第20回 顧雍、呂壱に告発される
家人が深刻な顔で顧雍に近付いてきた。
振り返った顧雍に、家人は拝礼して報告する。
「また、呂壱の告発での逮捕者が出たそうです・・・。」
「そうか。わかった。」
顧雍が最近頭を悩ませているのがこの「呂壱」の存在であった。
この呂壱は、「中書典校郎」という役職にあり、中央と地方のやり取りなど、文書の監察権を持っている。
非常に摘発が厳しく、それを「厳正」と捉えた孫権が近頃はこの呂壱の意見を全面的に信用し、逮捕者が続々と増えているのである。
官僚はもちろん、重臣たちも例外ではない。
呂壱の告発内容は全てが虚偽であるわけではないが、問題とする事項は些細な事項ばかりであり、それを罪としてあげつらい、孫権に報告をしているのである。
あまりの逮捕者の数に、上大将軍の陸遜や太子の孫登も呂壱の告発は行き過ぎであると上奏したが、孫権は聞く耳を持たなかった。孫登が顧雍を訪ねてきた。孫登が言う。
「先生。ここ最近の呂壱の告発は行き過ぎであると思い、父に上奏しましたが、聞き入れてもらえませんでした。先生はどうお考えでしょうか。」
「・・・。これは非常に難しい話です。呂壱の法の適用は厳格と言うより、残酷、と言えましょう。しかし、その手厳しさを陛下が信頼なさっている以上、止めることは出来ますまい。」
「このまま、黙って見ているしかないのでしょうか。」
「・・・。そうかもしれません。しかし、私にとってもひとごとではありません。恐らく、近いうち、この顧雍にも呂壱の手が及びましょう。」
「そんな・・・。先生は丞相です。その先生を告発など・・・。」
すると、家人が血相を変えて駆け込んできて言う。
「旦那様。呂壱殿が旦那様に面会を求めております。」
「来たか・・・。」
顧雍は心中呟いた。
すると、そこに呂壱が現れた。そして言う。
「丞相殿。あなたが左司馬であったころの文書に疑義が見つかりました。つきましては、その調査をさせて頂く。」
顧雍は何も言わない。孫登が言う。
「呂壱よ。丞相の身柄を拘束するというのか。」
「これは太子様。この呂壱、陛下の命をもって調査をしておりますので、いくら太子様といえども、お止めできるものではございませぬぞ。」
顧雍が口を開く。
「呂壱殿。この顧雍、逃げも隠れもせぬ。存分に、取り調べをするがよい。」
「さすがは丞相様だ。さあ、太子はお引き取りください。」
「いや、取り調べの一部始終、見届けさせてもらおう。」
顧雍が言う。
「太子。取り調べに太子とはいえ立ち会えるという法はこの呉にはございません。どうぞ、お引き取りを。」
「しかし・・・。」
「お引き取りください。」
太子は納得できなかったが、顧雍邸を後にした。
呂壱による、顧雍の取り調べが始まった。
呂壱によれば、顧雍が左司馬の時代に武器商人から武器を仕入れた際の支払金額と、書かれている金額に齟齬があり、その差額を顧雍が横領したのではないか、という指摘であった。
もちろん、顧雍はその様なことはしていないので、きっぱりと否定をした。そして、その書類の不備をもって罰せられるのであれば、当時の責任者であるのは事実であり、どんな罰でも甘んじて受けるとも言った。
呂壱の方でも、かなり時間の経過している事案であり、顧雍を追い込むほどの証拠もないことから、今回は不問に処す、と決定した。
翌日、顧雍は孫権から呼び出しを受けた。孫権が言う。
「昨日、呂壱が丞相の所に行くことの許可は私が出した。結果、不問に付すと呂壱から報告があった。」
「書類に不備があった事は事実であり、陛下にはご心配をおかけして、申し訳ございません。」
「うむ・・・。いくら丞相とはいえ、疑わしきは調べざるを得なかった。そうしなければ、法の下で平等ではなくなるからな。」
「ごもっともです。法の適用は、平等であることが大前提です。今回の私への取り調べも、必要なものであったと理解をしております。」
「そうか。さすがは丞相、わかってくれるか。これからも、職務に励んでくれ。」
顧雍は拝礼して、退出した。




