17.地方騎士団の現実
野菜炒めと私たちの方の料理が来るのを待つ間、オーウェンは未改良のあの野菜ジュースのレシピをエルマーに教えていた。
味は覚悟してほしい、とオーウェンに言われたにもかかわらず、エルマーは、
「オーウェンさんが毎日飲んでいるなら、ヘドロだろうが毒だろうが全部飲み切ります!」
と、元気に宣言していた。
トールが私の微妙な表情から味を察したみたいだけど、エルマーに何も言うことはなかった。
それから二人に、私はこの食堂で出されている他の料理についても尋ねてみる。
彼らが言うには、ここは地方騎士団の行きつけで、それ以外にも地元で働く人たちが足しげく通ってくれているらしい。
二人の言葉から、この食堂がマルリックでもきちんと受け入れられているのを感じる。
――ここはリアン叔父様が計画して出店した食堂だ。
温泉街の中心地にはあるけど、狙う客層は観光客じゃなくて、あえてこの町に住んでいる人たちにしたんだと言っていた。
長く通ってもらえるように、量が多くて安いのが売りだ。
もちろん味にも自信がある。
だから大通りからかなり外れているにもかかわらず、この時間でもそれなりに人が入っているし、エルマーたち地方騎士団員も通ってくれるんだろう。
王都にあるシャレン食堂もそうだし、旅行初日に立ち寄ったスタンクの食堂も、他にも同じように、その場所に根付いたお店を王国各地に作っている。
そのすべての発案者が、リアン叔父様だ。
『これが、僕が兄さんに当主の座を押し付けてでもやりたかったことですよ』
叔父様は以前私にそう教えてくれていた。
そこに住む人たちが、日々の幸せを食事から感じられるようにと、そんな思いが叔父様の作った食堂には込められているのだ。
叔父様の気持ちは、ちゃんと形となってみんなに届いている。
彼らの話を聞くと、それが実感できて私も嬉しくなった。
ひとしきりエルマーたちから話を聞いたところで、テーブルの上に、頼んだ料理がどんっと置かれる。
「うわ、美味しそう……!」
野菜嫌いだって言ってたのに、エルマーの喉が分かりやすく鳴る。
お皿の上の野菜は、見ただけでシャキシャキ感が伝わる。
エルマーは肉と交互に野菜を勢いよく食べ始め、口に入れた途端感激の声を上げた。
「あ、オーウェンさん、野菜めっちゃ美味いです! 今度から焼肉定食と一緒にこれも頼みます!」
「ああ。……それより、もっと落ち着いて食べた方がいい。喉を詰まらせたら大変だ」
「了解であります!」
オーウェンの言葉にいちいち素直に反応し、口をもぐもぐさせながらビシッと敬礼のポーズを取るエルマー。
だけど彼はメニューを見て何かに気づいたのか、小さく声を上げた。
「野菜炒めって、こんなに安かったんですね。俺全然知らなかった……」
その言葉の後、同じくメニューに目を向けたトールが、かすかに息をついて続ける。
「地方騎士団って給金そんなに高くないもんな。こういう店は、ほんと俺たちにとっても助かるっていうか」
そういえば、以前オーウェンも似たようなことを話していた。
地方騎士団は、王国騎士団のうち、王都以外の治安維持を担う部門だ。
各地方に部隊が置かれていて、マドラン地方にもいくつかの駐屯地がある。
ここマルリックでは、エルマーとトールが所属する第三小隊が、この街と周辺地域を担当している。
近衛騎士団は高位貴族の子弟が中心で、予算もかなり厚い。
一方で地方騎士団は人数こそ多いのに、回される資金は圧倒的に少ない。
中央騎士団はまだましとはいえ、それでも恵まれているというほどじゃない――と。
思わずオーウェンを見ると、彼はどこか固い表情で目の前の二人を見つめている。
テーブルの下で、彼の手が感情を押し殺すように強く握られているのが見えた。
するとオーウェンの表情に気づいたのか、トールが慌てたように口を開く。
「あ、すみません! 別に中央騎士団の方が給料良くて羨ましいとか、そういうんじゃないで。だからオーウェンさん、気に病まないでください」
この言葉で、わずかにオーウェンの表情が和らいだ。
「いや……俺の方こそ、君たちに気を遣わせて済まない」
オーウェンの気持ちは、分からなくもない。
地方騎士団の現状は、私以上に同じ騎士団である彼の方が知っているだろう。
これも、近衛を中心とした上層部が私物化した、その弊害。
――そして、オーウェンが上に行きたい最大の理由。
と、ちょっと固くなってしまったこの空気を変えるように、トールが明るい声を上げる。
「でも俺たちは地方の中でもかなり恵まれてる方ですよ。マドラン地方はマルリックみたいな観光地を抱えてる分、財政にもまだ余裕がありますし。伯爵も俺たち地方騎士のことを気にかけてくれていて、足りない分は補填してくれてるんで」
「それは、今のマドラン伯爵になってからですか?」
私が尋ねると、トールはすぐに首を横に振る。
「あ、いえ、これまでずっとそうです。俺たちのことも昔から気にかけてくれていて、先々代も先代も今の伯爵も、すごくいい人なんですよ」
地方騎士団の給与は、騎士団本部が分配している。
けれど近衛側が優遇されているため、そもそもの基本給が近衛と中央に比べて安い。
足りないと思われる分は各地の領主が補填しているのが今の状況だ。
だけど、その領地の財源によって、同じ地方騎士団でも随分もらえる給与に差が出る。
平均的な地方騎士の給金では、家族を養うには少し心許ないはずだ。
少なくともマドラン地方に配属された騎士たちは、その平均よりは恵まれているのだろう。
人手も予算も限られている以上、十分な成果を上げろという方が酷なんだけど、それでも実績が振るわなければ、さらに予算を回してもらえなくなる。
それが、今の騎士団の仕組みだ。
「マドラン伯爵のおかげで、この地方の騎士はそれなりに生活できてるんです。あの人には頭が上がりませんよ。な、エルマー」
トールの台詞を受けて、エルマーも頷く。
「はい、そうですね」
だけど、かすかに俯く彼の横顔に、私にはなぜか複雑な事情が影を落としているように見えた。
でも私がそれに踏み込むよりも早く、エルマーは見慣れたいつもの顔に戻る。
そして再びキラキラに瞳を輝かせ、向かいに座るオーウェンの方にぐっと身を乗り出す。
「あっ、そうだ! 俺、オーウェンさんに会ったら、オーウェンさんがこれまで騎士団で手掛けた事件についてずっと聞きたいって思ってたんです! いいですか!?」
……うん、キラキラどころか、むしろギラギラしていると言った方が正しいか。
エルマーの熱量と圧がすごい。
「俺としてはやっぱり、あの宵鴉からブレアさんを奪い返した事件がすごく印象に残っていて……。オーウェンさんの冷静かつ的確な指揮に惚れ惚れして、ますますオーウェンさんへの憧れが強くなっていったっていうか。それにやっぱり王都って事件も多いんですか!?」
あまりの純粋すぎる圧に、わずかにさっきまでの暗い思いを引きずっていたらしいオーウェンの表情が一気に和らいで、彼は苦笑を浮かべる。
この様子だと、オーウェンはしばらく解放してもらえなさそうだな……。
それに同じ騎士同士で話すのも、オーウェンにとってはいい息抜きになるに違いない。
そう思い、
「少し席を外しますね」
一言そう断りを入れてから、私は厨房の奥にいる店主の方へ向かう。
私がここに来たのは視察も兼ねていたので、売り上げの様子や仕入れの状況、最近の客層の変化などを店主に確認しながら、ちらりと三人の様子を横目で見る。
エルマーは夢中になって話を聞いていて、トールはときどき茶々を入れながらも楽しそうに笑っている。
王都では、オーウェンはどうしても騎士団副隊長としての固い空気をまとっていることが多い。
けれど今は旅行中だからか、オーウェンは肩の力を抜いた表情で、エルマーたちの質問に答えていた。
やっぱりこういう時間も、彼には必要だと思う。
だけど……それを見ながらも思い出すのは、やっぱりさっきのことだった。
――地方騎士団と近衛騎士団の格差問題。
レイバン家の財力を使えば、地方騎士団に不足している分を補うこと自体は難しくない。
でもそれだと、今度は地方騎士団がレイバン家の援助なしでは成り立たなくなるだけだ。
それに、私は商人だ。
見返りのない支出を正義だけで決めるわけにはいかない。
商売は慈善事業じゃないのだ。
たとえ冷たい人間だと言われても、そこは私たちが曲げてはいけない絶対の理屈なのだから。
そう思いながらも、私は考え込むように、黙って三人の姿を見つめていた。




