零下の墓標
死んでいる。そう、ストウは言った。
それを受けて最初に反応したのは、サラエだった。
「ぐおっ!」
ガトレは突然のしかかってきた肩の重みに、思わず膝を着いた。ナウアを一緒に支えていたはずのサラエは、慌てた様子で療養室にある他の寝台や、寝台の下を覗き込んでいた。
「サラエ、急にどうしたんだ?」
ガトレの呼び掛けも無視して、サラエはなおも寝台付近を調べ続ける。
「サラエ……?」
必死に布団をめくったり、身を屈めて寝台の下を覗き込む様子は、何やら狂気じみた感覚をガトレに与えた。そして、最後の寝台まで調べ尽くしたサラエは、ユラユラと横に揺れながら、呆然とした様子で呟く。
「……いませんでした」
そこでようやく、サラエが何をしていたのかをガトレは察した。
「犯人を探していたのか」
療養質の扉は鍵が掛かっていた。ならば、犯人がまだ中にいる可能性だってあるのだ。
「法務官が来るまでは時間があります。ちょっとばかし、俺たちで調べてみますか。あまり物は動かさずにお願いしますね」
デリラの提案を受け、ガトレはナウアを別の寝台に寝かせた。頭を抑えながら「すみません」と謝るナウアに、ガトレは「気にするな」とだけ返す。
それから、デリラとガトレは二人で室内を調べてみたが、寝台以外に隠れられる様な場所はなかった。
その上、ガトレは窓の鍵も掛かっている事を確認した。
「やっぱり、誰もいませんか。じゃあ、死体について聞いてみましょう」
ガトレは頷くと、デリラと共に未だイパレアの寝台横に控えている、ストウの元へ戻った。
「えー、死んでるって話ですけど、本当ですか?」
「本当ですよ」
「魔力循環器が負傷した様には見えませんけど、どうしてそう判断したんです?」
「アビト族に対して治療魔術が劇的な効果はないです。負傷が大きい場合は、魔力が通っているのかもわからないという事ですよ。よって、脈拍というものを測りましたが、脈はなかったです」
脈拍というのをガトレは初めて聞いた。ガトレはデリラも恐らくそうだろうと感じたが、そういうものとして受け取った様だ。
「傷は腹部に対してのものですけど、アビト族は魔力循環器の負傷でなくとも死ぬものなんですか?」
「詳しくはわかりませんよ。ですが、元々、足を欠損していたところに、大きな怪我が追加されたのが良くなかったのでしょう」
大きな怪我。ガトレは、イパレアの腹部に刺さった金属の棒に視線を移す。
寝台の長さには及ばないが、イパレアの身長ほどはありそうだ。そして、その黒色にガトレは見覚えがあった。
「デリラさん。この刺さっているのはもしかして」
「お、デリラさんって呼んでくれましたね。そうですよ。察しの通り、これは俺がイパレアさんに差し上げた折り畳み魔道杖です」
「やはり、そうなんですね」
「たはは……。まさか、こんな形で本来の姿をお披露目するなんて、思いもしませんでしたね」
デリラは頭の後ろに右手をやり、乾いた笑い声を出す。ガトレがデリラの言葉に同意を込めて頷くと、デリラは右手で顎を支えながら、真剣な表情を浮かべた。
「ただ、これでイパレアさんが殺されたなら、事件はすぐに解決ですよ」
「それは、どうしてですか?」
「覚えてます? この魔道杖は普段折り畳まれていて、魔力を込めると杖になるんですよ。つまり、イパレアさん以外の魔力が込められていたら、その人が犯人って事です」
「……ああ、そうか。魔力紋採取機で魔力を取る事ができるんですね」
「はい、トレアリアです」
トレアリア。そんな名前だったか、とガトレは苦笑するが、デリラは誇らしげだ。
「とりあえず、この寒さをなんとかしたいところですね。杖も抜けませんし」
「ですが、魔術陣が発動中なら、犯人の魔力が残っているかもしれません。このままの方が良いのでは?」
「確かに、そうですね。一旦、部屋の外に出ましょうか」
デリラとストウが一足先に部屋を出て行く。途中、デリラがサラエに声を掛けて行った。
ガトレも寝台に寝かせていたナウアを背負い、改めてイパレアを一瞥する。
腹部から突き出る様に刺さっている黒い杖が、ガトレには死者に手向ける一輪の花、あるいは死体の居所を示す墓標にも見えた。




