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流れ魔弾と救国の英雄  作者: 天木蘭
2章:医圏管師は希う

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二発目の魔弾

「何を馬鹿な事を」

「誰だ!?」


ガトレの耳には、はっきりと声が聞こえた。

低い嘲笑を孕んだ声だ。慌てて辺りを見回すが、ガトレの視界には誰の姿も映らない。


「誰なんだ?」


ガトレがもう一度問い掛けるも答えはない。

まさかと思いながら、熊人の死体と英雄の死体を検めるが、異常は見つからなかった。


念の為、ガトレはまだ蓋を開けていない箱の中も見てみたが、横たわっているのは死体にしか見えない。


「……お前が、見張り役なのか?」


ガトレは辺りを見回しながら問う。

原理はわからないが、魔術で姿を隠しているのだろうか。死体が蘇ったというよりは、その方が現実味があるとガトレは判断した。


「だとしたら、何も馬鹿らしくはない。私は必ず、無実を証明してみせるからな」


ガトレの言葉が部屋の中に反響する。誰からも返答は来ない。


未だに姿を見せない見張り役が声を出したのは、油断だったのだろうか。それとも、死者の声だとでも言うのだろうか。


少なくとも、友好的な相手ではないだろうと思われたが、そこでガトレは一つの気づきを得た。


ナウアはまだ来ないのか?


死体の観察に、見えない相手とのやり取り。ガトレは、短くない時間を一人で過ごしている気がした。


英雄の死体を見る事はできた。そして、魔弾は二発撃たれたという、新たな可能性も見つかった。


これ以上、一人で確認できる事はないだろうと考え、ガトレは受付まで戻る事にした。


「おう。お戻りかい」

「ナウアはどこへ行ったのですか?」


ガトレは階段を上り扉を開けたが、部屋の中にナウアの姿はなく、亀人が受付に座るのみであった。


「呼出を受けたから、栗鼠人の患者のところに戻るって伝えて欲しいと言われたよ」

「そうですか」


栗鼠人という事は、イパレアのいる療養室だろう。しかし、呼出とは一体誰からだったのか。ガトレに一言も言わずに向かった時点で、ある程度の察しはつくが。


「ところで、貴方はとても財圏管の兵士らしく見えませんが、どうしてここの受付を?」


ナウアは財圏管が受付と見張りをしていると言っていたが、中には死体の他に何もない。そもそも、この亀人が戦えるとも思えなかった。


「財圏管の役割は、財を守る事にある。ならば果たすのに、必ずしも力は要らんという事じゃないかのう」

「……そういうものですか」


ガトレには亀人の言う事が理解できなかったが、それ以上の詮索はしなかった。ナウアの無礼な態度を思い出したからだ。


「では、私もナウアの元へ向かいます」

「おう。そうしてやりなさい」


最後までナウアとの関係も立場も読み取れないものの、何かが引っ掛かる亀人とのやり取りを経たガトレは、そのまま安置室の外へ向かった。


* * *


療養室がある棟まで来て、ガトレはさっきまでと空気が違う事に気づく。それは抽象的なものではなく、確実な変化であった。


既に安置室を出たというのに、冷気が流れている。


イパレアのいる療養室へ向かいつつ、ガトレはその発生源を探そうと考えた。しかし、偶然だろうか、療養室へ近づく程に温度が下がっている様に感じられた。


ガトレは自身の身体が殊に冷えていく様な気がした。


それは下がった気温のせいなのか、異常事態が呼び起こす嫌な予感のせいなのか、その判断もつかないまま、イパレアがいる療養室の前に着く。


冷え切った取っ手を掴み押してみるが、扉は開かない。何度か捻りながら試すも変わらない。その間に、すっかり手が冷え切ってしまった。


かじかんだ右手に息を当てつつ顔を上げると、ガトレは扉に丸窓がついている事に今更気づく。


そこから部屋の中を覗き込む。空気中の水分が凍ったせいで、ただでさえ白い部屋は更に白く染まっていた。


そして、白中に異なる色を一つ見つける。白に紛れて、いや、違う。覆われている。限りなく白に近い、肌の色。その輪郭、顔と手。


その姿を認識した瞬間、ガトレの拳は丸窓を突き抜けていた。


「ナウア!」


引き抜いた拳に刺さった痛みも忘れて、窓の割れ目から名前を叫ぶ。しかし、反応はない。


扉ごと壊すしかないか。


そう判断し、ガトレは効果的な術式を模索する。気温が低下しているなら、扉も凍って動かないのか? なら、火柱魔術を火柱でない方法で使えば。


ガトレは硝子片が刺さったままの右手で、術式を描き始める。しかし、痛みと寒さに震える手では、訓練で描き慣れた軍式魔術の術式ですら、正確に描く事が出来ない。


「くそっ!」


まだ無傷の左手で扉に殴り掛かる。何の意味もないかと思われたその行動は、意外にも功を奏した。


「おい、流石に我慢の限界だ!」

「ど、どうしたんですかその右手!?」


扉を殴る音に反応したのか、隣の部屋の扉からストウが、少し離れた部屋の扉からは、サラエが出てくる。


ストウはギョッと身を引き、サラエはガトレに向かって走り寄ってきた。遅れて、サラエがいた部屋からデリラも現れ、ガトレに気づくと早足で向かってくる。


「治療しまっす!」


一足早くガトレの元に着いたサラエは、自身の左手に術式を描き込むと、そのまま左手を自身の左胸に当て、術式を描いていた右手はガトレの右手に当てた。


「焦るな! 先にガラスを抜け!」


ストウがガトレに近づきながら怒声を上げる。その声でガトレも些か冷静になった。


「は、はいっ!」


一方ビクッと肩を跳ねさせたサラエも、左手を自身の胸から離すとガトレの腕を支える様に掴み、右手でガラス片を抜き始めた。


「丸窓を割ったのか?」


身体を摩りながら歩いてきたストウが、横目に扉の方を見てからガトレに訊ねる。


「中で異常が起きてるんだ。ナウアが倒れてる」

「なに?」


ガトレの目の前で立ち止まったストウは、訝しげな表情で割れた窓から中を覗き込む。


「魔術陣が発動してるのか」


ストウもガトレがした様に扉を開けようとするが、やはり開かない。


「扉は開かない。壊そうとしたところなんだが」

「魔道銃は持ってないんです? 人圏管に返しましたけど」


最後にガトレのところまで来たデリラが、窓の中を見てから目を細めて問う。


「俺の魔道銃は事件の証拠品として押収されてそれきりです。火柱魔術を発動しようとしたんですが、この右手では術式が上手く描けず」

「なら、俺がなんとかしますかね。ちょいと離れてくれます?」


ガトレとサラエは一歩引いて場所を開ける。

デリラは切る様に右手を振り下ろしながら、腰を低くして扉の前に立った。


そして、扉の下部に向けて慣れた手つきで術式を描く。


「その術式は一体?」

「裁断魔術って言います。指定した通りにモノを切れるんですよ。鉱石加工には必須級な魔術です」


言ってる間に術式を描き終えたらしく、デリラが魔力を込め始める。十分な魔力を得ると術式は輝き、扉の下部に人一人が通れそうな正方形の切れ込みが入った。


デリラがその箇所を蹴ると、パタンと正方形が部屋の中に倒れ込む。


「先に入って扉を開けてきます」


デリラは振り向いてそれだけ言うと、這って扉の中へと入った。少しして、カチャリと音がする。その後、バリバリと氷の割れる音がしてから、扉は開いた。


「どうやら、内鍵も掛かってたみたいです。中へどうぞ」


ストウ、ガトレ、サラエの順に部屋へ入り、ガトレは真っ先にナウアの元へと向かった。


「ナウア、大丈夫か?」


ガトレは左手で、軽くナウアの頬を叩きながら呼び掛ける。頬は柔く、凍っている感触ではなかった。


「ガト……レ……様?」


ナウアが目を覚まし、途切れ途切れにガトレの名を呼ぶ。


「ッ!?」


瞼が開き切り、完全に覚醒したところで、ナウアは自身の側頭部を抑えた。


「ナウア、大丈夫か?」

「確か……私は……」


再び瞼を閉じたナウアだったが、苛立たしげな叫びが聞こえてパッと目を開く。


「チッ! 一体何が起きたんだ!」


声の主はストウだった。ガトレ達からは幕に覆われて姿が見えないが、イパレアが寝ていた寝台の横にいるらしい。


「肩、アタシも貸しまっす」


ガトレとサラエで、ナウアを支えながら三人もイパレアの寝台へと向かう。


幕を退けてすぐに、ガトレは状況を理解した。理解させられた。デリラは通報し、ストウは治療魔術を試みているらしい。


「今すぐ療養棟に法務官を回してください」

「くそっ! ダメか……」


イパレアは目を閉じていた。しかしそれが、気を失っているからではなく、眠っているからでもないのだと、突き立てられた現実がガトレにそう誇示している。


イパレアの腹から、長い金属質の棒が伸びていた。こんな植物が育つはずもない凍りついた環境に、まるで、花開く時を待つ蕾の様に。


「……もう、死んでいる」

「殺人事件が発生したんです」


その根を潤すのは、ただの水分などではなく、本来ならば人を生かす為の赤い液体であった。しかし、それも今は凍り付き、命を動かす事すら出来ない、ただの氷塊と化していた。



二発目の魔弾(二件目の事件)

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