第14話 かつて殺し合った相手と
次の日も、九時半の開館時間に合わせて図書館に入り込んだ。冷房が効いていて生き返る。
今日は新聞の地方紙のほうも当たってみようと息巻いていたが、同じような欄は二十年前に無くなっていた。
後から知ったが、広報誌の出生コーナーも十年ほど前に無くなったらしい。個人情報保護の観点からだそうだ。
というわけで、朝十時前には、どうしていいか分からず立ち尽くす高校生が出来上がっていた。
するとそこに、あの司書さんが通りかかった。
「探し物は見つかった?」
「いえ、全然。もう行き詰まりました」
彼女は少し笑って、それから思い出したように言った。
「これ学校の課題か何か? 前にも、同じあたりの棚を見ていた子がいたけど」
「え?」
「女の子。まだ夏休み前で制服だったから、たぶん蓬莱高の生徒かな。何日か続けて来て、熱心に調べものしてて。あの子は統計のほうまで見てたみたいだけど」
棚の前で資料を開き、文字を追う平坂の姿が見えた気がした。
『市の統計資料。図書館に普通に置いてあるわ』
『普通に』あのとき彼女は、そう言った。
普通に置いてある本を見つけるのに何日かかるかは、言わなかった。
努力を人に見せないあたり、彼女らしいと思った。
「これ何かヒントになったかな?」
「はい、ありがとうございます!」
ヒントにはならなかったが、体を動かすための燃料にはなった。
*
早々に図書館を出て、前日に広報で絞り込んだ四人を追うことにした。
広報誌に載っていたのは、本人の名前と、保護者の名前と、町名までだ。番地はない。だから、町名を頼りに、表札を一軒ずつ見て歩くことになる。
この作業が一番の地獄だった。
一人目のターゲットと同じ町内には五百世帯あり、家の数はそれ以上。
それを一軒一軒確認していく。
表札を出していればまだましで、空き家なのか人が住んでいるのかも分からない家もある。
これを真夏の炎天下に行うのだ。十分も歩けば汗だくに、三十分でゾンビが出来上がる。
これはダメだ。死んでしまう。
諦めようとしたとき、探していた名前の表札がかかっている家を見つけた。
いや、見つけてしまった。見つけたときにどうするか、まで考えていなかった。
知り合いでもない人の家にいきなり押しかけるのは、かなり勇気がいる。
しかし、やらなければ全て無駄になってしまう。
一度息を整えてから、インターホンを押した。
出てきたのは七十歳くらいのおばあさんだった。
「すみません、人を探しているんですけど」
僕はそう言い、探している人物の名前を伝えた。
しかしこの家にはそんな人物はいないとのことだった。
親戚や近所にも心当たりがないかを聞いてみたが、知らないとの答えだった。
僕は礼を言い、敷地を離れた。
そもそも知っていたとしても、素直に教えてくれるとは限らないのではないだろうか。
相手が全身汗まみれの怪しい高校生なら、なおさらである。
煮えかけた脳を使って次の方法を考えた。
*
マンテは祭祀の長だ。儀式と葬祭を取り仕切っていた男。
記憶が魂に刻まれているのなら、その性格や傾向も残るのではないか。
公園の日陰でスマホを操作する。
近隣の寺社仏閣を検索し、一番近い寺に向かうことにした。
これならば数は限られる。数日あれば全て回れるかもしれない。
また汗だくになりながら寺に到着し、山門をくぐろうとして気が付いた。
――前世の記憶があったとしても、転生先を選べるわけではない。
祭祀を司っていたから、似たような家業の家に転生する……なんて、どんな理屈だ。
自分の論理の破綻っぷりに、思わず笑いが込み上げてきた。
丸一日使って、体力を限界まで使って、結局何の成果も得られなかった。
というか、今日一日だけじゃない三日だ。夏祭りでの決意もむなしく、全て空回りだった。
膝から崩れ落ち、山門を背に座り込んだ。
「帰ろ」
七月が、終わった。
*
八月に入り、僕たちは予定通り、ポラリスに集まっていた。
やることはあまりない。誕生日から辿る方法は完全に行き止まりだったし、かといって新しい手など思いつかない。それでも集まってしまうのは、たぶん、集まる理由が欲しかったからだと思う。
「なんか夏祭りの時より焼けて、っていうか赤くなってません? 何やってたんですか?」
宮森さんの問いに、平坂がちらりと僕の顔を見た。
「いや、ちょっと。散歩に」
いろいろ調べてみたけど全部外れでした、なんて言えない。
鼻を掻くと、日焼けのせいでひりひりした。
平坂が僕の顔をじっと見ている。全て見透かされているようだった。
エアコンの効いた店内で、宿題を広げて、宮森さんの父親が試作したという新作のかき氷を食べさせられた。
その日は、蜂蜜とレモンとバジルという、挑戦的な組み合わせだった。
「……宮森さん」
「はい」
「これ、お父さんに正直な感想を言ったほうがいいと思うけど。『バジルは要らん』って」
「言ったんですけど、『分かってない』って言われました」
頑固職人だ。
スプーンをくわえたまま、宮森さんが言った。
「真白様にお聞きしたいんですけど」
「様はやめろ」
「この前ふと、勇者一行の仲間たちと焚き火を囲んでいるイメージを思い出したんです」
また何か、記憶を呼び起こしたらしい。
僕たちと出会って以降、宮森さんの身にはときどきこういうことが起きている、そのうち転移魔法について何か思い出すかもしれない。
「みんなで旅するって楽しそうですよね。私、よくキャンプ動画とか見てるので憧れるんですよ。星空の下で語り合ったりしちゃって」
前世での旅を、中学生の林間学校みたいなノリだと思っているのだろうか。
現実を教えてやらなければならない。
「まず、風呂に入れないぞ」
「え」
「王都からある程度離れれば、街と街の間なんて、早くて一週間。雨が降れば十日だ。その間は体を拭くだけ。水が貴重な地域なら、拭きもしない」
「え」
「全員臭かった。慣れるけどな」
「キャ、キャンプ飯は……?」
「まずい。保存の効くものしか持ち歩けないから、干した肉と、石みたいに硬いパンだ。塩辛くて、水がいくらあっても足りない」
「焚き火は?」
「複数人で交代しながら見張りをする。寝られるのは一日四時間くらいだ。語り合う余裕なんかない」
「町では宿とかあるんですよね?」
「あるけど基本は雑魚寝。あと、ヘゲヘゲが出る」
「ヘゲヘゲ?」
「寝床の藁に湧く虫だ。噛まれると腫れて、三日は痒い」
「かわいい名前なのに」
「見た目は結構グロい。ヤツメウナギっているだろ。あれをさらに……」
「言わなくていいです!」
宮森さんが、救いを求めるように平坂を見た。
「永遠ちゃんも、大変だったんですよね……?」
「まあ視察とかで領内を回るときはあったけど、それを除けば私はほとんど城にいたから、お風呂とかは毎日入れる環境だったけれど」
「ずるいだろ」
「食事も温かいものが出てきたし、寝台もふかふかだったわね」
「ずるいだろ!」
「ずるいって何よ。別に無理して魔王城に来てくれだなんて、誰も言ってないわよ。あなたたちが勝手に旅してたんでしょ」
そりゃそうか。
「でも、私は私で大変だったのよ」
平坂はかき氷をスプーンで崩しながら、うんざりした顔をした。
「毎日毎日、揉め事の裁定ばかり。言葉の通じない連中同士が水場を取り合って、放っておくと殺し合いを始めるの。どちらの言い分も分からないのに、止めないといけないんだから」
「……なんだよそれ」
「魔王の仕事なんて、九割はそれよ」
その話が本当なら、魔王についての認識を考え直さなければならない。
「そういえば、アルのことは防衛の担当者からよく報告が上がっていたけど」
「私のこと、ですか?」
「水場を見つけると誰よりも早く飛び込んでいくから、こちらの斥候にしょっちゅう見つかっていたって」
「ええ……」
僕は、思わず吹き出した。
そういえば、そうだった。アルは潔癖なところがあって、水場を見つけると誰よりも早く行動していた。何度注意しても直らなかった。それが敵に筒抜けだったとは、今の今まで知らなかったが。
前世の話を、こんなふうに笑いながら話せる日が来るとは思わなかった。
かつて殺し合った相手と、かつての仲間と、かき氷を食べながら。
「でもね」
平坂が、窓の外を見ながら言った。
「夜空だけは、あちらのほうがきれいだったわ。灯りが少ないから、星がやたらと多くて」
僕は、その横顔を見た。
以前なら、聞き流していたと思う。
花火の夜を思い出した。
*
その日、店を出たのは六時前だった。
まだ十分に明るい。店の前で解散して、僕と平坂は駅のほうへ向かう。同じ方向なので、なんとなく途中まで一緒に歩くのが、いつのまにか当たり前になっていた。
「平坂さん、夏休みの宿題はどのくらい終わった?」
「私は半分くらいかしら」
「え、意外と終わってないんだな。平坂さんのことだから、七月中に全部終えたりしてるのかと思ってた」
「それは夏休みをなるべく遊ぶことに費やしたい人の発想でしょ。私は毎日、決められた量の勉強をするの」
「分かってたけど、真面目すぎだろ」
くだらないことを話しながら、川沿いの道を歩く。
祭りの日に花火が上がったのと、同じ川だ。今は屋台の跡形もなく、ただ夕方の水が光っているだけだった。
――と、平坂が足を止めた。
「不来方くん」
その声の調子が、さっきまでと違っていた。
顔を上げる。
橋の手前、道幅がいちばん狭くなるあたりに、人が立っていた。
四人。
いや、五人だ。
見覚えのある派手なシャツと、暗がりでも分かる鮮やかな金髪。祭りの夜の連中だった。
その後ろに、もう一人。
僕たちよりずっと背が高い。痩せぎすの体に、白に近いくらい色を抜いた髪が、無造作に逆立っている。着崩した黒いシャツの胸元で、鎖のようなものが鈍く光っていた。
こちらを見もせず、面倒くさそうに空を見上げている。
その右手に、竹刀が一本、ぶら下がっていた。
祭りの夜の金髪が、こちらを指さして言った。
「あいつっすよ。キヨちん」




