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残響  作者: ことは
21/22

第21節

コンビニのイートイン。

並んで座る柔らかな影。

並べられた温かいココア。

小さな囁きが流れる。

穏やかな微笑みが溶け合う。


「まだ、信じられないな…。」

あやめが、静かに奏でる。

「私も…。」

お互いが、手に持つココアを見つめ、その揺めきが、窓を彩る。

「ごめんね…。急に、居なくなって…。」

あやめが、意を決したように、紡ぐ。

「あの日、ゆりが、あの家に帰った日、先生に相談した日、私、覚悟を決めたの。」

あやめの手が、少し震えている。

「大人は、ゆりを守ってくれないって、わかったから…。私が、守らなきゃって…。すぐに迎えに行こうって、必死に働いたの。でも、やっと迎えに行けるって思った時には、もう連絡も取れなくて…。」

「ごめんなさい…。あの人……パパ…に、スマホを壊されちゃったから…。」

「いいのよ。それって、ゆりのせいじゃないし、何も言わずに動いちゃった私が、全部、悪いんだから。それでね、ゆりの家に行ったんだけど…。」

「ごめんね…、私、今、ネカフェで生活してて…。」

「え、アパートとかじゃないの?」

「うん…。契約しようと思ったら、保証人とか、いろいろあるみたいで、できなかったの。」

「そっか…。」

あやめが、小さく頷いた。

柔らかな微笑みが、私を包む。

その微笑みに、私も頷いた。

「家には、もう近寄ってない?」

「うん。」

「じゃあ、何も見てないんだね?」

「何も…?」

「ううん、何でもない。ゆりは、これからのことだけを見てれば良いの。」

「これからのこと…。」

「…おうちに帰ろう。」

「…。おうち、無い…。」

「わ、私たちの、おうち…。」

「え…。」

「……気持ち悪がらないでね…。」

「どうして?気持ち悪いことなんて、ないよ?」

「着いたら…、わかるよ。」

私たちは、ココアを楽しみ、コンビニを後にした。

のんびりと歩く夜道は、少し風が冷たい。

それが、何だか心地よかった。


背中に感じる影が、少し寂しそうに揺れている。

「もう、私は要らない?」

そう聞こえた気がして、私は振り返った。

透き通る空に、煌めく星。

私に話しかけた私の声は、影と共に、月明かりの中へと溶けていった。

「あなたは、大切だよ。」

立ち止まり、見上げる月。

私は、そっと囁く。


あやめの柔らかな手のひらが、私の手を包み込んだ。

その温もりに、私は今を取り戻す。

「月、綺麗だね。」

あやめの音色が、私を撫でる。

「うん。あの星を見て。寄り添ってるみたい。」

「私たちみたいだね。」

絡み合う指の温もりを確かめ合いながら、私たちは、あやめの家へと向かった。


それは、おしゃれなマンションだった。

「可愛いお部屋だね。」

敷地を歩きながら、私は微笑んだ。

「アパートでも良かったんだけどさ…。」

「マンションの方が、よかったの?」

「どっちでも良かったんだけど、セキュリティのこととか考えると、ちょっとね。」

「泥棒とか…?」

「それも、そうだけど…。安心して。ここは、セキュリティもしっかりしてるから。」

一階は、全部が駐輪場と駐車場になっている。

部屋に入るには、エレベーターを使うしかない。

「これを使わないと、お部屋のある階には行けないのよ。」

そう言って、あやめは、私にカードを渡してきた。

「やってみていいの?」

「もちろんよ。でも、二枚しかないから、無くさないようにね。」

「すぐに返すから、平気だよ。」

私は、微笑みながら、カードをタッチする。

動き出すエレベーター。

階を押さずとも、登っていく。

「ホテルみたいだね。」

私は、あやめの手を握りながら、笑った。


「この部屋だよ。」

あやめは、そう言って、ドアノブの下にカードをかざすように促す。

「エレベーターと同じかな?」

私がタッチすると、穏やかな音色と共に解錠音が小さく響いた。

「オートロックだから、部屋を出る時は、カードを忘れないこと。覚えておいてね。」

「ねえ、もしかして…、これからも、遊びに来ても良いってこと?」

私は、振り返りながら、期待を奏でる。

「ふふ、どうだろうね。」

あやめは、私の頭を撫でながら、穏やかに微笑む。

玄関の隅に並べられた、二つの靴。

スニーカーとブーツ、どちらも、あやめの好きそうなデザイン。

好みは、変わっていないのね、そう思いながら、小さく微笑んだ。

「お邪魔します。」

その音色と共に、靴を脱ごうとする私を、あやめは引き止める。

「ただいまって、言ってほしいな…。」

私は、その言葉に、体が宙に浮きそうになる。

「うん。ただいま。」

「おかえりなさい、ゆり。」

私たちは、玄関で、お互いの温もりを確かめ合いながら、小さな時間に溶け合った。


洗面台を借りて、手を洗う。

隣には、あやめがいる。

お泊まり会を思い出して、私は、心が弾んだ。

不意に、瞳を彩ったのは、二本の歯ブラシ。

使われた黄色の歯ブラシと、新品の様なピンクの歯ブラシ。

「あやめちゃん、誰かと暮らしてるの?」

私は、首を傾げた。

「ん?どうして?」

そんな私を見つめ、あやめも首をかしげる。」

「歯ブラシが二本あるから、誰かと暮らしてるのかなって。」

「…これから、一緒に暮らすんだよ。」

「もしかして、恋人ができたの…?」

「できたというか…、ずっと恋人だと想ってる。」

その音色に、私は、固まってしまった。


リビングへと歩く、あやめ。

少しぎこちない様に感じるのは、きっと、私が変な質問をしてしまったせい。

「ここ、ゆりの席だから。」

差し出されたのは、くまの刺繍のピンクのクッション。

「可愛い。あの家に置いてきちゃったポンちゃんにそっくり。」

私は、クッションを思わず抱きしめて、床に座る。

「それ、座るためのクッション…、まあ、いいけど。」

「え、ごめんなさい。」

「いいのよ、好きに使えば。」

あやめは、穏やかに微笑んだ。

「そうだ、カードキー、無くす前に返さないと…。」

私は、ポッケに仕舞ったカードキーを取り出した。

「ねえ、ゆり、今年の誕生日は、何もしてあげられなかった…。だからさ、ささやかなプレゼントかもしれないけど…、受け取ってほしいの。」

そう言って、カードキーを差し出す私の両手を、柔らかく包み込んでくれた。

「えっと…。」

鼓動が、リビングを包み込む。

手のひらが伝わる、あやめの温もりが、爆ぜる様に熱くなる。

あやめは、私を見ようとはしない。

私も、包み込まれた手を見つめる。

少し震える手。

その小さな旋律に顔を上げる。

あやめもまた、顔を上げた。

絡み合う視線。

「誰かと一緒に暮らすのじゃなくて、ゆりと一緒に暮らしたいの。」

「うん…。うん、…ありがとう。」

その音色に、私は、嗚咽の中へと、言葉では足りない想いをのせた。

「よかった…。」

二人の雫が溶け合う中で、私たちは、微笑みを分かち合った。


買ってきたサラダを、二人で分け合う。

冷たくなった唐揚げが、何だか温かく感じる。

コンビニ限定の紅茶は、シャルドネの香りが至福を彩る。

気づけば、決めていた席が、くっついている。

柔らかな微笑みが、私たちのBGM。


「そういえば、テレビを見なくなったの?」

この部屋には、テレビがない。

私は、元々テレビを見なかったけど、お泊まり会の時は、一緒に見ていた。

それが、少しだけ懐かしくて、私はあやめを見つめた。

「テレビってさ、不意打ちで嫌なニュースとか流れるでしょう?」

「うん。…それ、ちょっと怖いよね……。」

ニュースよりも、ニュースで思い出してしまう自分が、怖い。

「だからよ。」

あやめの微笑みが、私の瞳を優しく包み込んだ。



「そうだ、銭湯行こうよ。」

お腹も満たされて、二人でのんびりしていると、あやめが弾む音色を奏でた。

「近くにあるの?」

「もちろんよ。それが、この部屋にした決め手の様なものよ。」

「嬉しいな。銭湯、懐かしいね。お泊まり会の時に、一度だけ行ったね。また行こうねって約束したまま、まだ行けてないけど…。」

「これからは、何度でも、約束を果たせるよ。」

私は、あやめの手を取り、微笑みの中で、ゆっくりと立ち上がった。



ぽかぽかの体と、ふわふわの心。

手を繋ぐ影が、ゆらゆらと弾んでいる。

「気持ちよかったね。」

「うん。天国だった。帰りは、コンビニでアイスだね。」

あやめの提案に、私は飛び跳ねた。

「やった。こんな時間に甘い物だなんて、罪だね。」

「たまには良いのよ。今日は特別な日だから。」

「うん。同棲記念日だね。」

微笑み合う影が、ゆっくりと、その道を進み続ける。

それは、これからも、ずっと彩られる旅路の様に、温かく、鮮やかに紡がれていた。

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