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残響  作者: ことは
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第4節

私は、物が散乱しているのが、苦手だった。

だから、少しでも置いたままにすると、心がもやもやしてしまう。

私の部屋には、大切な物が溢れていた。

だからこそ、ひとつひとつ、飾るように片付けていた。


大好きなぬいぐるみ。

あやめとお揃いで買った小物。

一目惚れしたワンピース。

安いコスメ。

読み続けているマンガ。

お気に入りのステーショナリー。

ノート。

教科書。

リュック。

靴下。

ブラウス。

下着。

白いリボン。


全部が、床に散らばっている。

なのに、何も感じない。

その一つを手に取り、壁に投げる。

何故、そうしたのか、わからない。


でも、この部屋を、この色彩へと変えたのが誰かは知っている。

今、こうしているように、私は、何かをぶつける事でしか、心の奥に蠢く塊を抑えられなかった。


雫が、この部屋を海へと変える。

瞳を覆い、もう溺れてしまいそうだ。

それでいい。

溺れてしまいたい。

何も、考えたくない。


着信音が、私の耳を押し潰す。

それを消したくて、私は、スマホを手に取った。

私は、どうすればいいかわからず、それを見つめる。

やがて、音色が途切れた。

何件もの通知が、画面を覆っている。

でも、その文字が読めない。


再び、鳴り響く着信音。

私は、思わず画面に触れた。

聞こえてくるのは、大好きな声。

「ねえ、大丈夫なの?ずっと心配してたんだよ。」


私は、スマホに紡がれる、差し出された手に触れた。

ただ、嗚咽の中で、言葉にならない声を、奏で続けた。

だから、あやめに、昨日の夜のことが伝わることはない。

でも、私の心が、今、何処にいるのか。

それが、何を齎しているのか。

それだけは、受け止めていてくれた。

「今から、行くよ。お家に居るの?」

スマホ越しに、ドアの開く音が聞こえる。

私は、何も言葉を紡ぐことはできず、ただただ頷いていた。


もう、時間の感覚なんてない。

それが長かったのか、短かったのか、私には、わからない。

ただ、インターホンが鳴った瞬間、私は、永遠の暗闇の中に、やっと差した光を見た。

手すりを握りしめ、逸る気持ちと裏腹に、もつれる足を踏み締める。

「ゆり、居るの?居るよね。あやめだよ。」

スマホから聞こえる、その音色が、鮮やかにカノンし、共鳴する。

ようやく、玄関へと降りたとき、2階に軋む音が響く。

私は、ゆっくりと振り向いた。

あの人が、帰ってきていた。

そう感じてしまったから。


薄暗い色彩。

静寂が騒ぎ立てている。

そこには、人は居なかった。

ただ、薄れゆく影だけが、私を見て、笑っていた。


それでも、私は、気にする余力は持っていない。

会いたい、あやめに会いたい。

縋るように、私は、裸足のままドアを開けた。



真っ黒な髪に揺れる、黄色のリボン。

それが瞳を彩った刹那、私は、ここに崩れ落ちた。

「ごめんね…。」

雫と共に零れ落ちた音色が、夜風に漂う。

それは、柔らかな温もりと共に、私の鼓動へと反響した。


「上がってもいい?」

私を抱きしめながら、あやめは囁いた。

「…ここに……。」

どくんどくんと、鼓動が耳を貫く。

「ここに、居たくない…。」

それは、ずっと紡ぎたかった想い。

あやめの柔らかな手のひらが、私を撫でる。

「じゃあ、着替えておいで。これだと、寒いでしょう。」

昨日、着ていた部屋着。

それを、二度と着ようとは思えない。

クローゼットから引き抜いたそれが何なのか、私は分からずに着ていた。

「それに、家の中でも、そんな格好しちゃだめよ。ゆりは、可愛いんだから。」

その微笑みに、私は、昨日までの私の欠片に触れる。

何かに濡れ、いつの間にかよれていたTシャツ。

それだけが、私を隠していることに、ようやく気づいた。


ただ、もう一度、この階段を登ることができない。

さっきまで、何事もなかったかのように、登れていたのに。

あやめの声を聞いた瞬間から、力が入らない。

あやめを見た瞬間から、もう立つこともできずにいた。


「ごめんね…。」

掠れる声は、言葉になることはなく、零れ落ちる。

ただ、その想いだけは、伝えたかった。

「ほら、行くよ。」

あやめに支えられ、ゆっくりと立ち上がる。

「もう、目のやり場に困るわ。」

精一杯の明るさが、私を包み込む。

私は、Tシャツを引っ張り、下着を隠す。

「いいのよ、冗談だから。」

柔らかな微笑みに、私は、少しだけ赦された気がした。

でも、その微笑む瞳から溢れでいる雫だけは、ずっと私の心に刻まれ続けるだろう。

「ごめんね…。」

壊れたオモチャのように、私はただ、音色を紡ぐことしかできずにいた。


あやめが、扉を開いた瞬間、その肩が跳ね上がるのを、私は感じた。

「本当に…、何があったの…。」

部屋中の全部が、床に散乱している。

たくさん物があるのに、何もないねと、あやめは、いつも笑ってた。

私は、ずっと、それが少しだけ誇らしかった。

でも、今日は、言ってくれない。

「ごめん、私からは、何も聞かないよ。ゆりが、話したくなるまで。」

微笑む声が、震えている。

私は、あやめの顔を見つめるが、こちらを見てもくれない。

ただ、静かな嗚咽だけが、小さな部屋に混ざり合っていた。



静かな公園に、二つの白い吐息が揺れている。

「熱いから、気をつけてね。」

袖越しに持つココアが、私の手に触れた。

その優しさが、ココアを握りしめた手を温めてくれる。

「ごめんね。」

その温もりに縋ろうと、ココアを包み込むように、私は体を丸めた。

「ありがとうって、言ってほしかったな。」

あやめの揺れる足が、その微笑みと共に、私へと流れ込んでくる。

「…ごめんなさい。」

どうしてだろう。

私は、ありがとうさえ、言えずにいた。

「冗談よ。ほら、開けれる?」

「…うん。」

あやめが、小さな缶を開ける音が、静寂に響く。

私は、それを見つめ、思考のない思考に沈みかける。

「何だか、不良になっちゃったね。」

私にも、あやめにも、門限がある。

でも、今が何時なのか、私には分からない。

ただ、月だけが、今という瞬間を照らしている。

「うん。ごめんね。」

私が、それを紡いだ刹那、あやめが、私を抱きしめた。

「一人で、抱えないでよ。私は、ゆりになら、悪口を言われてもいい。でも、一人で苦しんでるのを見てるのは、嫌。」

痛いほどに、私を抱きしめてくれる。

「私からは、何も聞かないなんて言ったけど、でも、やっぱり、放っておけないよ。聞かないよ、何があったかなんて。私からは。でも、苦しいを、少しでもいいから、私に分けてよ。」

私の頬を伝う雫が、あやめの雫と混ざり合う。

「ねえ、ゆり、ねえ。私、ゆりの恋人だよね?いつも好きって言ってるし、いつも好きって言ってくれる。」

私の瞳に映る、あやめの瞳。

「だったら、苦しいも、ちゃんと言ってほしいよ。いつだって、どこだって、私が駆け付けるから。」

重なり合う額に、私は、身を委ねた。

「ごめんね…、とても、………辛いの…。」

これ以上、言葉を紡ぐことはできない。

そこには、嗚咽だけが、奏でられ続けた。

全てを捨て去るように、静寂の公園で、二つの影が重なる。


雲ひとつない夜空に、ぽつりぽつりと、雨音が反響した。

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