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残響  作者: ことは
18/26

第18節

お店が、何だか騒がしい。

病院が終わって、私は、少しお茶をしていた。

だから、いつもより遅く、お店に着いた。

出勤時間までは、あと一時間くらいある。

着替えや生活用具の入ったリュックを床に置き、私は、ぼんやりとみんなを見つめる。

「天使ちゃん、みんなより遅いの珍しいね。」

いつもの三人組が、声をかけてくれる。

改めて、本当に、天使と呼ばれていた事に気づく。

「ねえ、こっち座りなよ。ソファ空いてるよ。」

「いいの…?」

「空いてるのに、ダメな理由なんてないでしょう。」

笑い合う三人の間に、私は、ゆっくりと座った。

「天使ちゃんって背が低いけど、座るともっと低くなるね…。」

私の頭を撫でながら、一人が微笑む。

「えっと…、背はずっと変わらなくて…。今も、…さっきも、ずっと一緒なの…。」

「わかってるよ。小さいって羨ましいね。」

「私、毎日、牛乳を飲んでいて…、大きくなりたいなって…。」

「みんな、無いものねだりってやつね。」

病院に行く前の日、そして、行った日は、私は元気な一日を過ごせる。

それは、みんなも知っていた。

だから、たくさん話しかけてくれる。

それが嬉しくて、私は、ずっと元気でいなきゃって、心に誓っていた。


だからこそ、そうなれない私が、とても嫌いだった。

そうなれない日が、たくさんある私が、とても嫌いだった。


来てくれるお客様も、水曜日と木曜日が多かった。

それは、病院という拠り所が、作業療法室という聖域が、私に勇気を与えてくれていたから。

だから、私のイベントを催してくれる日も、いつも水曜日か木曜日だった。

お店は、土曜日にしたいと思っているのは、知っている。


「ごめんなさい…。」

三人だけが座る控え室。

オーナーとお姉ちゃん、そして、私が集まった。

それは、私のバースデーイベントの計画を立てるため。

その話してもらっている時に、私は、静かに謝った。

「何、どうしたん?何があったん?」

オーナーが食い入るように紡ぐ。

「あの…、みなさん土曜日にイベントをするのに、私だけ…。」

「何やそれ。売れる日にするのが一番ええねん。気にしなや。」

「そうよ、あやめちゃん。それに、イベントしないって約束してたのに、やってくれるんだから、オーナーは、感謝しないとダメですよ。」

「ごめんな、あやめちゃん。最近の子らは、イベント組んでも、客呼べへんでな…。」

「私も、呼べているわけでは…。」

「勝手に来よんやろ?ええやん、ええやん。清楚キャラに合ってるやん。」

「オーナー、あやめちゃんは、別にキャラで、やってるわけじゃ…。」

「それは、どっちでもええねん。結果や、全部。」

「それは、そうですが…。」

「後な、あやめちゃん、俺からも謝らなあかん事あんねん。」

「謝る事…?」

「寮の件なんやけどな、この辺、夜の子に部屋取られてもてるから、空いてるとこあらへんねん。」

「あの…、ネカフェがあるので、平気です…。」

「そんなんじゃ、休まらへんやろ?それに、そっちの方が高くつくしな…。」

「私、自分で払いますので、気にしないでください。」

「ほんま?」

「ほんま?じゃないです、ケチ関西人…。ちゃんと経費で落としてください。」

「こいつ、遂に、直接、言いよった…。オーナーに向かって、ケチ関西人って言いよった…。なあ、どう思う?あやめちゃん。」

「えっと…、お二人は、仲良しですね。」

「何やそれ…。」

穏やかに微笑むオーナーが、少し俯き、鋭い瞳で、私を見つめる。

「…あやめちゃん、大人からのアドバイスやと思って、真剣に聞いてな?」

「はい…。」

ゆっくりと紡ぎ始める音色。

「あやめちゃんは、この店に来て、まだ一年も経ってへん。社会に出て、一年も経ってへん言うことや。それに、まだ18歳やし、子供や。」

その一つ一つが、私の奥へと染み込んでいく。

「でもな、あやめちゃん。一年生でも、十年生でも、社会人は、社会人や。周りは、そう見よる。」

「はい。」

「それは、自由でもあるし、だからこそ、責任が伴うし、誰も助けてくれへんこともある。」

「オーナー、言い方は考えてくださいね。」

「すまん。でもな、あやめちゃん、あやめちゃんだけやないけど、周りの大人は、あやめちゃんのことを、そういう目で見よんねん。この子は、自分で責任を取れる人間やって。」

「…。」

「わかるか?この怖さが。あやめちゃんは、誰かの許可を得なくても、何でもできるねん。それは、誰にも知られることなく、何かをさせられる事でもあるねん。」

「…はい。」

「自分で、選ばなあかんで。ちゃんと見極めなあかんで。」

オーナーが、私の肩を掴む。

「ちょっとでも、わからへん思たら、聞かなあかんで。俺でもええし、このアホでも良い。大人が近くにおるんやから。」

「誰が、アホですか…。」

お姉ちゃんの呆れたようなため息に、オーナーは、苦笑いを奏でながら、頭を下げた。

「もっと、疑うことを覚えなあかんし、頼ることを覚えなあかん。特に、あやめちゃんは、ほんまに…。」

「ごめんなさい…。気をつけます…。」

「ちゃうねん、怒ってるわけちゃう。18歳になったから、ちゃんと言わんとな思てん。それだけや。」

「ほら、オーナーの言い方が悪いから…。」

「何でやねん…、何か、ごめんな。」

「ごめんなさい…。私、できないことばかりですが、がんばります。」

私は、俯いたまま、私に刻み込むように、静かに奏でた。

「ゆりちゃん、私からも一つだけ、良いかな?」

お姉ちゃんが、優しく私を抱きしめてくれる。

「少しずつでいいから、ごめんなさいを、ありがとうに変えていこっか。」

「…ごめんなさい……。」

「また、言っちゃったね。ゆりちゃん、貴女は、本当に優しくて、温かくて、素敵な子よ。もっと、自分を良く見てあげてね。」

お姉ちゃんの柔らかな手が、私を撫でてくれる。

「そしたら、ありがとうに変わってくるから。」

「はい。」

「そろそろ、イベントの話に戻してもええか?」

オーナーが、顔を覗かせる。

「少しくらい、浸らせなさいよ…。」

お姉ちゃんは、その顔を見つめ、深いため息を奏でた。


イベントは、これが初めてではない。

だからなのか、計画ミーティングは、それほど長くはなかった。

それでも、私を部屋に呼んでくれた。

それは、きっと、このたくさんの大切なお話を、奏でてくれるため。

私は、部屋を出る前に、振り返った。

「ありがとうございます…。」

今にも消えてしまいそうな音色。

それでも、私は、伝えたかった。

烏滸がましいと、思われるかもしれない。

私なんかのために、してくれているわけではないかもしれない。

それでも、私は、嬉しかったから。


私の言葉に、私は怯えている。

体中が、震えている気がする。

柔らかな腕が、そんな私を、優しく包んでくれた。



「ねえ、もしかして、新しい子の話してたの?」

部屋を出るなり、待ち構えていた三人が、私に詰め寄る。

「新しい子?」

私は、静かに首を傾げた。

「あれ?違う話だったの?オーナーとママとあやめちゃんで話してたから、てっきり…。」

「えっとね、今度のイベントのお話をしてたの。」

「もしかして、新しい子のこと、何にも聞いてない?」

「うん…。」

「まあ、天使ちゃんなら、関係ないかもね。」

三人が顔を合わせて、ため息を紡ぐ。

「何かあるの?」

私は、不安気に聞いた。

「その子、この辺りじゃ、有名なのよ。読モもちょっとしてたみたいだし…。」

「有名…。」

「そうなの。人気がすごくてね。ホストがキャッチもせずに、サイン求めてるくらいよ。」

「芸能人みたいだね。」

詰め寄るように紡ぐ彼女達に、私は微笑んだ。

「でも、何で、そんな子が、こんな場末の店に来るんだろう…。」

一人の子が、不思議そうに呟く。

「何か裏がありそうよね…。もしかして、このお店を潰そうとしてるのかも…。」

もう人の子が、怯えたように囁いた。

「どうするのよ、こんな平和な店、他にはないわよ…。」

その二人が、顔を合わせる。

「ねえ、天使ちゃん、絶対に負けないでね…。」

縋るような二人の瞳が、私に突き刺さる。

私は、その圧に押されて、壁に寄りかかってしまった。

「自分たちで勝とうとは、思わないのね…。」

いつも冷静な、三人組のもう一人の子が、ため息を奏でた。

「私たちに、勝てると思ってるの?」

その音色に、三人が笑い合う。

私は、小さな微笑みを奏でながら、それを見つめていた。


新しい子。

どんな子なんだろう。

私より、夜の先輩。

でも、この店では、私の初めての後輩。


私が、先輩になる。


「怖いな…。」

私は、控え室の床に座り、小さく呟いた。

今日は誕生日…|ㅎ.ㅎ)

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