切り裂き魔事件
SF俳句ミステリー編「万緑在りてこそ命の価値よ」の続きの話になります。
動物虐待のシーンが含まれる場合がありますので
不快に感じる方は読まないで下さい。
人類が地球を離れ宇宙で生活するようになって百年余り
月の裏側に位置するラグランジュポイントに浮かぶ宇宙コロニー
しかしそのコロニーも人口増加に伴い増設に増設を重ねた結果
いくつもの回転する円柱状の層を持つバームクーヘンの様な形状になっていた
そんなコロニーの中間層の区画で凶悪事件が発生していた
正体不明の通り魔による傷害事件だった。
コロニー警察の四月一日警部補は部下の管木巡査を連れて
数日にわたり捜査を行ってるが被害者の証言も要領を得ないものが多く
めぼしい手掛かりが見つからない
「四月一日さん、この辺は下層に近いから設備の老朽化が進んでいて
監視カメラから犯人の足取りを追うのは無理そうです」
「被害者の証言にしたところで2メートルを超える大男だったとか
奇声を発する老婆が時速100キロで走り去ったとか」
「まるで都市伝説ですよ」
まだ若手の刑事である管木はベテランの四月一日につい愚痴をこぼす
「そうだね~。一度事件を整理してみようか」
四月一日は苦笑交じりに手帳をめくりながら
「最初の事件は一人暮らしの高齢の男性が自室で背後から
鋭いナイフ状のもので首筋を刺されたことによる
出血死なんだけどね…」
「その事件を皮切りに周辺区域で切り裂き事件が多発しだしていますよね」
管木の言葉に四月一日は頭を搔きながら
「それね~。どうしてだと思う」
「普通逆じゃないのかなぁ。愉快犯の通り魔がエスカレートして殺人事件になるのなら。
まあ。判らないでもない、段々と強い刺激を求めるのならね」
「でもこの事件は殺人から始まって、後は幾人かのけが人は出ているけど
死ぬほどじゃない」
「そもそも通り魔が頻発しなければ独居老人の死体も発見が遅れていただろうに」
「ですね」管木は相槌をうつ
「通り魔事件の聞き込みに近所を廻らなければ自室で死んでいた
老人が見つかることはなかったと思います」
「死後1週間ほど経過していましたが凶器が一致したために
第一の事件と断定できたわけです」
「それこそ数か月もたっていれば死因も分からなくなっていたでしょう」
「まるで死体を見つけてほしくて通り魔をしてるようにも思えるんだけど
死体が発見された後も同じ事を繰り返しているねぇ」
「なんでだろうねぇ」四月一日は癖の強い髪をバリバリとかく
「ニュース見てないんでしょうか?」
管木のふとした言葉に四月一日は考え込む。
「愉快犯ならニュースはみるだろうねぇ」
「でもそうじゃなければ…とりあえずもう一度最初の現場に行ってみようか」
刑事二人が殺人現場のアパートにつくと
そこでは怪しげな人物が件の部屋をのぞき込んでいた。
薄い桜色のスーツの尻が開けられたドアの陰から廊下側へと突き出されている
「先輩。もう片付けられてますしココには何にもありませんよ~」
気の弱そうな若い女性の声が管木の耳に入る
「そこで何をしている」
管木の威嚇の声に女性は飛び上がらんばかりに驚き
管木たちに向き直る
「あやしいものじゃないです」
「コロニー環境保全局違法鳥獣取締り課です」
局員証明書を提示しながらも女性は直立不動で両手を挙げている
ぽっちゃりとした体型のかなり小柄な女性の為に
めーいっぱい両手を挙げていても、長身の管木の目線に身分証が届いていない
「管木くん大きな声を出しちゃダメでしょう怯えてるじゃないの」
「驚かしてすみませんでした、僕はコロニー警察の四月一日といいます」
「お嬢さんの名前を教えてもらえるかな」
「金子水魚です環境保全局員です」
それ程身長の高くない四月一日の眼前に身分証を突き付けるように提示する
「騒がしいわね、何かあったの?」室内からもう一人の女性が現れ金子の背後に立つ
「あら四月一日さん、お久しぶりです。」
「あ~イチョウ課の…確か」
「大山根琴音子です」
「ハダカデバネズミ事件以来だねぇ」
指を折って数えようとする四月一日に大山根は
「7年になります」と応える
「もうそんなに経つのか~」
「あの時の主任、確か渡くんだったっけ、元気にしてるかな」
「渡は今は資料課の課長をしています」
大山根の声色は明らかに不満が含まれていた
「ひょっとして、あの事件のせいかい」
「被害が出てたのは事実ですから…と本人は気にしていました」
「彼女がいなければ解決の糸口も見えなかったろうに」
四月一日の言葉は本心からだと分かったのか大山根は「本人に伝えておきます」と笑う
「それでどうして君がここに現場検証は済んでもう部屋は片付けられているよ」
「その清掃業者からの通報で隣の部屋から異臭がすると…」
「私と同じく鼻の良い人がいたようですね」
大山根は自らの鼻をほっそりとした指先でつついて見せるが
彼女の鼻筋から顎先までは肌に密着したマスクによって隠されている。
「このアパートは殆ど空き部屋ばかりのはずだ」
管木が言うと大山根の後ろに隠れていた金子が答える
「違法ペットの飼育者が空き家を利用するのはよくあることです」
「何か見つかったかい」
四月一日の問いに大山根は首肯し
「タカへ、キジ、ヤンバルクイナ、キーウィ。大量の鳥類の死骸がありました」
「多頭飼育による限界が来ていたのでしょう。皆、餓死していました」
「ということは違法ペットがらみのトラブルによる殺人?」
腑に落ちないと思いつつも四月一日は大山根に意見を聞くが
「そのことで、少し気になることがあってそちらの検死結果を教えてもらえないでしょうか」
と大山根は答える。
「部外者に見せられるわけないだろ」
怒鳴る管木を手で制しながら四月一日は言う
「責任は僕が取るから見せてあげなさい」
憮然としながらも上司の言葉に管木は大山根に資料を渡す
大山根は資料を一読して
「間違いなさそうです、この老人は隣の空き部屋で
飼育していた大型鳥類に餌を与えようとしたときに襲われ、
命からがら自室に逃げ込んだところで息絶えたのでしょう」
「鳥が隣の部屋から逃げ出した後でたまたまドアが閉まってしまい
誰も気が付かなかったようですね」
「人を殺せるほどの大型鳥類なんているわけないだろう」
管木は懐疑的な声を上げるが。
「おもに果物を食べる雑食性の臆病ものですが、
足には鋭く長い爪をもつ飛べない鳥」
「ヒクイドリです」大山根は確信をもって言った。
場所は変わりアパート近くの公園
コロニーの下層は人口が減少し市民の高齢化が進んでいるため
手入れが行き届かず草木は伸び放題となっていたり
場所によってはすっかり枯れてしまっていた。
「銀杏並木が銀杏を実らせる季節であれば
ヒクイドリも買い物帰りの人たちを襲うこともなかったでしょうに」
大山根は言う
「取り敢えずココには罠を設置しておきました」
「なんだアレは」
管木はイチョウ課の女性2人が仕掛けた罠を一瞥して呻いた
「違法鳥獣取締り課に受け継がれている伝統猟法です」
金子が胸を張って答えるが管木は呆れた目線を返す
大山根が設置している罠は
竹竿が巨大な竹かごを斜めに危ういバランスで支えているモノで
カゴの下には竹竿に紐で結ばれたバナナが置かれている
「前地球時代のコントかよ、あんな罠に引っ掛かる鳥がいるわけないだろ」
管木は言うが
「来ましたよ」金子が指差す先に黒い影が動くのが見えた
「マジかよ」管木はセリフには本当に現れた事と
想像以上にヒクイドリが大きかった事への二重の意味があった。
そんな管木に金子は鼻高々に云う
「飼育しかされていない動物は経験が積めないので単純な罠でも引っかかるんですよ」
罠をはさんだ反対側で四月一日と大山根の二人も待機している。
金子は手に持った麻袋を一つ管木にも渡す
「餌にも睡眠薬が入っています、うまくいけば良し、行かなければ」
「力ずくになりますけどね」
「鳥類は視力が優れている代わりに外部情報の習得を視力に頼りすぎているから、
だいたいは視界を閉ざされるとおとなしくなります」
「この麻袋を頭に被せろと?」管木は開いた口が塞がらないという体だ
「いつもこんなことをしているのか」
「そんな訳ないでしょう、本来なら人員を増強するところですけど
被害者も出ていることですし先輩は早期解決を望んでいるようです」
「四月一日さんが協力を申し出てくれたことにはすごく感謝しています」
そう云う金子の手は震えていた。
「全く…」管木は上着を脱いでネクタイを外す
気合を入れる為に自らの頬を両手ではたくとその音に
金子はビクリと体を震わせた。
「ちょっとやめてくださいよ、ヒクイドリが逃げちゃうでしょ」
「って?何でこっちに向かって来くるんですか!?」
ヒクイドリは空腹とストレスにより錯乱していたのか
金子達のいる方向へと突進してくる
「KUWAKUWAKUWAKUWA!!!!」
「なんだ?」サイレンのようなヒクイドリの啼き声に管木が驚く
「威嚇しているんですよ」金子は慌てて麻袋を構えようとするが
手が震えて上手く袋の口を開けられないでいる
「危ない」ヒクイドリから目を離した金子を突き飛ばし
管木は金子に襲い掛かろうとしたヒクイドリに覆いかぶさるようにしがみつくが
ヒクイドリは背中にしがみつく管木に頭部の角質突起を使って頭突きを仕掛ける
「痛てててっ」
まるで石で殴られているような激痛だが両腕を離すことはない
「もう少しだけ抑えていてください」
大山根が叫びながら駆けてくるのと其の後ろで四月一日がスッ転んでいるのが視界の端に映る
「大人しくしろ」管木の怒鳴り声にヒクイドリが一瞬、動きを止めた。
その隙を見逃さずに大山根は麻袋をヒクイドリの頭に被せる事に成功する。
「いや~大変だったね」やれやれといった体で四月一日は服の汚れをハタいている
「本当ですよ」管木は地面に座り込んだまま起き上がる気力もない
目線で保健所の輸送車にヒクイドリが運び込まれているのを追うのがやっとだ。
「この度はお世話になりました」輸送車を見送った後
大山根が二人のもとへと挨拶に来る
「ほら、水魚」背後に隠れている金子を管木の前へと押し出す
「ごめんなさい。」金子はハンカチを差し出す
「頭大丈夫ですか、血が出てますよ」
「これぐらいどうってことない」ハンカチを突き返しながら
「それよりも、さっきは突き飛ばして済まなかった」と頭を下げるが
その後に「余りにもトロコイからツイな」と余計な一言を付け足してしまう
彼の後ろで四月一日はあちゃーと顔を抑える
「緊急事態でありましたし、仕方ないですよね」
やや引きつってはいるが何とか笑顔を見せている
「ところでトロコイとは何ですか」
「鈍臭いってことだ。俺は動物の事は良く知らんがあんた向いてないんじゃないのか」
「わたしも警察官のことはよく知りませんが、コロニー市民に対して随分と横暴が過ぎるようで」
二人の間に何やら火花が見えるようだ、大山根は金子の手を引き四月一日に再度頭を下げる
「この度の件は貸しということにしておいてください」
「イヤイヤ。お互い様だし、気にしない。気にしない」
「後で調書とかその辺の協力だけよろしく」
「分かりましたご連絡してくれれば、私が直接お伺いします」
「それじゃあ、そういうことで」四月一日は軽く手を振って二人を見送る
「良いですか加害者死亡で凶器?のヒクイドリが押収できなくなりましたが」
「ああ、そう云えば管木くんはイチョウ課絡みの事件は初めてだったね」
「コロニーでは環境保全局は特定分野では警察以上の権限があるんだよ」
「そもそも、警察の留置場にヒクイドリを入れておけないしねぇ」
「そういうもんですか」管木はあきれ半分に云い
「そういうこと」四月一日は意味深に首肯する
この作品はフィクションです
ヒクイドリに目隠しをして大人しくなるかどうかは
検証されていません
くれぐれもマネしない様に




