9 過去編
ドラゴンは行ってしまった。
一度だけドラゴンは、僕らの方に飛んできて、驚いたクララが橋から落ちて、コンラートが後を追って谷に飛び込んだ。
ドラゴンはその後でフラっと体勢を崩して去って行く。
本当に怪我してるみたいだ。
騎士マティアスからドラゴンが受けた怪我は未だ治っていない。
僕は橋を渡り切った後で、下へ行く道がないか探した。
別れ道を一つ一つ見て何があるか確認していく……手間は掛かるけど、めちゃくちゃ楽っ!
辺境伯が強力な魔法使いだと紹介してくれた娘のクララは、魔力は本当に凄いけど、冒険には向いていないな。
……コンラートはクララと一緒で楽しいらしいし……とりあえず遺跡の探索は僕がやって、ドラゴンの住処を見つけたら、クララに来て魔法を使って貰おう。
うん、これが一番いい考えだ!
◇
谷底に私とコンラートはいた。
「上に戻れる?」
「ここも上と同じ遺跡になってるから、探せば道があるだろう」
コンラートは私を抱きしめたまま探す気がない。
つねっても叩いてもあんまり効果がなく、どいてくれない。
「コンラートって……」
ガラッと崩れていた天井がまた崩れて、私たちのすぐ横に落ちた……。
「……上への道、探すか……」
すぐ隣にはただ広い部屋があった。
中央にキラッと光るものがある。
「何だ?」
近づくと、剣だった。
「あ——……っ」
その剣には見覚えがあった。
「……マティアス様の……剣だ……」
狼の紋章が中央にある剣をマティアス様がいつも腰に差していた。
「……っ! そいつは……お前が……」
剣は鞘がなく、刃が剥き出しで落ちていた。
「……マティアス様が北の街でドラゴンと戦って、ドラゴンに傷をつけた剣……なの……?」
ドラゴンに刺さって、ここまで運ばれた?
それにしては綺麗な刃先だと思う。
「ドラゴンを刺したら血が残ってるはずだが……」
剣を持って冒険してるコンラートも同じ事を思ったらしい。
ふと来た方向の逆を見ると赤茶色の跡がある。
「……あれは! 血……っ!?」
剣には何もないのに……これはドラゴンの血なの?
私はコンラートと顔を見合わせる。
「とにかく、剣をお父様に見せないと……」
「そうだな」
コンラートが布で剣の刃を包んでくれた。
……これが、マティアス様の剣……。
……。
「なんか、変な感じだ、お前が大人しいと」
私がマティアス様の剣を抱いて黙っていると、コンラートが言う。
「……」
「そんなに好きだったのか、そいつの事……。次期辺境伯で長女の婚約者だったんだろう? 妹のお前が結婚するには、姉がいなくなるしかないだろう」
コンラートは鋭い……けど、ズレてる。
「……私が、大好きなヘレンお姉様の代わりになりたいと思う訳ないでしょう……マティアス様が次期辺境伯になれなくなればいいんじゃない」
コンラートはショックを受けたようだった。
「ん? ……あれ、これしんみりする話じゃない……?」
——あれは、私がまだ15歳の頃。
私がマティアス様を好きだったのは、単純にヘレンお姉様の婚約者でカッコ良かったからだ。
マティアス様はヘレンお姉様の婚約者で次期辺境伯と言われている立派な方。
私なんて相手にしてもらえない、完全な片思いよ。
でも、どうすれば私と結ばれるか、想像だけはしてみたの。
それで思いついたのが、マティアス様が次期辺境伯でなくなればいいというものだった。
ヘレンお姉様に必要なのは、マティアス様じゃなくて、次期辺境伯になれる男性だもの。
マティアス様が大怪我をされて、次期辺境伯に相応しくないとなれば、私に回ってくるかもしれない!
思いついたら実行したくなる。
それで、ドラゴンを倒せる魔法『ドラゴンブレイカー』を練習したの……。
「って、待て待て! お前、『ドラゴンブレイカー』を最初から人間に使うつもりで習得したのか!?」
コンラートが驚いているけど、
「ドラゴンなんていないんだもの、当たり前でしょう」
今はたまたま、出没してるだけで、それまでドラゴンなんて辺境でも聞いたことがない。
「マティアス様には、結局、剣で魔法の球を斬られて、怪我一つさせられなかったけど……あの時は、私もまだ15歳の子供だったから……今なら、殺れるわ!」
「殺っちゃダメだろう!! 辺境伯の娘が次期辺境伯候補を殺すって大事件だぞ! ドラゴンにマティアスがやられて命拾いしたな! マティアスは死んだけど!!」
「流石に殺さないわよ、怪我してくれたらいいだけだもの。辺境伯の娘にやられたなんて次期辺境伯に相応しくないから、怪我させた私が引き取るつもりだったの」
「マティアスを弁護したくなってきた……」
私とコンラートが話しながら部屋の隅について、次のエリアに行くと、螺旋階段があった。
——けれど、階段の前に檻のような格子があって、扉に鍵が掛けてある。
構造からいって、反対側から開ける形をしていた。
この階に鍵があるというより、上から鍵を持って来て、この階に入る感じだ。
「フレデリックが鍵を見つけて来るまで待つか」
コンラートがすぐ決めて座ってしまう。
そして、私を抱き寄せるとキスする。
「私の初恋の話をしたばかりでしょう!?」
私は腕を伸ばしてコンラートの身体を引き離す。
「え? 初恋の話なんてしたか……?」
「最高に切ない失恋の話をしたでしょう!?」
「……絶対、されてない!」
……こんなに私にキスして、マティアス様の事を気にしたり……コンラートって……。
「私の事、好きなの?」
「な、わけない……!」
って、コンラートは真っ赤になってる。
「いや、好きだ、クララ」
コンラートはまたキスして、私を抱きしめた。
「何よ、急に。でも、キスするなら好きって言って貰わないと」
私が言うと、コンラートは真剣な目になる。
「愛してる、クララ」
「……な! なに!? それは早すぎでしょう!?」
コンラートが私に覆い被さる。
「フレデリックがいつ来るか分からないから、素直になった方が、やる事多くなるだろう」
「……! やる事って何よ!?」
押し倒された先は、硬い石畳の床だったけど、ファーのモコモコドレスのおかげで痛くない。
とにかく、ファーのドレスを着て来て正解だったと、ファーの上でコンラートの背中を抱きしめながら思った。
◇
ああ、ついに自由な時間が終わってしまった。
螺旋階段を降りて来た僕が思ったのと同時に、コンラートとクララも思ったに違いない。
「早かったな、フレデリック」
「フ、フレデリック様っ!?」
「ゆっくり来たんだけど……」
「いや、早く来いよ」
早く来てたら、クララがもっと大変な状態だっただろう!
鍵を開けて、二人と合流した。
そして、後ろを指差す。
コンラートとクララがいた場所から、螺旋階段を挟んだ反対側。
——そこには、ドラゴンがいた。




