猿真似事件
その男は一言で表すならば嫌な奴で在ろうか
何が面白いのか
「ガハハハッ」と近くにいる人間の鼓膜を破ぶろうかとするような大声で笑い
信じられないほど高級品で在り、尚且つ高い税金のかかる葉巻を常にふかしていた
無駄にデカく重い天然木のテーブル、何処までも沈み込んでいきそうなソファー
天井も高く広い応接間であるにもかかわらず葉巻の煙が充満していて
よくスプリンカラーが作動しないものだと故障を疑うほどだ。
飼い猫が数匹部屋の中に放されているが、煙を嫌い飼い主の男に近寄りもしない
高級であることは間違いない絨毯の上には葉巻から落ちる灰が巻き散らかされていて
猫の代わりに掃除ロボットが男の足元にまとわりついていた。
限られた住居区しかないコロニーにおいて
これ程の個人スペースを確保している人物などそうはいないであろう
常識的な感性を持っていれば遠慮するという言葉が出てきてもおかしくない
金子は屋敷に入る前に
仕事時にはいつも着用しているマスクの予備をなぜ渡されたのかが理解できた。
隣に座る上司の様子を横目にそっと窺う
鼻筋から顎先までをピッタリと覆うマスクを着用しているのはいつも通りだが
相手に向けられている目は今までに見たこともないほど細く弓状に形作られている
ここまで見事な作り笑いを金子は観たことはなかった。
「おっしゃる意味がよく解りませんね」
まったく感情のこもらない声で大山根が受け答えする様子が余りにも非日常に感じる
無表情ゆえに逆に冷静さに欠いているという印象だった。
「簡単な用事をしろといっている」
「ワシのかわいいペットが昨日から行方不明になっておる」
「部屋の番号錠を開けて外に出ていく姿が監視カメラに映っておつた」
「迷いペットなら民間業者を紹介しますよ」
「私たちが取り扱っているのは違法ペットです」
「そんなことは判っておる」
「しかしだ、ビスケット君が家出するのはこれで3回目だ」
「このことが表沙汰になれば、ペット飼育の許可証が取り消される可能性がある」
「だからこうして、内密に古巣に対処を頼んでいる訳だ」
「ハダカデバネズミ事件ではイチョウ課はワシに借りがあるだろう」
男はふんぞり返って人にモノを頼んでいるような態度には見えない
対して大山根は表情も感情のない声色にもまるで変化がない
「イチョウ課はコロニー公団に借りなどありませんよ」
「コロニー公団はコロニーの建設と増改築が仕事」
「我々、環境保全局はインフラ維持が仕事です」
「例の事件の時もコロニー公団が増改築時の製図をきちんと管理していれば何の問題もなかったはずです、責任転嫁も甚だしい」
「ですが。ペットが野放しになっている状態はわたし達としても好ましくありません、癪ですが、引き受けますよ」
「時間も惜しいのでこれで失礼します」
返事も待たず立ち去ろうとするが
「相変わらずの無愛想ぶりだな、そんな事だから婚期が遅れるんだ」
背を向けた大山根に男の一言が刺さる
「 (*´Д`) 」大山根が疑問符を擬音にしたような声を上げる
「セクハラで訴えられたいのですか」
「ごめんなさい」思わず金子が謝ってしまう程の迫力だった。
直接怒気を向けられた男はソファーの背に隠れるようにしてこちらを見ていたが謝罪する気は無いようだった。
「吐いた唾は吞めませんよ」冷ややかな視線を残し大山根は部屋を出て行く
「あの嫌味な爺は誰なんですか」
さっきまでいたビルを見上げながら金子は隣に並ぶ先輩に問いかける
ここはコロニーの上層区画で増改築されたバームクーヘン状態のコロニーの外周部近くになる
故に天井部がかなり低くなっておりビルと言っても三階建て程で屋上部分は下層階との隔離壁になる
そもそも回転運動を人工重力に変えているコロニーでは高層ビルを造ることは出来ない
金子が立つ地面が1Gになるように設計されているからだ
嫌味爺のいた三階では金子は僅かに身体が軽く感じた気がしていた・・・多分だけど
この区画は富裕層向けの住宅街で道路は広く天井部分はどうしても視界に入るので
地球の空の映像が映し出されている
少し場所を移したオフィス街や繫華街では企業広告の映像である事を考えると住民への配慮が感じられる
「累神円公十年前に環境保全局の副局長を退職後コロニー公団に天下りし重役に収まった人物です」
「それだけだったら良かったのだけど。未だに環境保全局に強い影響力があるのが問題なのよ」
「今回みたいなのがいい例ね」
「ペットが逃げ出したのは3回目ですが」
「最初は大騒ぎになりましたが環境保全局が火消しに奔走したようです」
「2回目からはペットの方が学習し、人間に見つからない様に隠れてしまい捜索は困難を極めて」
「私も駆り出されました、全くもっていい迷惑です」
「逃げ出したペットは、確かビスケット君でしたっけ?」
「どんな動物なんですか」
金子が能天気に尋ねる
「人間の4歳児と同じくらいの知能があると言われている霊長類」
「チンパンジーです」
「先輩は隠れた動物を見つけるのは人間には不可能とよく言ってますけど本当にそうなんですか?」
金子は自分の指導に付いた大山根が逃げ出した違法ペットを捕獲できなかったことなど一度もない事を思い出しつつ尋ねる
「そもそも身体能力において人間は万能タイプであるが故に環境に特化した動物には敵わないモノです」
「人間が万物の霊長たる所以は世代を超えて受け継がれる知識の積み重ね」
「記録を持つ事が出来る言う一点のみ」
「他の社会性動物が親からの子へ道具の使い方を教育する相伝的なものはあっても文字を使った世代を超えての情報伝達を習得した生物はいない」
「人類文明に勝る能力は無いわ」
大山根は用意していたアタッシュケースを金子の前で開錠した
「ヒクイドリ事件の時は申請が間に合わなかったけれど、今回は上からの無理難題をやらされているのだから、こちらもそれなりの装備を用意させたわ」
ケースの中には手のひらサイズの自動追跡ドローンが5機収められていた
大山根はドローンに必要な情報を入力していく
捜索するチンパンジーの画像
チンパンジーは飼い主と同じく喫煙嗜好があり葉巻を持ち出していた
前回はコロニー内にある自動ごみ箱
上はごみ箱で下側が掃除機になっている機械が歩道を巡回しているのだが
そのごみの中に葉巻の吸い殻がないかを調べて隠れ場所を推測した
今回も清掃局からゴミの情報を提供してもらい入力する
既にいくつかの吸い殻が回収されているようだ
「タバコのポイ捨てとかマナーが悪いですね」
きっと飼い主の影響だろうと金子は思ったがそれよりも
「タバコの受動喫煙だけでもペットの虐待行為といえるのに」
「喫煙習慣があるのなんていいんですか」
「良くないけど環境保全局にコネがあるのがつらいところね」
「上層部がもみ消してしまうから他機関からのテコ入れがないと・・・」
愚痴ぽい事を大山根はこぼしながらもドローンからの映像を確認する
「見つけたようね」
繫華街の裏路地でホステスから餌付けされているビスケット君がいた
「直ぐに移動するわよ」
「いましたね」金子は裏路地の角からそっと窺うように目視する
「ホステスさんからビールのお酌してもらいながら葉巻をふかしているチンパンジーっていったい何のパロディですか・・・」
「ホステスさんもまだ近くにいますし、どうやって捕まえるんですか」
「用意してあるわ」
言いつつ大山根は背負っていた長方形のケースをそっと地面に置く
初めて見る装備に金子は興味を示す、多少の機構が施されているようだが只の細い筒のようだった
怪訝さが表情に出ていたのだろう大山根は金子に笑いかける
「数年前から蜂須賀流吹矢道を習得しています」
「こう見えても、四段の腕前よ」
路上に突っ伏していびきを立てるチンパンジーを見下ろしながら金子は大山根とホステスのやり取りをきいている
「ビスケット君が累神さんの所のペットだってことは知っているわよ」
「あの人はうちの常連だしパーティーにコンパニオン代わりに呼ばれるたこともある」
「ビスケット君を店に連れてきたこともあるしね、ちょくちょくうちにビールをねだりに来ることが有るけどキャストの子には受けがいいから、黙っていたのは悪かったと思っているわ」
「迷いペットを見つけた場合は直ちに通報するのが市民の義務ですよ」
「ごめんなさい」ホステスは素直に大山根に頭を下げる
「本来であれば飼育許可を持っていない餌付けは条例違反ですが、今回は不問にしますので次からは直ぐに私のところに連絡してくださいね」
累神は自宅でチンパンジーのビスケット君を抱きかかえてご満悦のようだったが
当のビスケット君は表情筋が豊かなチンパンジーらしく苦虫を嚙み潰したような顔をしていた
そこに来客を告げるノックが響き累神の許可もなくハウスキーパーを押しのけて部屋に踏み込んでくる一団があった
「何者だ貴様ら」
累神の怒鳴り声に集団のリーダーらしき男が進み出る
「税務局の者です、貴方に葉巻の所有数の申告漏れの疑いがあり家宅捜索させて頂きます。」
数名の人員が各部屋を調べて回る間もリーダーの男は累神の前から動かない
何か怪しい動きがないか見張っているようだ
「何も見つかるはずがない」累神は自信満々のようだったが
ビスケット君が人の手ではとても動きそうにない天然木のテーブルをヒョイと持ち上げてひっくり返す
そしてテーブルの足をスライドさせて外すと内部の空洞に隠されていた大量の葉巻から一本を抜き出して税務局員のまえで一服しだした
それを見ていたリーダーの男はニヤリと笑い言う
「貴方には他にも色々な脱税の容疑があります、これからも長い付き合いになりそうですな」
数日後
「先輩。お昼ご飯ご一緒してもいいですか」
金子が声を掛けてきたのを合図に大山根は席を立ち、さっきまで見ていたネットニュースの画面を消す
「何かいいことありました?」
随分と機嫌がよさそうな上司に金子は尋ねる
「7年越しの借りを返してもらった気分ね、今日のお昼は驕ってあげるわ」




