ドックデイズ事件
「暑いですぅ」
金子がだらけた表情で愚痴っている
「空調設備に異常があるんじゃ・・・」
低身長でぽっちゃり体形の彼女が緩んだ表情で歩いていると
周りの人達からゆるキャラを見るような視線を集めている
それもそのはず
彼女の頭上にはピンク色に淡く光るリングが浮かんでいた
「それは何」
大山根は初めて見る奇妙な物体を尋ねると
金子はよくぞ訊いてくれましたとばかりに意気揚々と答える
「自動追跡型空調機です」
「都市伝説ファンサイトの知り合いに旧地球世紀のレトロ家電コレクターの人がいて、その方から譲ってもらったものです」
「ドローンは規制があるけど大丈夫なの」
大山根の心配に、金子は笑って
「これは家電です、登録されている使用者の頭上30㎝に留まる設定なのでドローンの条例に引っ掛かりません。」
「そもそも旧地球世紀に製造されたもなのでコロニー法の適応外です」
と言い切り、「多分・・・」と小声で付けたす
「しかし、凄い熱気ですねぇ、コロニードックフェスティバル。今回で77回目らしいですけれど」
そこで金子は周囲を軽く見廻すと
「コロニーにこんなにたくさんの犬が居るんですねー」としみじみと呟く
知識としては頭に入っていても直に目にするのは初めての品種が数多く集まっている
「ここにいるのはコロニー全体からするとごく一部に過ぎないわ」
「それでも、ここを視察する意味はあるのよ」
二人はフェスの関係者用の腕章をつけているが運営委員として来ているわけではない
「ドックフェスにきている飼い主は当然許可書持ちですよね?」
「本来ならね」大山根は同意するが
「でも以前に飼っていたペットが死亡した場合、飼育許可を取り直さないといけないのだけれど」
「たまにそれを横着して、死亡したペットの違法クローンを造ってしまう飼い主がいるのよねぇ」
「ペットとの別れを受け入れたくない気持ちはわからなくもないですけど」
「でも、どうやって見分けるんですか」
大山根はショルダーバッグから取り出したタブレットを金子に渡す
「コロニーで登録されているペットの情報が全て入っているから、ここに集まっているペットと見比べるのよ」
「例えば、あのトイプードル。年齢は20歳の筈だけれど、どう見ても5歳に満たないでしょ」
「つまり違法クローンという事でチェックリストに記入しておいて、後日改めて取り締まる訳」
「協賛企業の中に環境保全局の名前があるのはそんな裏事情があるんですねぇ」
「ルールを守っている飼育者とそのペットには楽しんでもらうのが大前提としてよ?」
「でもそれじゃ予防接種会場とかの方が確実なのでは」
金子の疑問に大山根はあっさりと答える
「優先順位の差ね、動物病院や保健所では違法性より治療や予防接種が仕事だから」
「あと、獣医は守秘義務を盾にイチョウ課に通報したがらないのよねぇ」
「まあ獣医を志す人たちだから、どうしても動物の方に感情移入しちゃうんでしょうね」
大山根はやれやれといった風に言いながらも、愚痴といった様子ではない。
他愛ない話をしながら犬用のファッションショーやカットサロンの出店など各種イベントを視察しつつ会場を縦横無尽に歩き回る。
「・・・あの男性少し怪しいわね」
大山根は一人の男に目を付ける、彼女の指さす方向を金子が注視すると
黒いバックを抱えて足早に人ごみの中を移動している中年男が二人の近くを横切っていくのが確認できる
「運営委員に確認してみるわ」
大山根が連絡するために視線を外した時に中年男の持つバックが内側から動くのを金子は目撃する
「行方不明の犬がいるんですか?・・・黒いミニチュアダックスフンド?・・・GPS付きの首輪がゴミ箱に捨てられているのを発見している・・・」
どうやら大山根は通話に気を取られて気付かぬ様子だった
咄嗟に金子は自分の上に浮いているドローンエアコンのユーザーを走り去ろうとする中年男に変更する
「シュワチ」
意味のない掛け声とともに拝み打ちの要領でドローンを中年男に投げつける、ドローンはさほどの勢いもなく、フラフラと前方に押し出されただけだったが、持ち前の性能を発揮し中年男の頭上に到達する。
「職質の必要があるかも」
大山根は通話を切り視線を戻すが「しまった見失った」余りにも人出が多すぎるために遠ざかる人影を追うのは難しかった。
「水魚さっきの男性は確認できる?」
「ピンクのドローンが上に浮いています見失うことはありませんよ」
「ほらあそこ!」金子は人波をかき分けつつ走ろうとするが真っ直ぐに進む事さえ上手くいかない
「なんだこりぁ」中年男は自分の頭上で熱風を発生させている機械を相手に悪戦苦闘していた
金子が機転を利かせ設定温度を最高温度に合わせていたため周囲の熱気と併せて眩暈がするほどの状況となっていた。
「この」抱えていたバックを放り出し両手でドローンをつかみ取り地面に叩きつけようとしたところで、
大山根の声がかかる
「この犬は貴方の飼い犬ではありませんよね」
大山根が拾い上げたバックはファスナーが開けられ、そこからは黒いミニチュアダックスフンドの頭部が飛び出している。
「くそ」中年男が踵を返し逃げようとするがその足に追いついた金子がタックルを仕掛ける、
そしてそれは絶妙のタイミングとなった。
中年男は勢い良く顔面から地面に激突し、目を回しピクリとも動かない。
「あわわわ、大丈夫でしょうか~」
金子は慌てているが
「いいタックルだったわね」大山根は笑いながら云う
「気を失っているだけだから運営スタッフが来るまでそのままにしておきましょう」
「ウナギちゃん~無事でよかったわ~」
何だかテンプレ的なセレブ老女が飼い犬を抱き上げて喜んでいるようすを眇めに見ながら
金子は飼い犬に動物の名前を付けるセンスに辟易する
「鰻と犬って旧地球世紀のUMAじゃあるまいし」
周囲に聴かれないよう小声であるが思わず突っ込んでしまう。
「貴方たちがウナギちゃんを助けてくれたのね。ありがとう」
自分と先輩に交互に頭を下げるセレブ老女ではあるが当のミニチュアダックスフンドはリードの限界まで落ち着きなく走り回っている、このありさまではさぞかし誘拐されやすい事だろう、などと考えていると
「礼には及びませんよ」と大山根は感情のこもらぬ声で答える
その声色は金子の良く知るもので、これから大山根の云う台詞が予測できてしまった。
「ウナギちゃんですか、この犬は違法クローンですよね。」
「貴方の飼育許可書は取り消されます、保健所で預かる期間は1ヶ月です、それまでに飼育許可書を再申請してくださいね、初犯であれば期限内に許可が下りるでしょう。」




