エンブリオ事件
通路は薄汚れて埃が積もっていることからしばらく使われていないことがうかがえる
照明も所々に点灯していないところがあるがどちらかと言えば未だに電源が通っていることの方が不思議ともいえるその中で、大山根と金子が付けた足跡だけが真新しいものだった。
「ヒクイドリ事件から何とか痕跡を辿ってここまで来たけれど、この様子だと無駄足になりそうかしら」
「こんな下層まで降りてきたのは初めてです」
金子が頼りなさげな声を出す
「老朽化が酷くてろくに手入れした様子もないのに人が住める環境とは思えません」
「空調も怪しそうだし酸素ボンベの確認をしておきなさい」
大山根の注意喚起に金子はひえ~と慌ててバックパックを探る
「誰もいないはずの区画で消費電力が多い場所を捜索してきたけどココが最後、当たりだといいのだけれど」
そう呟きながら大山根は通路の突き当りになる部屋のドアを開けるが
「どうやら、手遅れだったみたいね」
大山根は床に横たわる死体を確認しながら通路から室内を覗き込みうろたえる金子に注意する
「あまり周囲の物には触らないで現場保存をしないと」
「それと四月一日さんに連絡した方がいいわね殺人事件になるかもしれないし」
大山根の言葉に金子が背後で気絶して倒れる音がした
「えらいことになったねぇ」
四月一日は鑑識がいきかう部屋を通路から覗き込みながら隣に立つ大山根に声を掛ける
「私の記憶に間違いがなければこの部屋で死んでいたのは違法ペットブリーダーとしてイチョウ課が懸賞金を賭けていた港守 抜十ではないでしょうか」
「そうなの」四月一日が管木に問いかけると管木が鑑識からの情報などを確認しながら
「それが・・・」と言いよどんだ後
「マイナンバー端末が無いんですよ」
「顔認証の結果では確かに港守抜十という人物と一致しますが」
「港守は5年前にバラバラ殺人事件の被害者として死亡を確認しています」
そこで一旦、言葉を切りちらりと大山根に視線を向ける
「捜査情報を話すわけにもいかないでしょう?」視線に答えるように大山根は口を開く
「先に私達が知っている事となぜここにいるのかを話しておきましょう」
「港守は7年前のハダカデバネズミ事件に関係する人物としてマークしていましたが」
「5年前に頭部のないバラバラ殺人事件としてネットニュースになったのを機にイチョウ課でも忘れていました」
「しかし先月のヒクイドリ事件ですが捕獲したヒクイドリがオスであった事で私が再調査をしていたわけです」大山根がそこまで言ったときに四月一日がポンと手を叩く
「首無し殺人事件で思い出した、確か加害者不明のままの未解決案件だねぇ」
「優秀な違法ペットブリーダーとして月の地下都市のマフィアと繋がりがあると噂されていた人材だ」
「その通りです、ただ優秀ではなく天才だと補足します」
「天才?違法ペットブリーダーが」四月一日の疑問に大山根は首肯する
「港守はゲノム編集の博士号を修得しています」
「巷に溢れている違法ペットブリーダーはメスの卵子に同個体のDNA情報を移植してクローンを生ませて増やしています、ですので取引される違法ペットは全てメスのはずなのですが」
「ヒクイドリはオスだったとか言っていたねぇ」
「ヒクイドリを飼育していた部屋を調べてみたところ番がいることが分かりました」
「密輸の可能性も疑いましたが、地球の鳥類はほぼ絶滅危惧種ばかりで、入手は不可能だと判断しました」
「港守はゲノム編集技術を使ってXY染色体個体を創り出す事が出来るのですが既に死亡していたはず」
「それでオスの違法ペットの入手経路を再調査していたわけです」
「5年前に港守が創り出したオス個体がまだ裏社会で流通しているだけなのでは」
管木が意見を述べるが大山根は首を横に振る
「ゲノム編集をしているとはいえ、繫殖能力は高くありませんし、奇形が生まれやすくもあります」
「港守の死後は流通経路に上がることはなかったのですが」
「先日捕獲したヒクイドリは5歳に達していませんでした」
「なるほどね~。存在するはずのない違法ペットのオス個体を作り出せる施設も人材もイチョウ課にすれば、それは気になるよねぇ」
四月一日がしきりに感心していると
女性警官が「お連れの方が目を覚ましたようです」と報告してきた
「ああそう?それじゃあ大山根くんも金子くんも、もう帰っていいよ」
「後は僕たち警察の仕事だから」
「ちょっと。四月一日さん、いいんですか第一発見者ですよ」
「署で詳しく話を聴かないと」
「身元もハッキリしてるし彼女たちが加害者ではないことは明白だし」
「何よりこれは殺人事件でもないしね」四月一日はあっさりと言う
「どうしてそう言い切れるんですか」管木の問いに
四月一日は肩をすくめて
「僕も色々な現場に立ち会っているからねぇ」
「アレは餓死だねぇ」
「検視報告書届きました」管木の提示する書類に眼鏡をかけながら四月一日は目を通す
「色々な疾患を抱えていたみたいだけど、ヤッパリ直接的な死因は飢餓による栄養失調症かぁ」
「あの部屋の奥にはそこそこの大学病院並みの機材がそろっていたようだね」
「バックに付いているのがどんな組織なのか分からないけどかなりの資金力がある事は確かだねぇ」
「やはり、月の地下街マフィアでしょうか」
管木の言葉に四月一日は首をかしげながらも
「ひょっとしたら餓死の原因は先月、宇宙港での密輸事件で警察の捜査が入ったから月からの援助が一時的に途絶えたせいかもしれないねぇ」
「科学捜査研究所からの報告書はよんだ?」
「いえ、まだです」
「奥の部屋でキーウィの卵が発見されたんだけど違法ペットとして作られていたんじゃなかったんだよねぇ」
「卵の中で人間の臓器が培養されていたみたいだ」
「驚くよねぇ、闇で取引されていた臓器の卵がまさか港守が製造していたとは」
「まあでもこれで、5年前のバラバラ殺人事件の真相が見えたね」
「それはどういう事ですか」
「港守は自分の死を偽装するために培養した自分の身体を使ったんだ」
「培養できるパーツが小さいからバラバラに見えただけなんだ」
「どう組み合わせたところで一人分の体に足りなかったのも納得だ」
「マイナンバー端末まで埋め込んで指紋もDNA鑑定も一致すればそれは、気付かないよ」
「猟奇殺人でなく、猟奇的な偽装自殺とはねぇ」
「臓器の卵の件はどうなるんですか」
「臓器の卵に入っていた心臓のDNA鑑定の結果だけどね」
「月政府の要人らしくてねぇ」
「月の公安には知らせてあるが、これ以上は管轄外だと釘を刺されたよ」
「そんな・・・」
管木は絶句するが四月一日は彼の肩を叩き
「無理を通そうとして妨害されるより、伏して時機を静かに待とうよ」
「僕らはハードボイルドにはなれないしね」




