがりがり掻いている。
「祭りのやつ、あれ、悪かったな。ちょっと調子乗ってたわ。連れの眼鏡の子、謝っといてくんねえ?」
「……ああ」
「俺ら、普段あんなことしねえのよ。ほんとに」
「分かった。こっちも、エモノを使って悪かった」
金髪は少し笑って、それから仲間を引き連れて帰っていった。
なんというか、悪い連中ではないらしい。祭りの夜に気が大きくなって、ノリで馬鹿をやっただけなのだろう。
*
残されたのは、三人だった。
清春は、まだ顔色が戻っていなかった。平坂を見ては目を逸らし、また見ては逸らしている。
「……あ、あの」
「場所を変えましょう」
平坂は、もういつもの声に戻っていた。
「ついてきなさい」
返事を待たず、平坂は元の道を戻りだした。
「は、はい」
平坂よりも二十センチ近くも背の高い金髪の男が、肩をすぼめて、しおしおとついてくる。ついさっきまで竹刀を振り回していた人間とは思えない。
さっきまでチワワに吠えられていた僕には、飼い主に怒られた大型犬にしか見えなかった。
*
喫茶店のドアベルが鳴ったとき、宮森さんはカウンターを拭いていた。
「あれ? 忘れ物ですか?」
そして、僕の後ろに立っている清春を見て、目を丸くした。
「わお、金髪!」
やめろ。
「外国の方ですか?」
やめてくれ。
僕は知っている。この子は、こういうとき絶対に何か変なことを言い出す。この場合、ディス・イズ・ア・ペンとか、そういう事を言う。僕は知っているのだ。
宮森さんは、にこりと笑い、口を開いた。
「Hey, come on in! Grab any seat you like. Can I get you something cold? It's brutal out there today.」
完全に斜め上。僕の読みはまだまだ甘かった。
「あ、いや。この人、日本人」
「あら、失礼しました」
宮森さんはあっさり日本語に戻って、おしぼりを取りに行った。
「……宮森さん、英語できるんだ」
「えー? 普通ですよー?」
この子は、時々こういうことがある。
そういえばかつては天才だったなと、僕は久しぶりに思い出した。
*
いつもの一番奥のボックス席に、四人で座った。
僕と平坂が並び、向かいに清春。その隣に宮森さんが、エプロンのまま腰を下ろす。
まずは四人が順番に、「今の」名前で自己紹介をした。
清春には誕生日も聞いた。案の定だった。
ちなみに、清春とは幼馴染……というか、昔からの知り合いだと、僕は付け加えた。
「では本題に入りましょう」
平坂が言った。
「キ……キヨちん、あなた、前世の記憶はどこまであるの?」
キヨちん?
ちょっと待ってくれ。僕は知っているぞ。あの夏祭りの日から、平坂と宮森さんがお互いに「永遠ちゃん」「栞」と下の名前で呼び合うようになっていることを。
その上、今あったばかりの男を、キヨちんだと?
僕のことは未だに苗字呼びなのに?
敗北感、疎外感、虚無感が押し寄せる。
「いや、そういうの全然分からないんすけど」
目を伏せたまま答えていた清春が、ちらりと平坂の顔を見た。
「さっき、あんたの……平坂さんの目を見たら突然、体が震えて。なんか、頭の芯がぞわーってなって。……あ、この人に逆らったら死ぬわ、って。そしたら頭の中にいろんなのが見えたり聞こえたりして……」
宮森さんと同じ。頭では覚えていないが、魂に刻まれている、という事だろうか。
魂の記憶――とでも言うべきか。
「そんで俺……え? 前世?」
疑問が遅れて来たらしい。
平坂は一通りの説明をした。
転生のこと。四人が同じ日に生まれていること。アルの転移魔法と、マンテの蘇生魔法が絡みあって生まれた転生魔法のこと。
清春は、話が進むにつれてどんどん小さくなっていった。
「何か少しでも覚えていることはない?」
清春は言い淀んだが、意を決したかのように語りだした。
「……子供の頃からよく見てた夢があるんすけど、なんか暗い城……RPGの城みたいなところにいて、廊下をまっすぐ歩いていくとデカい扉があって、開けたらまた廊下があって扉があって……何度も繰り返してすごい豪華な扉を開けたら」
「玉座に角のある女が座っていた?」
「……さっきの目と同じだったっす」
「他に覚えていることは?」
「何もないっす……。俺、ただその夢を何度も見てただけで」
「じゃあ」
宮森さんが割り込んできた。
「向こうの世界にいる、六本足の獣の名前は?」
「そんなのがいるのかよ……」
「ちなみに私も答え教えてもらってないんですけど、結局何ていうんですか?」
と僕に聞いてきた。
教えない。まだまだ教えない。
「まだマンテという確証が得られないわね」
しかも、清春イコールマンテだと確認できればいい話ではない。
僕たちの最終目標は転生魔法だ。
マンテの記憶が必要だ。何とか思い出してもらわねば。
「いっそぶん殴ってみようかしら。死なない程度に。さっき腕を掴まれた恨みもあるし」
「奥から何か鈍器を探してきましょうか?」
「ええ……」とドン引きする清春。
「ちなみに今のままだと宮森さんも他人事じゃないぞ」
「ええ? 私もですか!?」
「早く全て思い出さないとな」
ようやく空気が和んだ気がした。
*
遠くで鼓のような雷の音が聞こえる。
窓の外を見ると、かなり暗くなってきていた。雨雲が近づいてきているようだった。
もう時間も遅くなってきたし、早く解散した方が良さそうだ。
宮森さんの淹れてくれたコーヒーを飲みながら、ふと聞いてみた。
「さっきは、平坂さんに凄まれたから記憶が蘇ったんだよな?」
「ああ」
「じゃあもう一回やってもらえば、何か思い出すんじゃないのか?」
「そんな単純なのかよ、俺の頭は」
いつの間にか僕と清春は普通に会話できるようになっていた。
さっきまで喧嘩していたとは思えない。
「永遠ちゃん、試しにやってみたらどうです?」
「え? ここで?」
「ここじゃなかったらどこでするんですか~?」
「……ああ、そうね」
なんだか歯切れが悪い。何か平坂らしくない。
「まあ、試しにやってみてもいいけど」
二度ほど咳ばらいをし、視線を清春に向けた。
「マンテよ。早く思い出せ」
……。
「全然っす」
そりゃそうだ。
「やるならもっと怒鳴らないと」
「そうですよ、本気で怒ってる風にやってみてくださいよ!」
少しだけ、平坂が嫌そうな顔をした。やはり何かおかしい。
ポツポツと雨が降り出した。雷の音も近づいてきている。
平坂は観念したように息を吸い――
「おいマンテ! 早う全て思い出さぬか!」
清春の肩が震えた。
「あ……ああ……?」
何か反応があった。
「今、何か来た! 何か、俺の中で震えたっす!」
おお、すごい。効果があったようだ。しかしまだまだ弱い。
「もっと、もっと強くお願いします!」
「永遠ちゃん、ファイト~!」
気が付けば外は本降りになっていた。外はもう真っ暗で、遠くで雷の光も見える。
「マンテ! 儂のこの声を忘れたとは言わさんぞ!」
「ああっ! いい! 今の良かったっす! でももう少しなんすよ! 何かちょっと違うんすよ!」
「違うって何が?」
「俺、多分そのマンテって人なんすよ、でも違くて。もっと別の名前で呼ばれていたような」
なるほど。清春か、キヨちんかみたいな話だろうか。
「平坂さん、本当にマンテのこと、マンテって呼んでた?」
「あ、何か別のあだ名とかあったんじゃないですか~?」
「頼んますよ! 俺、このままじゃ気持ち悪いっすよ!」
三方向から攻められながら、平坂は瞼を閉じて困った表情をしていた。
他の二人は気づいているか分からないが、平坂は絶対何かを隠している。
雨も強くなってきたし、さっさとやってもらって帰りたいのだが。ほら、また雷が光った。
平坂は何かを決意したかのように目を開いた。
「分かったわ。そこまで言うなら全力勝負よ。だけどあなたたち、笑ったりしたら許さないから」
……笑うって?
平坂が立ち上がり、テーブルの横に立った。
大きく息を吸う。
まるで何かのエネルギーが平坂の中に溜まっているように見えた。
吸う息が止まった。
――来る。
「ここまで儂に手をかけさせるとは、臣下として失格じゃ! いい加減に目覚めよ!」
さらに大きく続けた。
「キンタ=マンテよ!」
平坂が大きく叫ぶと同時に、近くで雷が鳴った。




